第17話 魔王
なんか、俺の想像していた魔王像とかけ離れてるんだけど……。
魔王城へと向かう馬車の中で、俺は魔王への圧倒的な違和感に内心困惑していた。
だ、だって、俺の知っている魔王はクロイデン王国を支配するために、どんな残虐なことも厭わない冷酷無慈悲な存在だったもん……。
嘘じゃないもん。ローグ、ゲームで見たもん……。
が、目の前の魔王は。
「いや〜遠いクロイデン王国からわざわざ御足労をお掛けしました。魔族しかいない田舎の国でご不便な点も多いかと思いますが、どうかご実家だと思っておくつろぎください」
ニコニコしながら俺にヘコヘコと頭を下げる。
何じゃこりゃ……。
なんだろう……これは何かの罠なんですか?
俺に隙を見せて、突然殺すつもりですか?
いや、でも相手は魔王だぞ。
その気になれば、俺の首なんて簡単に捻り潰すことだってできるだろう。
一応俺の隣にはレイナちゃんが座っているけど、さすがのレイナちゃんも魔王相手に俺を守るのは厳しいんじゃないか?
そんなことを考えながらも、俺はさっきから疑問に思っていたことを口にすることにした。
「クロイデン語がお上手なんですね……」
ニワナのような例外を除いて、基本的には西ウルネア牢獄にいる魔族の多くはクロイデン語は話せないと聞いた。
にも拘わらず、この魔王はまるでネイティブのように流ちょうなクロイデン語を話す。
そんな俺の疑問に魔王は何やら恥ずかしそうに頬を染めた。
「実は私の乳母がクロイデン出身でして、幼少期からクロイデン語を徹底的にたたき込まれました」
「な、なるほど……。でも、グレド大陸で住むのであれば、クロイデン語を習得する必要はないのでは?」
「これからはグローバルな時代だ。各大陸が手を取り合って助け合う時代になる。というのが生前の乳母が私に口酸っぱく話した言葉です。そのためにはクロイデン語の習得は必須だということで覚えることになりました」
「なるほど……」
なんかよくわからないが、そういうことらしい。
あと、頬を赤くして恥ずかしそうに話す魔王を、ほんの少し可愛いと思ってしまったのが辛い……。
ということで、なんだか色々と肩透かしを食らいながらも、俺たちの乗った馬車は魔王城へと到着した。
馬車を降りると、目の前にはどんぶりをひっくり返したようなドーム型の不思議な形の建物が鎮座していた。
そして、どんぶりの側面からは2本の角が伸びており、どうやらこの建物は魔王の顔を模して作られたであろうことがよくわかる。
なんというか絵に描いたような魔王城だな……。
※ ※ ※
それから魔王城へと入った俺たち一行はそのまま食堂へと案内された。
食堂のテーブルにはすでにご馳走が並べられており、魔王の隣の席へと案内される。
席に座ると魔王は「ローグさま、どうぞどうぞ」とテーブルの上の瓶を手に取ると、俺のグラスに酒を注ごうとしたので、俺はそれを手で制した。
「いえ、私はまだ10歳ですので……」
「おや? 酒を飲むのに年齢がなにか関係あるのですか?」
「え? いや、だって……」
と、そこで魔王の側近らしき魔族が、魔王のそばに歩み寄り何かを耳打ちする。
すると魔王は驚いたように目を見開き、なぜか頬を朱色に染めた。
あの……いちいち反応が可愛いの止めて貰えませんかね……。
「クロイデンのお子様は酒の分解が得意ではないのですね……。これはとんだ失礼をいたしました……。おい、誰か、ローグ様に果汁を持ってきてくれ」
「な、なんかすみません……」
「いえいえ、我々の勉強不足ですので。どうかご容赦ください……」
またペコペコと頭を下げる。
あぁ……すげえ、やりづらい……。
が、俺は魔王と食事をするためにやってきたわけではないのだ。
だから、唐突だけど本題を口にする。
「魔王様」
「私のことはどうかハインリッヒとお呼びください」
「え? あ、ではハインリッヒさま」
「なんでしょう?」
「実はアルデア領には定期的に、グレド大陸の方々が漂流してこられるのです」
そう言うと、魔王はまた驚いたように目を見開いて、ペコペコと俺に頭を下げる。
「それはアルデアの方々にご迷惑をおかけしました」
いや、ホントやりづらい……。
「いえ、それはかまわないのです。それで我がアルデア領に漂流してきた魔族の方々を、ふるさとに帰そうと、この度はグレド大陸をお邪魔いたしました」
「なるほど……それは誠にありがとうございます。漂流民に代わって私からお礼申しあげます」
「それでですね、これを期に、今後、アルデア領とグレド連邦との間でなにかしらの交流ができればと思いまして……」
まあ、漂流民を返すのは建前で、経済交流の方が本来の目的なんだけどね……。
そんな俺の言葉に魔王は何故か目をキラキラさせた。
そして、俺の手をぎゅっと掴むと、そのキラキラした瞳を俺に向ける。
「それはぜひっ!! ぜひともグレド連邦としてもアルデア領と交流ができればと考えておりますっ!!」
「そ、それはありがとうございます……」
どうやら魔王は俺の予想の数十倍乗り気になってくれたようだ。
と、そこで執事らしき魔族の男が俺の元へとやってきて、俺のグラスに果汁を注いでくれた。
果汁の注がれたグラスを口元へと運ぼうとする……が。
「ローグさま、少々お待ちください」
そう言ってアルデアの衛兵が俺の側へとやってくると、懐から魔法石を取り出してそれをグラスへとあてがった。
そして、
「失礼いたしました。問題ございません」
と答えると魔法石を懐に戻して下がっていった。
どうやら魔法石を使って毒の有無を確認したようだ。
安全性も確認されたところで、果汁を口へと含む。
うむ、オレンジジュースみたいな味がして美味しい。
ジュースを飲みながら俺は魔王を見やった。
幸いなことに魔王は貿易に乗り気のようだ。
話がスムーズに進みそうでありがたい。
が……だ。
乗り気になってくれるのは大変ありがたいのだが、そうなると、これまでグレド連邦とクロイデン王国の交流が一切なかったのが逆に不思議になる。
「ハインリッヒさま、これまでクロイデン王国と貿易をされたことは?」
そう尋ねると魔王は少し悲しげに眉をハの字にした。
「以前にもクロイデン王国に親書を送ったことが幾度もありました。ですが、クロイデン王国に送った使者がグレド連邦に戻ってくることは一度もありませんでした……」
「な、なるほど……」
と、そこで俺はほんの少しだけ話の流れが見えてきた。
そして、船の中で多くの人間が魔族に対してあまり印象を持っていなかったことを思い出す。
やっぱりクロイデン王国では魔族に対する差別意識を持っている。
だとしたら、親書を持った魔族をクロイデン王国でどのような目に遭ったのかも理解できる。
と、そこで魔王は俺に顔を接近させた。
「ローグ様、我らグレド連邦の魔族はクロイデン王国の人々に敬意を持っております。クレド連邦はあなた方と良き友人になりたい」
そんなことを俺に訴える魔王の瞳は真剣だった。
少なくとも俺の目には魔王が俺を欺こうとしているようには見えなかった。
※ ※ ※
結局、食事の後、俺と魔王は会議室のような場所に移動して具体的な交渉を進めることにした。
俺たちが望むのは当然ながらカラヌキ粉と呼ばれる胡椒だ。
カラヌキ粉が欲しいと魔王に伝えると彼は、
「はて? 別にかまいませんが、そのような物でいいのですか? てっきり、ローグ様はヘチマ山脈の宝石をお求めになると思いましたが……」
ん? なにそれ……宝石が採れるの? 初耳ですけど……。
さらっとそんなことを言う魔王に少し心が揺れそうになったが、まだ、その時ではないと自分に言い聞かせて「いえ、カラヌキ粉が欲しいです」と交渉を続けた。
そして、我がアルデア領がグレド大陸に提供できる物。
「こちらからはまず、今後アルデア領に漂流してきたグレド連邦の方々を保護し、速やかにふるさとに帰れるよう計らいましょう」
そして、もう一つ。
「グラウス海軍大将、あれを持ってきてくれ」
俺は近くに控えていたレイナちゃんに頼んで例の物を持ってきて貰う。
すると、レイナちゃんは一度会議室を出て行き、なにやら台車のような物を押して部屋に戻ってきた。
台座には何かが乗っており、目隠しするように風呂敷がかかっている。
「ローグさま……これは?」
「グラウス海軍大将、お見せしろ」
レイナちゃんが風呂敷を引く。
すると、そこには石膏のような物でできた純白の魔王の像が現れた。
「おぉ……これは……私ですか?」
魔王は目をキラキラさせてそう尋ねてくる。
「漂流民よりハインリッヒさまの容姿を伺い、アルデア領の職人に作らせました」
と、説明をしておくが、実際には大嘘である。
これは俺の記憶を頼りに木彫り職人に彫らせた魔王像だ。
実は政務の傍ら、俺はカナリア先生の魔術レッスンを受け続けていた。
その結果、俺の石化魔法はめきめき成長し、先生の「しゃ、しゃいにんぐばーすと」を何発食らっても破壊できない最強の石の製造することができるようになった。
「ハインリッヒさま、どうぞ石像に触れてみてください」
そう促すと、魔王は立ち上がって石像へと歩み寄る。
そして、石像に触れた瞬間。
「こ、これは……」
驚いたように目を丸くした。
「我がアルデア領にはこの硬さの石と、それを自在に加工する技術があります。魔王様のお望みの大きさ形の石の要望を受けて数ヶ月でお送りすることも可能です」
と、そこで俺はレイナちゃんに目で合図をする。
すると、彼女は再び部屋の外から台車を持ってきてくれた。
台車には高さ50センチほどの直方体の石が乗っている。
「どうぞ、破壊してみてください」
魔王に微笑みかけると「いいのですか?」と首を傾げつつも、石材に歩み寄った。
「それでは失礼ながら……」
魔王はそう断りを入れると、手の平を石材へと向けた。
魔王の目が赤く光る。
目が光ると同時に台車に乗っていた石材が宙へと浮く。
え? なにこれ……。
当たり前のように石材を浮かせる魔王に動揺しながら眺めていると、魔王は直後、なにやら薄気味悪い笑みを浮かべて、八重歯……と呼ぶにはあまりにも鋭利な牙をむき出しにした。
そして。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
と、雄叫びを上げながら開いていた手をゆっくりと閉じていく。
あー怖い怖い……。
まるでゲーム内のように邪悪な瞳を石材に向ける魔王を眺めながら少しちびりそうになっていると、魔王はゆっくりと開いた手を閉じ始めた。
すると、石材からはメシメシと軋むような音がして、石材の角がわずかにかけ始める。
え? 嘘だろ……しゃ、しゃいにんぐばーすとでもびくともしなかったのに……。
その魔王の底力に泣きそうになっていた俺だったが、魔王は不意に「はぁ……」と体の力を抜くと「はぁ……はぁ……」と膝に手を付いて荒い呼吸を繰り返した。
「な、なんだこの石は……私の力でも砕けないとは……」
そう言って今だ直方体を保っている石を恨めしそうに眺めた。
が、ふと我に返ると慌てて俺の顔を見やって恥ずかしそうに頬を染める。
「こ、これはお見苦しいところを見られました……。この石を融通していただけるのですか?」
「もちろんです。ハインリッヒ様のお望みの形に加工して納品いたします」
「ありがたいお話です……。この石があれば老朽化した神殿や道路の補修ができ民を喜ばせることができます」
どうやら魔王は石を気に入ってくれたようだ。
結局、俺と魔王はその後も、色々と交渉を詰めて日付が変わる直前には契約を交わすことに成功した。
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