第12話 貿易

 というわけで、俺と魔族の女の子との面談が始まった。


 しばらくすると、アグナル少佐が直々に紅茶とケーキと折りたたみの式のテーブルを持ってやってきた。


 そんな少佐に「ありがとうございます」とお礼を言うと、少佐はへこへこと笑顔で頭をさげて「めっそうもございません」と部屋を出て行った。


 ということで紅茶を啜りながら少女へと目を向けると、少女は格子を掴みながらキラキラした瞳でケーキを見つめていた。


「お、美味しそうにゃ……」


 どうやら食いたいらしい。


 その証拠に、彼女の口からはわずかに涎が垂れている。


「食いたいのか?」

「た、食べたいにゃ……。ここでは甘い物は全然食べられないにゃ……。ケーキなんて10年ぶりに見るにゃ……」

「は? 10年ぶり? お前、何年ここの牢獄にいるんだよ……」

「掴まったのは30歳のときだから今年で10年目にゃ……」

「…………」


 どうやらこいつは前世の年齢を足せば、俺とほぼ同い年のようだ……。


 いや、にしてはちょっと精神年齢が幼すぎやしませんかねぇ……。


 魔族について詳しくは知らないが、人間とは年の取り方が全く違うようだ……。


「そのケーキを私に寄越すにゃ……」

「それはお前の態度次第だな」


 そう答えると、彼女は床に跪いて俺に頭を下げた。


「そのケーキを私に寄越してくださいませにゃ……」


 いや、本当にこいつ40歳なのか……。


 甚だ疑問ではあるが、そんなにケーキが欲しいならばくれてやってもいい。


 が、


「じゃあ俺の質問に素直に答えてくれたらケーキを好きなだけ食わせてやるよ」

「そ、それはホントにゃっ!?」

「それはお前がいかに有益な情報を俺に寄越すか次第だな」

「な、なんでも答えるにゃっ!! 私になんでも質問するにゃっ!!」


 なんかよくわからないが質問に答えてくれるなら好都合だ。


「とりあえずきみの名前は?」

「私の名前はニワナにゃ。よろしくお願いしますにゃ……」


 と、ケーキをチラつかせたせいか、バカ丁寧に彼女が名を名乗る。


 この調子で彼女から色々と聞き出すことにした。


 どうやら彼女はグレド大陸の海の近くの村で生まれ育ったようで、魚を捕まえるために小さな船で海に出てそのまま遭難したらしい。


 フリードの説明ではアルデア領では潮の流れのせいで、定期的に彼女のような遭難者が港に流れ着くのだという。


 魔族の漂流者は発見次第、捕らえることになっているらしいが、クロイデン王国とグレド大陸には国交がないため、彼女たちを大陸に帰す手立てもなくこうやってそのまま収監されることになるらしい。


 なんというか、少々不憫な話ではある。


 が、今の俺にとって無数の人質は好都合だ。


「なあ、グレド大陸には国はいくつあるんだ?」

「国? なんの話にゃ?」

「いや、国は国だよ。お前らのふるさとには王様とかいないのか?」

「王様? 魔王様のことかにゃ?」

「そうそう。大陸には魔王様は一人しかいないのか?」

「一人しかいないにゃ。魔王様が各種族の長老を束ねているにゃ……」


 なんだかよくわからないが、一応魔族たちもいくつかの共同体が存在し、それを魔王が統治しているようだ。


 と、なんとなくグレド大陸の統治システムを理解したところで、俺は一番聞きたかったことを彼女に尋ねることにした。


「おい、ニワナ」

「なんにゃ」

「このアルデア領になくてグレド大陸にはあった物をなにか教えてくれ」

「はあ? どういう意味かわからにゃいけど、自由と甘い物ならグレド大陸にはあったにゃ……」


 ちょっと聞き方が悪かったか……。


「なんて言えばいいのかぁ……。グレド大陸では当たり前なのにここに来てから全然手に入らなくなった物とかそういうの……。なんならその逆でもいいぞ?」

「にゃ? カルデラに来てからずっとここにいるのに、そんなのわからないにゃ……」


 確かにそれもそうだ……。


 そもそもこいつはこの牢獄以外のアルデアの景色を知らないのだ。


 そんな彼女にそんな質問をするのは酷だったかもしれない……。


 俺がそんな質問をした理由は、グレド大陸との貿易を考えていたからだ。


 そもそも論として、俺にはゲーム内で魔王がクロイデン王国を攻めてきた理由が全くわからないのだ。


 もちろんゲームだし、侵略したいからしたと言われればそれまでだけど、何かしらこのクロイデン王国という地に魅力があったから侵略したのではないかと俺は思う。


 もしも……もしも、クロイデン王国に彼らの欲する物があるとすれば、貿易という手段を使えば彼らの侵略を未然に防ぐことができるんじゃないかと考えた。


 だから、彼女を質問攻めにしたのだけど……どうやら彼女からその答えを聞き出すことはできそうにない。


 次はもう少し頭の良さそうな囚人を呼び出して貰おう。


 そう思って、アグナル少佐に視線を送ったのだが。


「そういえば……肉が美味しくないにゃ……」


 とニワナがそんなことを呟くので、彼女を見やる。


「なんだよ。うちの牢獄の肉がお気に召さないのか?」


 そう尋ねると、ニワナはもう二度と肉が貰えないと思ったのか「そ、そんなことないにゃっ!!」と慌てて首を横に振った。


「ただその……」

「ただその?」

「ここの肉は塩でしか味付けされていないし、なんだか味気ないにゃ……」


 なんだろう……そんな彼女の言葉を聞いた瞬間、俺の中でビビッときた。


 そ、そうだよっ!!


 この世界の肉は塩でしか味付けされてないじゃねえかよっ!!


 俺は慌てて彼女に駆け寄ると、格子越しにニワナの囚人服の胸ぐらを掴み、自分の方へと引き寄せる。


 そんな俺の行動にニワナ「はわわっ!! そ、そんなに乱暴に扱わないでほしいにゃっ」とちょっとだけ泣きそうな顔をした。


「おい、お前のふるさとでは肉にどんな味付けをするんだ? 答えろっ!!」

「え? え? それはそにょ……」

「それはそにょ?」

「塩と一緒にカラヌキ粉を掛けるにゃ……」


 俺はフリードを見やった。


「フリード、カラヌキ粉ってなんだ?」

「か、カラヌキ粉? 申し訳ないですが存じ上げませんな……」


 どうやらアルデア領にはないものらしい。


 再びニワナに視線を戻す。


「で、そのカラヌキ粉はどんな粉なんだ?」

「そ、それはそにょ……」

「さっさと答えろっ!!」

「ひゃっ!? 落ち着くにゃ……答えるから一旦落ち着くにゃ……」


 落ち着けるかっ!!


 俺は自分の中の全ての期待を彼女に寄せる。


 あれであってくれっ!!


 頼むあれであってくれっ!! と、願いながら彼女を見つめる。


 そんな俺の視線に彼女は動揺しながらも、少し怯えた口調で説明を始める。


「そ、しょの……カラヌキ粉は塩と一緒に肉にかければ、ちょっぴり辛くなって香ばしくなるにゃ……。そろそろ苦しいから離して欲しいにゃ……」


 そこで俺はようやく彼女を解放してやった。


 いかんいかん……我ながら興奮しすぎた……。


 それと同時に、これまで自分がそのことに気づかなかったことが情けなくなった。


 確かになかった。


 この世界にはなかった。


 だけど、そのことに気がつけずに俺は塩で味付けされた肉を当たり前のように食べていた。


 この世界に来た俺は完全にそいつの存在を忘れてしまっていた。


「おい、フリード」

「なんでしょうか?」

「俺は金のなる木を見つけたぞ?」

「はて? それはどのような木でしょうか?」


 その木の名前は胡椒の木という。

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