第16話 グレド大陸初上陸

 長い海上生活に退屈しながらも、それなりに暇つぶしを見つけながら過ごしていたら、いつの間にか目的地に着いてた件。


 著 ローグ・フォン・アルデア。


 ということで、長い海上生活が終わり、俺たちの艦隊はグレド大陸の沖合いへと到着した。


 艦橋から進行方向を眺めると、これまで水平線が見えていたあたりには左右に延々と続く山々が見えた。


「ローグさま、あれがグレド大陸です」


 そう言って大陸を指さすレイナちゃんを「大義であった」と労うと、彼女は満足げに笑みを浮かべる。


 あとは大陸に上陸するだけだ……と言いたいところだが、この大陸はクロイデン王国民にとっては未開の地だ。


 いくら重武装しているとはいえ、いや重武装しているからこそ迂闊に上陸なんてしたら返り討ちに遭いかねない。


 命大事。


 ということで俺たちの上陸に先立って、先遣隊を大陸に上陸させることにした。


 その先遣隊に選ばれたのは……。


「にゃっ!? ど、どうして私がそんなことしないといけないにゃっ!?」


 いつか西ウルネア牢獄で面会をした魔族の少女(40歳)、ニワナだ。


 なんか猫語みたいな訛りはあるが、通訳としては十分使える。


 とりあえず彼女と数人の交渉団を連れて大陸へと向かい、上陸の許可を貰う必要がある。


 後ろ手に手錠を掛けられた彼女は、なにやら不服そうに八重歯を俺に見せてくる。


「お前しかいないんだよ。看守たちの中でもお前が一番クロイデンの言葉を流ちょうに話すらしいし」

「い、嫌だな……そんなの私には無理だにゃ……」

「単なる通訳だから問題ない。ってか、大陸に帰してやるって言ってんだからむしろ喜べよ。それとも牢獄内で一生暮らしたいのか?」

「そ、それは嫌にゃ……。あそこは甘い物も食べられないにゃ……。だけど……そにょ……帰還を素直に喜べない事情が私にはあるにゃ……」

「は? なんだよそれ……」


 彼女が大陸に帰れない理由?


 なんだろう……もしかしたら大陸では人間に対する差別意識があるのかもしれない。


 そんな人間の国で10年も過ごしたとなると、彼女は大陸の魔族たちから村八分にでもされてしまうのだろうか?


 もしもそんな意識が魔族たちにあるのだとしたら、交渉は色々と面倒そうだ。


 なんて考えていると、彼女が重い口を開いた。


「ぱ、パパにゲンコツをお見舞いされちゃうにゃ……」

「は?」

「私が遭難したのはパパの船を勝手に使って漁をしようとしたのがキッカケにゃ……。パパが新しく買った新しい高い船が羨ましくて、それでそにょ……船にこっそり乗り込んだら遭難しちゃったにゃ……」


 クソどうでもいい理由だった。


 俺は近くの衛兵に視線を送ると顎をしゃくって彼女を先遣隊の船に強制連行させる。


「ま、待つにゃっ!? 話せばわかるにゃっ!! ローグは怒ったパパの怖さを知らないにゃっ!!」


 と、必死に俺に訴える彼女は衛兵によって艦橋から引っ張り出されていった。


※ ※ ※


 ということで通訳を連れた先遣隊を乗せた小型ボートが、船尾下部のウェルドックのようなところから大陸目がけて出発していった。


 ボートに乗せられたニワナはなにやら恨めしそうにずっと俺のいる艦橋を眺めていたが、ガン無視してやった。


 どうやら小型ボートは動力に魔法石が使われているようだ。


 ボートのような軽い船には魔法石が有効なんだって。


 レイナちゃんの話では、ボートはスピードが出るらしく往復自体は1時間ほどあれば十分らしい。


 結局、俺たちは先遣隊の帰りを長い目で待つことにしたのだが、意外なことにボートは日没の頃には戻ってきた。


「じょ、上陸の許可は下りたにゃ……。グレド大陸は大陸を挙げてローグの上陸を歓迎するそうにゃ……」


 艦橋に戻ってきてそう報告するニワナの頬はパンパンに腫れており、右目のまぶたも腫れて潰れていた……。


「いや、その顔で言われてもまったく説得力がないんだけど……」


 そう答えると、衛兵の一人が俺の元にやってきてごにょごにょと耳打ちをする。


「な、なるほど……」


 衛兵の話によると、ちょうど上陸地点がニワナのふるさとだったようで、彼女は村長を務める彼女の父親にとっ捕まえられてボコボコにされたらしい。


 なるほど……ニワナが大陸に帰りたがらない理由がよくわかった……。


「ろ、牢獄に収監されていた方が幸せだったにゃ……」


 晴れ上がった頬を手ですりすりしながら半べそをかくニワナをよそ目に先遣隊からの報告を聞く。


 どうやら、村に到着するなり先遣隊のメンバーは快く受け入れられ、熱いおもてなしを受けたらしい。


 その後、竜族の伝令役がすぐに魔王のいる魔王都へと飛び、魔王から直々に上陸の許可を取りつけてくれたようだ。


 なんかあっさりしてるな……。


 あまりにあっさりと上陸が許可されたため、正直なところキナ臭さも感じる。


 先遣隊の報告を眉につばをつけながら聞いていた俺だったが、俺の不安を察したのかレイナちゃんが「ご安心ください」と微笑みかけてきた。


「我々はアルデア軍の兵士です。万が一にもローグさまの身に危険がないよう命を賭して警護いたします」


 そこまで言われたら決断しないわけにはいかない。


「わかった。よろしく頼むぞ」


 ということで、俺たちは明朝、グレド大陸に上陸することになった。


※ ※ ※


 翌朝、俺たちの船は大陸からやってきた先導用の船に案内されながら、大きな港町の桟橋へと船を泊めた。


 が、さすがにやってきた船全てを停泊させられる港はないようで、俺の乗る船だけ桟橋に泊めて、他の船は海上で待機することになった。


「ローグさま、船を下りますよ~」


 ということで正装に着替えた俺はリーアの案内によって下船することにする。


 彼女に手を取ってもらいながらタラップを下りると、視界に港町の光景が広がった。


 無数に並ぶ石造りの建物と、石畳の道路。


 言い方は悪いが魔族を野蛮な者たちだと心のどこかで思っていた俺にとって、ウルネアと遜色ない町並みは少し意外だ。


 タラップを下りると、先に下船していたアルデア軍がずらりと直立不動で整列していた。


 彼らの手にはこの間カクタから買った小銃が握られている。


 そんな彼らの間をリーアとともに歩いていると、前方に馬車が見えた。


 どうやら、あれに乗って魔王のところへと向かうようだ。


 ん?


 が、そこで俺は気がつく。


 馬車の側になにやら魔族らしき、大男が立っていることに。


「っ…………」


 俺はその大男に強烈に見覚えがあることに気がついた。


 そのことに気がついた俺は思わず足を止めて、その場に尻餅を付く。


「ろ、ローグさま、どうされましたっ!?」


 リーアが突然尻餅を付く俺に目を丸くして視線を向けた。


 う、嘘だろ……おい……。


 俺は我が目を疑いながら、その大男を指さした。


 そんな俺を見るなり、その大男は慌てた様子で俺の元へと駆け寄ってくる。


 そんな男の行動にアルデア軍の兵たちは少し焦った様子で、お互いの顔を見合わせていたが、そうこうしている間に大男は俺の元へと駆け寄って、心配げに俺を見下ろす。


「ローグさん、大丈夫ですかな?」


 そう言って男は流ちょうなクロイデン語で俺に手を差し伸べる。


「え? あ、いや……その……」

「もしかして魔族をご覧になられるのに慣れておられないのですか?」

「それはその……」

「それは申し訳ないことをした。あなたが人間にとって私はそんなにもおぞましい姿に見えるとは……」


 そう言って男は少し申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。


 間違いない……この男はラクアの英雄伝説のラスボスにして、いつかクロイデン王国を征服しにやってくるはずの男。


 魔王だ。


 まさか魔王が直々に出迎えにくると思っていなかった俺は腰を抜かせてしまった。


 相変わらず、俺を申し訳なさそうに眺める魔王。


 そんな彼を見て、俺はふと我に返る。


 いかんいかん。俺はこの男に会うためにここにやってきたのだ。


 こんなところで腰を抜かしている場合ではない。


 俺は男の差し伸べた手を掴むとなんとか立ち上がった。


 そして、無理矢理笑みを浮かべる。


「初のお目にかかります。私はクロイデン王国アルデア領の領主、ローグ・フォン・アルデアです」


 なんとか自己紹介を終えると、10歳の俺より3倍近くはデカそうな魔王を見上げた。


 魔王はしばらく俺のことを見つめていたが、不意に笑みを浮かべる。


「初のお目にかかります。私はグレド魔族連邦で魔王をやっておりますハインリッヒ・シュベードと申します。わがグレド魔族連邦はローグさまの来訪を心から歓迎いたします」


 やっぱり何度見ても目の前の男はゲームで見たラスボスだった。


 だけど……だけど……。


 なんだろう……この男は俺の想像していた魔王像と掛け離れていた。

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