第19話 王女

 結局、俺は船に乗り込んで、そこからさらに一週間ほど掛けてクロイデン王国の王都カザリアへとやってきた。


 あぁ……早く帰って家でゴロゴロしたい……。


 そんな気持ちをぐっと飲み込んで、船を下りるとそこには閑散とした埠頭があった。


 そこで俺は少し疑問に思う。


 普通は、領主が王都にやってくると埠頭に馬車が止まっており、クロイデン軍が城まで護衛をつけてくれるはずだ。


 それなのに、それらしき馬車も兵士もいない。


 商船に積み荷をする人々と、埠頭に腰掛けて美味しそうにパイプを咥える漁師が数名いるだけだ。


 ま、まあ、名目上領主は父親だし、爵位もないのだから当然と言えば当然か……。


 なんて考えながら、俺はアルデアの兵士たちが一生懸命下ろしてくれた馬車に乗り込むことにした。


 ということで、馬車に揺られながらクロイデン城へと向かう。


 カザリアの大通りには石畳が敷かれており、通りの両サイドには無数の商店が建ち並び、町民たちで賑わっていた。


 町民たちからは活気が感じられ、一見すると王都はかなり栄えているようだ。


 まあ、ウルネアも実態は張りぼてだったし、どこまで鵜呑みにすればいいかは怪しいけれどな……。


 俺はそんな町並みを眺めながら少し懐かしく思う。


 なんだろう……ゲームと同じだ……。


 というのもこのカザリア、俺がプレイした『ラクアの英雄伝説』のファースステージなのだ。


 主人公、ラクアはこのカザリア近くの村で生まれ育ったという設定だ。


 ゲーム開始時に国王から『魔王から王国を救ってくれ』とかいう、到底10代の村の少年にするとは思えない無茶振りをされたラクアは、この街から魔王城を目指して旅を始める。


 だからカザリアはゲームをプレイしたことがある人間なら必ず目にする街なのだ。


 うむ、なかなか感慨深いな……。


 なんて考えながら賑わう街を眺めていると、やがて馬車は街を抜けクロイデン城へと続く坂道を上り始めた。


※ ※ ※


 埠頭で馬車に乗り込み、30分ほどで城に到着した。


 …………うむ、デカい。


 クロイデン城は俺の家と比べても三倍近い大きさがあり、城は巨大な城壁によって囲まれていた。


 城壁の各角には見張り用の小屋のようなものが設置されており、中には小銃を持った兵士が不審者がいないか目を光らせている。


 が、俺は来客だ。


 門番で衛兵が事情を説明すると、あっさりと城門は開かれ俺はなんなく城に侵入することに成功した。


 そこからさらに10分ほど馬車に揺られたところで、俺は馬車を降りると衛兵に付き添われながら城へと入る。


 広い……。


 クロイデン城の正面玄関は学校の体育館ほどの広さがあり、中央には赤絨毯が敷かれていた。


 赤絨毯はその先にある無駄に幅の広い階段へと続いており、階段の幅は上れば上るほど広くなっていく構造になっている。


 俺は天井を見やった。


 天井には誰が描いたのか西洋の宗教画のような絵が一面に描かれている。


 さすがは国王の城だ。


 贅が尽くされている。


 なんて、自分の城との違いをまざまざと見せつけられていると「お待ちしておりました。ローグさま」と声が聞こえたので慌てて天井から地上へと視線を戻す。


 すると、いつの間にいたのだろうか、クロイデン城版フリードのような初老の執事が立っていた。


「あ、え、え~と……」

「私はクロイデン城にてミレイネ殿下の執事を務めさせておりますクロネと申します。以後お見知りおきを」

「あ、どうもっす……」


 と、何度か会釈をする俺をクロネは真顔でじっと眺めていた。


「謁見の間にご案内いたします。そちらでミレイネ殿下をお待ちください」


 そんなことを言うクロネに俺は首を傾げる。


「ミレイネ殿下? 国王陛下はご不在なのですか?」


 俺は国王に呼ばれてここにやってきた。


 殿下とやらはお呼びではない。


「謁見の間にご案内いたします。そちらでミレイネ殿下をお待ちください」


 あ、あれ? デジャブかな?


 俺のそんな質問にクロネは相変わらず表情を変えずにそう答えた。


 そして、そんなクロネの表情を見て俺は何かを察した。


 なるほど……俺レベルでは国王に拝謁することなどできないようだ。


 いくら実質的な領主とはいえ、名目上は領主でもないし爵位も持たない俺なんかに国王が顔を見せる筋合いはない。


 そう思うと、埠頭で誰からも出迎られなかったのにも頷ける。


「ではご案内します」


 ということで、俺はクロネに案内されながら謁見の間とやらへと向かった。


※ ※ ※


 謁見の間に案内されて小一時間。


 俺は玉座の前でずっと跪いております……。


 あー足が痛い……。


 あと、今立ち上がったら確実に立ちくらみになる自信……ありますっ!!


 多分だけど……俺はなめられている。


 どういう理由で呼び出されたかはわからないけど、埠頭での出迎えがない、国王には会えない、さらには小一時間も立て膝で待たされる。


 少なくともこの三つは明らかにわざとだ。


 多分だけど、国王と自分との身分の差を思い知らすために、やられている。


 そんな国王のやり方にイライラしながらも、文句を言うわけにも行かず、じっと跪いていると、そこでようやく後方から扉の開く音が聞こえた。


 足音は俺の方へと近づいてきて、跪いて頭を下げる俺の横を通り過ぎると、玉座の辺りで止まった。


「頭をあげなさい」


 そう言われたので、俺はようやく顔を上げた。


 玉座へと目をやると、玉座には水色の髪の中学生ぐらいの女の子が、なにやら退屈そうに肘掛けに頬杖をつきながら俺を見下ろしているのが見えた。


 どうやらこいつがミレイネ殿下らしい。


 俺は勝手に王子だと思っていたが、どうやら王女だったようだ。


 彼女は脚を組んだまま、ハイヒールを半分脱いで足先に引っかけて、ブラブラさせている。


 お行儀が悪いですなぁ……。


「初のお目にかかります。私、アルデア領で領主代行をやっておりますローグ・フォン・アルデアと申します」


 が、これまた文句を言うわけにもいかないので、俺は名を名乗った。


 そんな俺の挨拶に、ミレイネは何やら訝しげに俺の顔を見つめてくる。


 あ、あれ……俺なんか変なこと言ったっけ?


「初のお目に? あんた5年ぐらい前の晩餐会に来てなかったかしら?」


 あれ? そうだったっけ?


 完全に記憶から抜け落ちていたが、そう言われてみれば来たことがあるような気がしないでもない……。


「まあいいわ。私はミレイネ。クロイデン王国の第一王女よ。あ、王位継承順はお兄ちゃんの次の3位ね」


 ということらしいっす。


「国王に会えると思ったでしょ? 残念、国王陛下はあなた程度の人間と会っている暇はないの」

「左様でございますか……」


 と、返事のしづらい言葉に、なんとなく返事をしていると、彼女は玉座から立ち上がって俺の元へと歩み寄ってきた。


 そして、くりっと大きな碧眼で俺の顔を覗き込んでくる。


 近い……。


「殿下、いかがなさいましたか?」

「ねえ、あんたクロイデン王国と戦争するつもりなの?」

「は、はい?」


 突然何を言い出すかと思ったら、そんなことを俺に尋ねてくるミレイネ。


「殿下が何をおっしゃっているのか、わかりかねます……」

「あんた最近、王国中から武器を買い集めているみたいじゃない。そんなに重武装して反乱でも起こすつもり?」

「…………」


 なるほど……そこで彼女の言葉の意図をようやく理解した。


 どうやら俺がここに呼び出された理由はこれだ。


 カクタ商会を通じて大量の武器を輸入する俺に、国王は牽制するつもりでわざわざ王都に呼び出したようだ。


「お言葉ですが殿下、これは国王陛下をお守りするための装備にございます。我がアルデア軍の装備はどれも旧式ばかりにございました。これでは王国を脅かす者が現れた際に国王をお守りできません。ですので、装備を一新いたしました。他意はございません」


 まあ、装備を一新したのはあんたら国王軍が攻めてきたときに追っ払うためだけど、そんなことは口が裂けても言えない。


 そんな俺の言葉に、彼女はじっと真贋を確かめるように俺の顔を見つめていた。


 が、不意に「はぁ……」とため息を吐くと俺の耳に唇を近づけて、周りに聞こえないような小さな声でボソッと囁く。


「こんな王国、滅ぼしてくれればいいのに……」


 は?


 突然、とんでもないことを言うミレイネに俺は慌てて彼女から顔を離すと、真意を確かめるべく彼女を見つめる……が。


「はい、じゃあ尋問はこれで終わり。国王にはアルデア領主に謀反の疑いはないって伝えといてあげる」


 彼女はにっこりと微笑んで立ち上がると扉の方へと歩いて行った。


 そんな彼女を呆然と眺めていると、彼女は扉の前でふと立ち止まってこちらを振り返る。


「あんた、もう領に戻っちゃうの?」

「はい? ま、まあ、何もなければ今夜船に乗ってアルデアに戻るつもりですが……」

「一週間ぐらい、王都にいなさいよ」

「いや、でも……」

「一週間ぐらい王都にいなさい。最近、話し相手がいなくて退屈しているの。それとも私の話し相手なんて嫌かしら?」

「いや、そのようなことは……」

「なら、いなさい」


 そう言って彼女は、ドアを開くと今度こそ謁見の間を出て行ってしまった。

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