第15話 レイナちゃんの自慢
というわけで父親は前回会ったときとは、まるっきり人が変わってしまっていた。
いや、どの口が言ってんだよ。と言われそうだけど、最低でも一発はぶん殴られる覚悟で構えていたのに、完全に拍子抜けだ。
結局、俺は父親と新しいパートナーのマナイレさんに連れられて、アルデア家の別邸へと向かった。
あ、ちなみにマナイレさんはグレド大陸からの遭難者らしく、今はこの島に住み着いているようだ。
見た感じは30歳ぐらいのナイスバディなおねえさんだったが、実年齢は92歳らしいっす……。
お、お若く見えますね……。
ということで二人に連れられて今夜のねぐらである懐かしき別邸へとやってきたのだが、なんというか前回やってきた数年前とは全てが違っていた。
以前は家の至る所に、王国中から集めた骨董品や絵画や壺、さらにはアルデア虎の剥製なんかが所狭しと並べられていた。
が、今回訪れたときはそれらは綺麗さっぱりなくなっており、その代わりに泥の付いた農具がいくつか並んでいた。
なんでも親父曰く、農作業を教えてくれたご近所さんにお礼として色々渡していたら何もなくなってしまったんだって。
どうやら本気で農業ガチ勢になったようだ。
あ、そうそう。廊下の壁には父親がのサインの付いた下手くそなマナイレさんの肖像画が申し訳程度に飾られていた。
一応、父親に欲しい骨董品があれば送ると伝えたが、父親は「もう興味はない。それよりも美味しい乳を出す牛を送ってくれると嬉しい」と謎の要望が返ってきた。
いや、ホントどうした父親……。
あまりの父親の変貌ぶりに、もはや何かの罠なんじゃないかとすら疑ったが、結局、翌朝桟橋に戻ってくるまで父親は農家ガチ勢のままだった。
あ、夜に食った親父が作った野菜のシチューは結構美味しかったっす……。
「あ、あの……お父様……この量の野菜はさすがに悪いです……」
桟橋に戻ってきた俺は父親の作った野菜でパンパンの風呂敷を背負いながら苦笑いを浮かべる。
あれも食えこれも食えと風呂敷に野菜を詰め込む父親に、俺は遠回しに断りを入れたのだが、俺の言葉は一切父親の耳には入らず、結局全部貰うことになってしまった……。
「気にするな。お前は育ち盛りなのだから。いっぱい栄養をとって頭のいい領主になるのだ」
と、めちゃくちゃ頭の悪そうなことを言いながら父親はガハハと笑う。
なんだろう……これが父親を裏切った俺への神の代償だろうか……。
ま、まあ、城にはたくさん人はいるし、コックに頼めばなんとかなるか……。
「あ、ありがとうございます……」
苦笑いを浮かべながら俺は頭を下げておく。
と、そこで背後から「ローグさま、そろそろ船が出るみたいです。船に戻りましょう」とリーアの声が聞こえた。
どうやら出発の時間のようだ。
「では私はグレド大陸に向かいますのでこれで」
そう言って再度、頭を下げようとすると、そこでマナイレさんが「アレ? ローグ、グレドイクノ?」と首を傾げた。
あれ? 言ってなかったっけ?
「ええ、そのつもりですが……」
そう答えると、マナイレさんは俺の元に歩み寄ってきて、首に掛けていたペンダントを外すと、それを俺に差し出した。
「これは?」
「コレ、ワタセバ、ミンナシンセツネ」
「親切? ……ですか?」
マナイレさんはうんうんと頷いた。
彼女の言葉の意味はよくわからなかったが、俺にくれるらしい。
「貰ってもいいんですか?」
「イイヨ。ローグハ、ワタシのムスコ」
いえ、それは違いますよ……。
なんかこれを貰ってしまったら、そのことに同意したみたいな感じになってしまいそうだけど、とりあえず貰っておくことにする。
「ありがとうございます」
「ワタシのムスコ」
いえ、違いますよ。
心の中で強く否定しながら俺は父親を見やった。
「お父様、アルデア領に戻りたくはないのですか? お父様がその気であれば、手は尽くしますが……」
正直なところアルデア領での実権を握った今、父親がどこにいようと今更、俺の立場は揺るがない。
こんなことを言うのはアレだけど、親父を担ごうとするような人間も城にはいないし、父親が戻りたいというのなら手がないわけではない。
父親を追放した罪悪感がないわけでもないし、そんな提案をしてみた……のだが。
「いや、私はここでいい」
と、あっさりと俺の申し出を断った。
「ま、まあお父様がそれでいいのであればいいのですが……」
父親は俺の元へと歩み寄ってくると、膝に手を付いて背の低い俺を見つめた。
「私はもうアルデア領に未練はない。が、息子の顔を見れないのは寂しい。だから、時々はここに来て私に顔を見せなさい。私が望むのはそれだけだ」
そう言って父親は俺の頭をわしわしと撫でた。
いや、ホント……父親に何があったんだよ……キャラ変わりすぎだろ……。
そのあまりの変貌ぶりに俺は苦笑いしかできなかった。
ま、まあ、年に一回は顔を見せに行くか……。
※ ※ ※
ということで、俺は再び船に乗り込むと、それからしばらくして船は出航した。
それからまたしばらく長い船旅が続いた。
うむ、覚悟はしていたが中々に退屈だ。
いくら、でかい船とはいえ船内探検には飽きたし、政務もフリードに任せているのでやることはなにもない。
そんな俺とは違い、リーアの方は相変わらず海の生き物に興味津々のようで、怪我をして船に不時着してきた海フクロウという鳥を手当てしてすっかり手懐けていた。
そして、時折、海フクロウを城に連れて帰りたそうに俺に視線を送ってくる……。
そんなこんなで今日も今日とて、貴賓室の机に座って頬杖をついているとコンコンと誰かが俺の部屋をノックする音が聞こえた。
「入れ」
と、答えるとドアが開きレイナちゃんが入ってきた。
「グラウス海軍大将、何か用か?」
そう尋ねるとレイナちゃんは何故か頬を朱色に染めて体をもじもじさせる。
いや……なんで……。
「あ、あの……ローグさま?」
「どうした?」
「新型の大砲の性能を見たくはありませんか?」
「はい?」
「なんというかその……ローグさまはアルデア軍の最高指揮官ですし、新型兵器の性能を生でご覧になられた方が良いかと思いまして……」
なるほど……どうやらレイナちゃんはご自慢の大砲の性能を俺に自慢したくて仕方がないようだ。
まあ、暇を持て余していたし、確かに新しい兵器の性能がどれほどのものなのか見てみたい気もする。
「ローグさま、こちらでございます」
ということで俺はレイナちゃんに連れられて甲板へとやってきた。
俺の乗っている商船には右舷と左舷に大砲が5門、さらには甲板にも360度回転する台座に乗せられたものが2門設置されている。
俺が案内されたのはそのうちの船の先頭近くに設置された大砲だった。
どうやらここでレイナちゃんがデモンストレーションをしてくれるらしい。
大砲の近くにはすでに三人の兵士が待機しており、せっせと後装式の大砲に鉄の弾を詰め込んでいた。
「ローグさま、あちらの無人島が見えますか?」
と、そこでレイナちゃんが左舷側の海を指さした。
「え? まあ見えるけど……」
すると一キロほど先に岩肌がむき出しの島……と呼んでいいのか怪しいレベルの小さな島が見えた。
「あの島に砲弾を命中させてみます」
「え? そんなことできるの?」
そう尋ねるとレイナちゃんはその言葉を待っていましたと言わんばかりにえっへんと胸を張った。
なんか、ちょっと腹立つな……。
と、そこでレイナちゃんは大砲へと歩み寄ると、なにやら大砲の側に置かれていた魔法杖を手に持って俺の元へと戻ってきた。
ん? 大砲を撃つのに魔法杖を使うのか?
そんな彼女をぼーっと眺めていると、彼女は部下たちを見やった。
「ローグさまが見ているのだ。必ず当てろよ。あ、ローグさまは耳を塞いでいてください」
レイナちゃんがそう言うので、耳を塞ぐと、部下たちは台座をくるくると回して砲口を島から右側に斜め45度ほどズレた方向へと向けた。
ん? なんで?
俺が首を傾げたのも束の間。
「撃てえええっ!!」
と、レイナちゃんが叫んだ。
直後、大砲から耳を劈くような爆音が鳴り響き、俺は思わず肩をビクつかせる。
「ローグさま島をご覧くださいっ!!」
レイナちゃんが俺の顔を覗き込むと、なにやら嬉しそうに島の方を指さすので、俺は島へと顔を向けた。
が、
「なっ……」
島が跡形もなく消え去っていた。
「え? なんで……」
確かに砲口は島とはズレた方向に向いていた。
それなのに、しっかりと砲弾は島に命中したようだ。
その証拠にさっきまで島があったあたりには粉塵が舞っている。
そのありえない光景に俺があんぐりと口を開けていると、彼女が魔法杖を俺に掲げた。
「これで砲弾の向きを変えました」
「は? そんなことできるのか? ってか、グラウス海軍大将は魔術が使えるのか?」
そう尋ねるとレイナちゃんはムッと頬を膨らませる。
「わ、私だって海軍大将なんですから魔術ぐらい使えます……」
彼女はしばらく不服そうに頬を膨らませていたが、ふと我に返ると再び笑みを浮かべ「大砲が放たれた瞬間に、風魔法を使いました」と答える。
どうやら風魔法を使い砲弾の向きをねじ曲げたようだ。
やっぱり海軍大将になるためには常人とは比べものにならない魔術が必要なようだ。
そんなレイナちゃんの魔法に俺は感心しつつも思った。
ごめん……レイナちゃんの魔法のせいで、大砲の本来の威力が全くわからなかったんだけど……。
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