第11話 新たなビジネスチャンス

 というわけで異世界の総合商社カクタ商会のカクタを呼び寄せて、俺たちはアルデア領の防衛装備について考えることにした。


 カクタは事情をある程度フリードから聞いているようで、ブリーフケースから資料を何枚も取り出すと、それを俺に手渡した。


「我がカクタ商会では陸海軍にぴったりの装備を王国内から買い付けることが可能です。その一例としてローグさまがご覧になられておりますような物がございます」


 ふむふむ……さっぱりわからん。


 そもそも俺はこの世界の軍事事情をさっぱり知らない。


 資料には携行用の小銃のような物や、大型の大砲のようなものが描かれているけど、そもそもこの世界に火薬なんて存在するんだっけ?


 資料を眺めながら首を傾げていると、カクタが口を開く。


「そちらは携行用の小魔砲です。主に歩兵が装備する物にございます」

「しょうまほう? なんじゃそりゃ……」


 聞き慣れない言葉だ。


「小魔砲とは魔法石の取り付けられた小型の筒のことです。魔法石内にあらかじめ蓄えられています魔力の反動を使って鉄球を飛ばす兵器にございます」

「な、なるほど……」

「そこに描かれている物はクロイデン王国兵に採用されている05式という最新式で、1秒間に3発の発射が可能な物です」


 ようするに自動小銃ということだろう。


 なるほど……火薬の発明されていないこの世界にも、火薬と同等の効果を発揮する物は存在するようだ。


 が、疑問もある。


「魔法杖じゃだめなのか?」


 確かに銃はこの世界でも強力な兵器なのはわかるけど、そもそもこの世界には魔法があるのだ。


 そんな煩わしい道具を使用しなくても魔法杖を使いこなせば、もっと自由度の高い戦いができるんじゃないのか?


 そんな俺の疑問にカクタはニコニコと営業スマイルで答える。


「残念ながらクロイデン王国内でも魔法杖を使いこなせる者は多くありません。多くの平民は魔術そのものすら使用できませんので……」

「え? そうなのっ!?」


 そんなカクタの言葉に思わず目を丸くする。


 すると、フリードが慌てて俺の元へと駆け寄ってくるとごにょごにょと俺に耳打ちする。


 なるほど……フリード曰く、魔術の才能は遺伝の影響が大きいらしく、主に近親婚によって貴族の多くは魔術を使えるが、平民で魔術が使える者は稀なのだという。


 それを聞いた俺はカクタに微笑みかける。


「もちろん、そんなことは知っていたけどなっ!!」


 領主たる者、その程度の常識は知っていて当然なのだ。


 そんな俺の言葉にカクタは「さすがはローグさまでございます」と苦笑いを浮かべた。


 茶番が終わったところで話を進める。


「ではこの大砲も同じような仕組みなのか?」

「左様でございます。こちらは主に砲兵が使用するものですが、軍艦などにそのまま設置することも可能です」

「なるほど……」


 と、そこで俺と一緒にカクタの話をうんうんと聞いていたレイナちゃんに視線を向ける。


「グラウス海軍大将、我が海軍の艦載砲はどのように運用されているんだ?」


 そう尋ねると、レイナちゃんは目をキラキラさせながら俺の元へ歩み寄ってくる。


「ローグさま……海軍の艦載砲はどれも旧式です。砲身も訓練で何度も使用しているせいで曲がってきていますし、そろそろ買い換え時だと思います」


 どうやらレイナちゃんは新しい大砲が欲しくて欲しくてしょうがないらしい。


 その証拠に彼女は「いいなぁ……私も最新式欲しいなぁ……」とおねだりモードに入っている。


 そんなレイナちゃんを横目に俺はカクタに告げる。


「ではこの小魔砲を1000丁と大砲を100門ほど取り寄せて欲しい。できるか?」

「当然にございます。カクタ商会に不可能はございません」


 頼もしい言葉だ。


 そんな俺の言葉にレイナちゃんは目をキラキラさせると「ローグさま~」と喜びを露わにした。


 可愛い。


 そんな風に喜んでくれるともっともっと彼女を喜ばせたくなってしまうから恐ろしい……。


 が、私情を挟んでいたら父親と一緒だ。


 俺は首をぶんぶんと横に振って邪念を振り払うとカクタを見た。


「そうだ。船についてもフリードに頼んでおいたはずだけど……」


 実はフリードを通じて事前に船についても探して貰っていたのだ。


 すると、カクタはブリーフケースからさらに資料を取り出すと俺に差し出してきた。


 どれどれ……。


 カクタから受け取った資料には帆船のイラストが描かれていた。


 イラストの横に書かれた数字を見る限り、かなりの大きさの船のようだ。


 ペラペラと資料に描かれた船を眺めていると、レイナちゃんが興味深げに俺の資料を覗き込んできて目をキラキラさせた。


「ローグさま……もしかして、新しい軍艦を購入されるのですか?」

「残念だな……。この資料に書かれているのはどれも商船だ」


 名目上はな……。


 そんな俺の言葉にレイナちゃんは「そうですか……」と露骨に落胆した。


 わかりやすいな……こいつ……。


「ここに載っております船は、今すぐに調達が可能な中古の船にございます。契約が成立すれば一ヶ月ほどで納品が可能です」


 それは素晴らしい。


 が、疑問はこれだけではない。


 他にも聞いておかなければならないことがある。


「カクタ。これらの船にさっきの大砲を設置することは可能か?」


 そんな俺の言葉にカクタが首を傾げる。


「少々手を施せばそこまで難しいことはありませんが……」

「なるほど、じゃあこれらの中から丈夫な商船を10隻ほど仕入れたい。その商船にさっき注文した大砲を設置できるように修繕を施してくれ」

「かしこまりました」


 そんなやりとりを見てレイナちゃんは少し不満げに頬を膨らませる。


「ローグさま、お言葉ではございますが商船にそのような装備が不要かと……」


 どうやら彼女はせっかく買って貰った大砲の一部を横取りされたことに不満があるようだ。


 が、そんな彼女を無視して俺は「できるだけ早く調達するように」とカクタに伝えた。


※ ※ ※


 というわけでカクタ商会との契約を交わした俺は、昼食後、フリードに頼んでウルネアの街へと下りることになった。


 数十分間馬車に揺られて俺が、やってきたのはウルネアの西方にある巨大な石造りの建物だった。


「ローグさま、ここが西ウルネア牢獄にございます」

「うむ、ご苦労だった」


 そう言って馬車を降りるとそこにはアルデア軍の軍服を身につけた中年の男が立っていた。


「ローグさま、ようこそいらっしゃいました。私はこの牢獄の管理を任されているアグナル少佐でございます」


 そう言って深々と頭を下げる少佐に「いつもご苦労様です」と労いの言葉をかける。


 すると少佐は頭を上げて「勿体ないお言葉でございます。さあさあ、中に参りましょう」と俺たち一行を牢獄内へと案内した。


 ここは西ウルネア牢獄という名前の通り、ウルネア最大の牢獄である。


 ここには数多くの罪人が収監されており、ウルネアの安全を守るために24時間万全の体制で警備を行っているのだという。


 さて、なぜそんなところに俺がやってきたかというと、それは俺がこの牢獄にビジネスチャンスを見いだしたからだ。


 俺は牢獄内の地下の階段を降りていくと、わずかに空気がひんやりとした。


 フリードの話によると地下は10階まであり、凶悪犯ほど地下深くに収監されているのだという。


 俺たちは少佐の案内で地下三階まで降りると、そこからさらに通路を歩き突き当たりにある鉄のドアの前まで案内された。


「こちらにお入りください。後ほどお茶と茶菓子をお持ちいたします」


 そう言って少佐が扉を開けると、そこには10畳ほどの小さな部屋が広がっていた。


 その部屋はど真ん中で格子によって真っ二つに分断されており、行き来ができないようになっている。


 どうやらここは刑務所でいうところの面会室のような場所らしい。


「ローグさま、こちらにおかけください」


 フリードにそう言われて、おそらく俺用に用意されたであろうふかふかの椅子に腰を下ろす。


 すると、しばらくして格子の向こう側に設置された扉が開いた。


「入れっ!!」


 そんな声とともに看守の男二人に腕を掴まれた15歳ほどの女の子が手錠姿で中に入ってくる。


 どうやら少女は看守に腕を掴まれているのが不快なようで「離すにゃっ!! レディの体に触れるなんてひどいにゃっ!!」と独特な話し方で看守を睨んでいる。


「ローグさま、この者がグレド大陸からの漂流民にございます」


 そう言って看守の一人が彼女を紹介する。


 グレド大陸……それは我がクロイデン王国と海を隔てて東方に位置する魔族が支配する大陸だ。


 そして、いずれクロイデン王国を侵略してくる魔王が統治している大陸。


 現に彼女の頭には猫のような耳がついており、囚人服のお尻の部分からは尻尾が伸びている。


 生まれて初めて見る魔族の女の子だ。


「あ、あんたは誰にゃ?」


 と、そこで魔族の女の子がなにやら恨めしそうに俺を眺める。


 そんな態度に看守が「こちらにあらせられるのはアルデア領の領主、ローグさまだっ!! 口の利き方に気をつけろっ!!」と少女の頭にげんこつを落とす。


「い、痛いにゃ……。アルデアかカルデラか知らにゃいけど、そんな人が私になんの用にゃ?」

「お前、だから口の利き方にっ!!」


 と、看守が再びげんこつを落とそうとするのを、俺が手で制す。


「かまいません。それよりも彼女と話をさせていただけませんか?」


 そう言うと看守たちは少し困ったようにお互いの顔を見合わせたが、渋々、彼女から腕を離して解放した。


 ということで、俺はこの魔族の女の子からグレド大陸について根掘り葉掘り聞き出すことにした。

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