第14話 再会

 なんだろう……スラガ島に寄るって聞いてから急に緊張してきた……。


 それからの一週間、俺は常に頭の片隅に『親父に何を言われるんだろう……』という心配を抱えながら船内生活を送ることとなった。


 が、心配をしても意味はないわけで、心配を払拭するべく艦内を探検してレイナちゃんにあれやこれやと質問を繰り返した。


 まず、気になったのは食事についてだ。


 なんとなく俺の航海のイメージは新鮮な食料と水に飢えているようなイメージだった。


 が、ここは異世界でござんす。


 どうやら、大型の船舶にはもれなく氷魔術の使える冷蔵士と呼ばれる役職の人間が乗り込むらしく、常に新鮮な食料と水は手に入るようだ。


 その結果、海上で乗組員は地上と同じ食事をとることが可能で、壊血病も存在しないようだ。


 次に気になったのはこの船の動力だ。


 見たところは船は帆船のようで各船体には、それはそれは巨大なマストが立っており、帆が風に煽られて大きく膨らんでいるのが見える。


 が……だ。


 俺はそんな帆を眺めながら思う。


 魔法石を使って船の動力源にはできないのだろうか?


 そう思い早速レイナちゃんに聞いてみたのだが。


「当然船にはスクリューもついておりますし、魔法石を使って航行することも可能ですが、あくまでそれは加速用の補助動力です。魔法石でそれらを賄おうとすれば、魔法石の巨大化は避けられませんし、船体も重くなってしまいます」


 ということらしい。


 ふむふむ魔法石も一長一短のようだ。


 あとはこの世界にも魔法石の特性を使用した羅針盤は存在するようで、自分たちが今どこにいるのかは逐一把握することができるんだって。


 あ、ちなみに海が怖くてマストにしがみ付いて震えていたリーアはというと。


「ローグさま見てください。イルカさんたちがローグさまに挨拶に来ましたよ。可愛いですね」


 海への恐怖は船に乗って数日で克服したようで、最近では艦尾に立って生き物の監視係としてイルカや渡り鳥を見つけるたびに俺のところに報告にやってくる。


 うむ……癒やされる……。


 ということで、なんだかんだで充実した艦内ライフを送っていた俺だったが、船が出航して一週間ほど経ったところで、なにやら前方に見覚えのある形状の島が見えた。


 スラガ島だ。


 その島の形状を見た俺は、一気に父親との対面という現実に不安が過る……。


 あー会いたくねぇ……心の底から会いたくねぇ……。


 が、船はそんな俺の気持ちにかまうことなく島へと接近していき、ついには島最大の桟橋の前で止まった。


「ローグさま、スラガ島に到着いたしました。食料と水の補給に時間を要しますので、本日はアルデア伯爵のお屋敷にお泊まりください」


 島に到着するとレイナちゃんがそう言って俺に船から下りるよう迫った。


「い、嫌だって言ったらどうする?」

「なりません。明日にはまた長い船旅が始まります。本日は地上にてゆっくりとお休みになってください」


 全然、心は休まりそうにないけどな……。


「ご安心ください。万が一にもローグさまの身に何か起きぬよう衛兵たちが24時間体制で警護いたします」


 いや、そういう問題じゃないんだよな……。


 が、船に残ることをレイナちゃんは許してくれないようだ。


 すると駄々をこねる俺の元にリーアがやってくる。


「ローグさま、参りましょう。タラップは危険ですので私の手をお取りください」


 そう言ってリーアが俺に手を差し伸べるので、俺は観念して彼女の手を掴んで下船することにした。


 船を下りると、桟橋で乗組員たちが忙しそうに荷物を下ろしている姿が見えた。


 レイナちゃんの話によると父親に頼まれた物資なんかも船で運んでいたらしいので、それを下ろしているのだろう。


 そんな姿を横目に大きな桟橋を歩いていると、なにやら前方30メートルほどのところにアロハシャツを身につけて麦わら帽子を被った髭もじゃのおっさんが立っているのが見えた。


 おっさんの隣には魔族らしき猫耳の女性が立っており、二人はじっと俺を見つめている。


 いや……まさかね……。


 その男女を遠目に眺めながら嫌な予感がしたが、リーアは当たり前のようにその男女の元へと俺の手を引いて歩いて行く。


 嘘だろおい……。


 その男女に近づくにつれて俺の不安は確信へと変わった。


 その麦わら帽子を被ったアロハシャツ姿のおっさんは俺の父親にして名目上のアルデア領領主ザルバ・フォン・アルデアだった。


 変わり果てた俺の父親は怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、ただじっと俺のことを見つめている。


 あー気まずい……。


 父親へと近づくにつれて、衛兵たちは俺に近寄ってくる。


 万が一にも父親が良からぬことを考えないための配慮だろう。


 そして、俺とリーアは父親の目の前までやってきた。


 そこでリーアはようやく俺と手を繋ぎっぱなしだったことを思い出して、俺から手を離すとすっと体を引いて側に控えた。


 俺は目の前の父親を見上げる。


 隣に立っている魔族の女は召使いか何かだろうか?


 見覚えはないが、今はどうでもいい。


 問題は俺が追放した父親の存在である。


「え、え~と……その……なんというか、お父様……お久しぶりにございます……」


 とりあえず、そう挨拶するほかない。


 そんな俺の愛想笑いにも関わらず、父親は表情一つ変えずにじっと俺のことを見下ろしていた。


 やっぱり、怒ってますよね……。


 そりゃそうだ。俺だって同じことをされたら怒るさ。


「お父様……このたびは本当に申し訳ありませんでした。お父様が怒っておられるのは重々承知の上ですが、どうかお許しいただけると幸いです……」


 そう言って頭を下げる。


 父親は俺を恨んでいるのだろうか? 殺してやりたいと思っているのだろうか? まあ、そう思われても致し方ない……。


 だけど、この決断はきっと間違っていなかった。


 一発ぶん殴られるぐらいの覚悟はしておこう。


 そんな気持ちで頭を上げると、父親は俺の真ん前まで歩み寄ってきた。


 そして、唐突にハグされた。


「ぬおおおおおおおっ!! ローグうううううううっ!! パパ、ローグに会いたくて会いたくてしょうがなかったぞおおおおおっ!!」


 え? 待って……その壮大なボケ、自分、ツッコミきれないっす…………。


 一発ぶん殴られる覚悟をしていた俺だったが、殴られるどころか俺は父親から抱き上げられると、髭もじゃの頬をすりすりされた。


 あー不快……。


 父親は一通り俺にすりすりすると、俺を地面に下ろしてニコニコと微笑む。


「ローグ、元気でやっていたのか?」

「え? あ、まあ……それなりには元気にやっておりますが……」

「そうかそうか。健康が第一だからな。ローグが元気にやっておるなら、私は満足だ」


 そう言って今度は俺の頭を撫でる父親。


「あ、あの……お父様?」

「なんだ?」

「私はお父様に結構酷いことをしたような気がするんですが……」


 少なくとも、勘当されるレベルのことをした自覚はあるんですけど……。


 そんな俺の質問に父親はムッと俺を睨む。


「当然だ。到底許される所業ではない……」


 あー怖い……テンションの落差について行けない……。


「が、考えが変わった」

「考えが変わった?」

「ああ、この島に来て全てを失ったときはお前のことを恨んだ。けど、この島で生活するようになって、自分で畑を耕すようになって考えが変わった」

「畑……ですか……」

「うむ、毎日汗を流して畑を耕すのは良い。おかげで体の調子も良くなったし、毎日少しずつ野菜が育つのを眺めるのは我が子を育てているようで達成感もある」


 と、そこで隣に立っていた魔族の女性の肩を抱く。


「それに、良きパートナーにも巡り逢えたしな……」


 なるほど、やっぱり隣の魔族の女性は新しい恋人だったようだ。


「ヨロシクネっ!!」


 と、魔族の女性はなまりの強い言葉で俺にひらひらと手を振った。


「あ、どうもっす……」


 なんかよくわからないが、父親は自然と触れあうことによって新たな境地に達したようだ。


 追放された独裁者が自然的なものに回帰するのは黄金ルートな気もするけど。


 ま、まあ……とにもかくにも許して貰えているようでよかった……。


「さあ、我が家に案内しよう。募る話も色々とあるからな。そうだ。こんばんは畑で採れた野菜でスープでも作ろう。うん、それがいいっ!! 野菜も好きなだけ持って帰っていいからなっ!!」


 そう上機嫌に言い放つと、父親は俺の手を引いて歩き出した。


 なんだろう……自分、色々とテンションについていけてないっす……。

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