第20話 ラクア
あぁ……帰りたい……早くお家のベッドでゴロゴロしたい……。
そんな俺の願いは『一週間くらい、王都にいなさいよ』とかいう、王女のフランクな一言によって幻となった。
が、国王同様に王女様の言葉も絶対だ。
王女様が1番と3番がポッキーゲームと言えばポッキーゲームをしなきゃいけないし、一週間王都にいろと言われればいなきゃいけない。
ということで、俺たち一行はカザリアの中心部にある高級ホテルを貸し切って、そこに宿泊することにした。
それにしても懐かしい……。
俺はホテルの窓からゲームで幾度となく見たカザリアの街を眺めながら、今更ながら自分がゲーム世界に転生したことを実感する。
そして、全開の窓からはどこからともなく香ばしい香りが漂ってきて、俺の食欲をそそる。
大衆酒場からの匂いだろうか。
そういえば、この世界に来てから俺はまだその手の店に入ったことがない。
まあ、領主の御曹司なのだから当然と言えば当然だけど、せっかく異世界に来たのだから一度は世界っぽい店に入ってみたいよな……。
ジョッキを片手に粗っぽく焼かれた骨付きの肉にむしゃぶりついてみたい……。
まあ酒は10歳の体には厳しいけど、せめて雰囲気だけでも味わってみたい。
そんなことを考えていると、無性に我慢ができなくなってきた。
「な、なぁ……リーア……」
ということで、俺は窓から視線を室内に戻すと、フーちゃんに餌を与えるリーアに話しかける。
「どうしましたか? あ、フーちゃん、それは食べ物じゃないよ……。こっちを食べましょうね……」
なんかもうリーアがフーちゃん中心の生活にシフトしちゃっている……。
「り、リーア……街に出たいんだけど……」
「街ですか? それでは馬車の準備をさせましょう」
「いや、そうじゃなくて……ホテルの近くにある大衆酒場に行きたいんだけど……」
そんな俺の言葉にリーアは首を傾げる。
「大衆酒場ですか? ですがどうして?」
「自分……大衆酒場でおまんま食べたいっす……」
「そんなことをしなくても、夕食はホテルの人たちが部屋まで運んでくれますよ?」
そうじゃないんだよっ!!
リーアよ。そうではないっ!!
俺はそんな一流シェフの料理よりも、騒がしい酒場で、気性の荒そうなおっさんが焼いた肉が食いたいんだ。
が、リーアには俺の願望が上手く伝わっていないようで「シェフの料理が不満でしょうか? でしたら、船から海軍のコックさんを呼びましょうか?」と不思議そうに俺を眺めている。
「違うんだよ。俺はここから見えるあそこの酒場に入ってメシが食いたいんだ」
単刀直入に伝えるとそこでリーアはようやく驚いたように目を見開いた。
「そ、それは危険すぎます。ローグさまはアルデア領の領主なんですよ? ローグさまの命を狙う人がいるかもしれませんし」
そんなのは百も承知だ。
きっと俺が酒場に行くなんて言ったら、みんな大慌てで対応に追われて迷惑をかけるのもわかっている。
だけど……だけどだ……俺は今、この欲求を抑えることができない。
みんなごめん……。
だけどさ……自分で言うのもなんだけど、俺、結構アルデア領の経営に貢献してると思うんだ。
だからさ……たまにはわがままを言ってもいいよね。
「リーアさん、お願いします。これは俺の一生のお願いでございます……」
そう言って直立した俺は、六角レンチのように直角にリーアへと頭を下げた。
「わ、わわっ!? ローグさま、私に対して頭なんて下げないでください」
「俺が頭を下げるレベルのお願いなんだ。頼む」
「わ、わかりましたから、頭を上げてくださいっ!! こんなところを誰かに見られたら私が陰の権力者みたいに思われちゃいますっ!!」
と、リーアが言うものだから俺はようやく頭を上げる。
「じゃあ、俺の言うこと聞いて……」
頭を上げてリーアにお願いをすると、リーアは「はぁ……」とため息を吐いて、少し呆れたように俺を見やった。
「もう……ローグさまは本当に困ったちゃんですねぇ……」
「お願い……」
「わかりました。とりあえずグラウス海軍大将にかけあってみます……」
リーアはそう言うと部屋を出て行った。
※ ※ ※
結果から言うと、俺のわがままは無事、聞き入れられることとなった。
そもそも俺の顔はガザリアでは誰も知らない。
ならば、アルデア領主として店を貸し切って街を混乱させるよりも、庶民のフリをして店に紛れ込んだ方が良いというのがレイナちゃんの結論だった。
ということで……。
「リーア、似合ってるか?」
俺は急遽、街の洋服屋で買ってきて貰った庶民の子供服を身につけた。
シャツにサスペンダー付きの短パンという出で立ちだ。
とりあえずリーアに感想を求めてみると、彼女は少し困ったように苦笑いを浮かべる。
「庶民の服が似合っているとは私の口からは申し上げられません……」
ま、まあ、それもそうか……。
そして、そんな困った顔のリーアもまた、褐色の丈の長いワンピースにポニーテールという出で立ちだ。
「じゃあリーア、ここからは例の設定で頼むぞ」
そう伝えると、リーアは少し恥ずかしそうに頬を赤らめてコクリと頷いた。
そして、
「じゃ、じゃあローグくん、お姉さんと一緒にご飯を食べに行きましょうね~」
彼女は演技を始めた。
ここから店を出てホテルに戻ってくるまで、リーアは俺の親戚のお姉さんだ。
さすがに年上の女性が10歳の子どもに敬語を話しているのは怪しすぎるしな。
ということで俺を親戚の子どもだと思って接しろと命令したのだが、リーアは今まで仕えてきた領主にタメ口を使うのに抵抗があるようだ。
「ほ、本当にいいんですか?」
「むしろ、そうしてくれないと困る……」
「ですがですが……」
リーアは設定とわかっていても抵抗があるようで、困ったようにもじもじしている。
俺から積極的に演じるしかないか……。
ということで俺は頑張って目一杯の笑みを浮かべるとリーアを見上げた。
「ねえねえリーアお姉ちゃん。早くご飯食べに行こうよっ!!」
そう言ってリーアの手を引くと、リーアは赤かった頬をさらに赤くして俺をキラキラした瞳で見つめる。
「か、可愛い……」
リーアはそう呟いて、俺の頭に手を置く。
「ろ、ローグくん……よしよし……」
そう言ってリーアは何故か俺の頭をなで始めた。
あ、何かよからぬコンプレックス的なものがリーアの中で芽生えた……。
そんなリーアの新たな性癖の芽生えを感じながらも、俺たちはホテルから出ることにした。
ホテルを出ると、香ばしい匂いの発生源である酒場はあっさりと見つかった。
二階建ての建物の一階には、西部劇顔負けのスイングドアと呼ばれる木製の両開きのドアが設置されており、店の中では多くの庶民たちがジョッキを握って上機嫌で会話をしているのが見える。
おぉ……絵に描いたような酒場だっ!!
俺は胸の興奮を抑えながらもリーアの手を引いて店の中へと入っていく。
店に入るとやっぱり店内は多くの庶民たちでごった返しているが、その中に何人も見知った顔があることに気づいた。
どうやら店内には無数の兵士たちが客を装って侵入しており、俺の身に何かが起きぬよう目を光らせてくれているようだ。
「いらっしゃいっ!! 好きな席に座ってね」
と、そこで両手に無数のジョッキを持ったウェイトレスがにっこりと微笑んで俺たちを迎え入れてくれる。
ということで、俺はリーアの手を引きながら、近くの空いているテーブル席へとやってきた……のだが……。
「ぐすんっ……誰か……私を貰って……。誰でもいいから私のこと貰って……ぐすんっ……」
隣の4人掛けのテーブルに座った真っ赤なドレスの身にまとった金髪の美女が、ジョッキを片手に酔い潰れているのが見えた。
そして、とても残念なことにそれはレイナちゃんだった。
あ、あれだよな……お嫁に行きたくてむせび泣く女性の演技をしているんだよな……。
なんか演技にしては妙に生々しいんだけど……。
そんなレイナちゃんを冷めた目でしばらく眺めてから、俺は反対側のテーブルを見やる。
テーブルには大人の男女と、女性の隣に座る5歳ぐらいの男の子の姿見えた。
男女の顔に見覚えはなく、多分ではあるが、こっちは兵士ではなく本物の客だろう。
母親はテーブルに乗った肉を切り分けると、それを子どもに食べさせていた。
「ママ、美味しいっ!!」
なんとも微笑ましい光景だ。
店内にはビールの香りが充満しており、思わずウェイトレスのおねえさんに『生中一つっ!!』と頼みたくなる。
が、今の俺の体ではビールを飲むわけにもいかず、渋々、壁に貼られた食事のメニューへと目を向ける。
いやぁ~絵に描いたような酒場だっ!!
これだよっ!! やっぱ異世界転生をしたからにはこういう空気を楽しまなきゃっ!!
「ローグくん、今日はお姉ちゃんの奢りだよ。なんでも好きな物を食べてねっ!!」
と、そこですっかり役に入りきったリーアがにこにことご機嫌そうに俺に声をかける。
さて……何を食べようか……。
壁に無数に貼り付けられた板には聞き覚えのない料理名が描かれている。
無数のメニューを目移りしながら眺めていると『岬小ワイバーンの骨肉』と書かれた札で目がとまった。
竜の肉……しかも骨付き……。
これぞ異世界というような料理名。
これは頼むしかない……。
「リーアお姉ちゃん、『岬小ワイバーンの骨肉』が食べたい」
と、伝えるとリーアは「あら、ローグくんは文字が読めるの? えらいえらい」と俺の頭を撫でてから近くのウェイトレスに料理を注文した。
なんかリーアがゾーンに入っている。
彼女の新たな性癖の目覚めをマジマジと感じながらも、俺は再び隣の家族連れを横目に眺める。
「ママ……これ、食べたくない……」
どうやら子どもは野菜が苦手のようで母親がフォークに刺したピーマンのような野菜を前に首を横に振っていた。
「お肉ばっかり食べてたらパパみたいな強い冒険者にはなれないわよ?」
「だ、だけど……美味しくないもん……」
なんだろう、上から目線で申し訳ないけど庶民の生活を普段見ることがないだけに、全ての光景が俺の目には新鮮に映った。
母親は頑なに野菜を口にしようとしない子どもに、少し怒るようにムッと頬を膨らませる。
そして、
「ラクア、立派な冒険者になりたいなら、ちゃんと野菜を食べなさいっ!!」
母親はそう言って子ども叱りつけた。
そして、母親のそんな言葉を聞いた俺は心臓が止まりそうになる。
ラクア? 今、ラクアって言ったよな。
そして、俺はその名前に強烈な聞き覚えがあった。
その名前は、いつか俺を殺しに来る宿敵にして『ラクアの英雄伝説』の主人公と同じだった。
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