第13話 船旅
購入した船がやってくるまでの一ヶ月半は、俺のたった10年の人生の中でもっとも長く感じた。
一週間目。
「フリード……船は届いた?」
「まだにございます」
二週間目。
「フリード……そろそろ船……届いたよね?」
「まだにございます」
三週間目。
「フリードちゃん……そろそろ船――」
「まだにございます」
四週間目。
「まだにございます」
「フリード……」
そして、一ヶ月後。
「ローグさま、ウルネア港に全ての全ての船が入港いたしました」
「おーようやくかっ!! じゃあさっそく船に乗りこんで――」
「まだにございます。大砲の設置と、乗組員の訓練はどれほど早く見積もっても一ヶ月ほどはかかります。もうしばらくお待ちください……」
「ぬおおおおおおっ!! 待てねえええええっ!!」
あー早くっ!! 早く貿易がしてええええっ!!
俺の気持ちは完全に逸っていた。
とにかく俺はグレド大陸に行きたくて行きたくて仕方がなかった。
何せあそこには胡椒があるのだ。
俺が前にいた世界ではその昔、黄金ほどの価値があると言われていた胡椒がグレド大陸にはあるのだ。
胡椒をグレド大陸から独占輸入すれば、絶対に金になる。
それに俺だって久々に塩胡椒で味付けされた肉が食ってみたいのだ。
そんな前のめりな気持ちが抑えきれず、俺はこの二ヶ月もがき苦しんだ。
そしてもがき苦しみ危うく廃人になりそうになったところで、フリードから「大砲の設置と訓練が終わりました」との連絡が入り俺は生き返った。
「フリード、今すぐだ……。今すぐにでも商船に乗り込んでグレド大陸に向かうぞっ!!」
が、そんな俺に対してフリードは。
「ローグさま、荷物の搬入や諸々準備がございます。もう一週間ほどお待ちください」
その言葉で俺は再び廃人になった。
結局、それからの一週間を廃人状態で過ごすことになり、俺が不在の際の政務の手続きはフリード任せになってしまった。
そして、ようやく二週間が経った。
「ひゃっほーいっ!! 海だっ!! 俺の大冒険が始まるぞっ!!」
馬車に乗ってウルネアの湊へとやってきた俺は水を得た魚のように船着き場ではしゃいでいた。
船着き場には既に5隻の武装した商船と、護衛用の軍艦5隻が所狭しと接岸している。
「ローグさま、領民が見ております。節度ある態度を……」
すっかり舞い上がる俺を窘めるフリードを余所に、俺は海へと視線を向ける。
幸いなことに今日は快晴で波も穏やかだ。
果てしなく続く海の果てには水平線が見える。
潮風を浴びながら初めての船旅に心を躍らせつつも、フリードへと視線を戻すと、彼は少し呆れたように俺を見下ろしていた。
「フリード、私の不在の間の政務は任せたぞ」
「お任せください。身命を賭して政務を全ういたします」
「い、一応確認しておくけど、お父様みたいなことにはならないよな……」
何せ、俺は父親のバカンス中にクーデターを起こしたのだ。
もちろんフリードのことは信頼しているけど、ほんのわずかに不安が過る。
が、そんな俺の言葉にフリードはわずかに笑みを浮かべると「ご安心ください」と答えた。
「そのようなことをしても私にメリットはございませんし、領民だって私が領主になることを許さないでしょう」
「まあ、心配はしてないさ」
俺もまたそんなフリードに笑顔で返すと、大きなボストンバッグを持ったリーアがこちらへとやってくる。
「ローグさま……やっぱり私もいかないとダメですか?」
彼女は俺の元へとやってくると、少し悲しげにそんなことを尋ねてくる。
実は彼女も俺と一緒にグレド大陸に向かうことになっている。
が、彼女は乗り気ではないようだ。
なんでも彼女は昔、海で溺れかけた経験があって、それ以来海が怖いんだって。
が、リーアには付いてきて貰う。
何せ彼女は俺を安心させてくれる幸せの置物なのだ。
ちょっと可愛そうではあるけど、精神衛生上ここに残しておくという選択肢はない。
「じゃあ船に乗ろうか」
と、笑顔で彼女に話しかけると、彼女は「はわわっ……」と泣きそうな顔で俺を見つめつつも、観念したように「かしこまりました……」と答えてそのままタラップを登って行った。
さて、出発だ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ローグさま、どうかご無事で」
「もちろんだよ。こんなところで死んでいる場合じゃないからな」
そうだ。
こんなところで死んでいる場合ではないのだ。
必ずやこの破滅フラグを回避して幸せを手に入れる。
そう小さな胸に誓うと、俺もまた商船へと続くタラップを上り始めた。
※ ※ ※
ということで商船に乗り込んでしばらくしたところで、接岸していた船は次々とウルネアの港を出港した。
俺の乗る商船を中心として周りには軍艦と武装商船が艦隊を形成し、万が一にも俺の船に有事が起きぬよう万全の対策がされていた。
船が出航してしばらくの間、俺は船尾に立って離れていく港といつまでも俺を見守ってくれるフリードを眺める。
が、フリードの姿が見えなくなり港も小さくなったところで、ふと「ローグさま」と声をかけられたので振り返った。
そこには金髪の髪をポニーテールに纏めた軍服すがたの美少女が立っていた。
レイナちゃんだ。
どうやら彼女もこの船に乗り込んでいたようだ。
「ローグさま、これより再びアルデアに戻るまでの間、このレイナ・グラウス海軍大将が命をかけてローグさまをお守りします」
そう言って彼女は俺に微笑みかけてきた。
そんな彼女の後ろではマストをぎゅっとハグしたまま「はわわっ……」と震えるメイドが見えるが、見てないことにしておく。
「グラウス海軍大将、頼もしい言葉だ。きみが海軍大将であることを誇りに思うよ」
「恐れ多いお言葉です」
「それよりも海軍大将。新しい大砲は気に入ってくれたかい?」
今回グレド大陸へと向かう船には全て新型の大砲が搭載されいてるのだ。
そんな俺の言葉にレイナちゃんは何故か頬を赤くして、俺から視線を逸らした。
「新しい大砲……すごく……いいです……」
「そ、そうっすか……」
どうやら気に入ってくれたようだ。
あと、なぜかエロい……。
しばらくなぜかうっとりした顔をしていたレイナちゃんだが、不意に「あ、そうだ。ローグさま」と何かを思い出したかのようにフランクに俺に話しかけてきた。
「ローグさま、何かご不明な点があれば、なんでもこのグラウスにお申し付けください」
ご不明な点か……そうね……。
「そう言えば囚人たちはどうしている?」
「ああ、それであれば、あちらに見える商船に収容しております」
なるほど。
実は今回の公開には西ウルネア牢獄に収容されていた魔族たちもつれて来ている。
もちろんその理由は彼らをふるさとに帰すことによって、グレド大陸の魔族たちの心証をよくしておくためだ。
「大丈夫だと思うが、彼らはただアルデア領に漂流してきただけの罪なき者たちだ。十分な食事を与えて、粗相のないようにしたまえ」
何気なくそう伝えたのだが、そんな俺の言葉にレイナちゃんは少し不満げに眉を潜める。
「ですがやつらは魔族ですよ?」
「だったらなんだ? 彼らは丁重に扱うこと。体調の悪い者がいたらすぐに医務室に連れて行ってやれ」
「か、かしこまりました……」
と、一応はそう返事をするレイナちゃんだが、どうも心のどこかで納得がいっていないようだ。
これは前から思っていたことだが、どうもアルデア領……というよりはクロイデン王国の人間は魔族に対して軽蔑するような感情を持っているようだ。
まあ、俺のいた世界でも差別はあったし、これはどの世界でも共通の感情のようだ。
この感情が悪い方向に向かわなければいいけど……なんて思いつつも、それ以上は深くはつっこまないようにしておく。
「他になにか気になることはありますか?」
と、そこでレイナちゃんは話題を変えるようにそう尋ねて首を傾げる。
「そういえば、この船はグレド大陸に直行するのか?」
「というのは?」
「いや、途中でどこかに寄港して物資の補給はしないのかと聞いている」
と、そこでレイナちゃんはようやく俺の言葉を理解したようで、笑みを浮かべるとこう言った。
「それであれば、途中にスラガ島に寄港して水や食料を補給する予定です」
「す、スラガ島っ!? スラガ島って……」
「ええ、あのエロガッパが島流しされている場所です」
「…………」
どうやら、この船は父親のいるスラガ島に向かっているらしい。
そんなレイナちゃんの言葉を聞いて俺はなんとも気まずくなる……。
父親は今でも俺のことを恨んでいるのだろうか……。
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