第10話 次のステップ
スラガ島の海上封鎖を命じてから一週間が経った。
どうやら今日はレイナちゃんから戦果の報告があるということなので、俺は朝っぱらから謁見の間へとやってくる。
すると、そこには既にフリードとレイナちゃんの姿があり、二人は俺が入室すると同時に立て膝をついて俺に忠誠を示した。
が、そういうのはいらない。
「頭を上げてくれ。民衆たちの前ならまだしも、こんな閉鎖空間で仰々しいのは窮屈なだけだ」
俺は父親と違って、不必要に崇められるのは好きじゃない。
あ、記憶を取り戻すまでは大好きだったし、ふんぞり返ってたよ?
だけど、日本の社畜サラリーマンを経験した俺にとって、必要以上のへりくだりはなんだか居心地が悪い。
この間はまだ見ぬ軍のトップに威厳を示す必要があったから正装を着用したけど、相手がレイナちゃんならそこまでする必要もなさそうだ。
ということで、俺はすたすたと玉座まで歩いて行き腰を下ろすと、俺の意をくんだ二人が顔を上げる。
「フリードさま、海軍大将が委任状を持って参りました」
「おぉっ!! ついにお父様が観念したかっ!!」
思わずそんな声を漏らすと、今日はブロンドの髪をお下げにしたレイナちゃんが得意げな顔で俺の前までやってくると委任状を俺に差し出した。
「うむ、でかしたぞレイ……じゃなくてグラウス海軍大将」
彼女から委任状を受け取る。
俺にアルデア領全ての統治権を譲るという文言と、父親のサインが書かれていた。
間違いなく父親のサインだ。
と、そこでフリードが俺へと向き直る。
「これで名実ともにローグ様がアルデア領の当主にございます。謹んでお祝い申し上げます」
フリードは深々と頭を下げた。
フリードの言うとおり、これで俺がこの領地の統治者だ。
これで父親の目を気にすることなく、アルデア領の統治ができる。
といってもあくまで俺の立場は建前上、スラガ島で病気療養をする父親の代わりに統治を行う摂政のような立場だけど。
実は俺はレイナちゃんが海上封鎖を頑張る傍ら、スラガ島に密使を送っていた。
密使には委任状と、委任状へのサインへの見返りを記した密約文書を持たせておいた。
あ、ちなみに委任所へのサインを拒否した場合は、即刻海軍が上陸して父親の身柄を拘束して更に沖合いの無人島に捨てると伝えて貰ってます。
以下は密約の主な内容。
・父親は俺の許可なく島を脱出してはならないこと。
・父親は俺の許可なく島の外の人間と関わってはならないこと。
・商船軍艦問わず、アルデア船籍の船が寄港を拒否してはならず、必要な場合は乗務員の休憩や物資の補給に協力すること。
etc……。
それらの条件を呑んでくれれば、父親はあくまで病気療養のためにスラガ島に隠棲していると領民にも説明するし、十分な食料と医療設備、さらには贅沢品だって島に届けてあげるつもりだ。
この密書がただの脅しではないことを知らしめるために、レイナちゃんには島目がけて数発、威嚇用の艦砲射撃を行って貰った。
それはそうと……。
「グラウス海軍大将が父親の調印に立ち会ったんだったな?」
俺には一つ気がかりなことがあった。
俺の質問にレイナちゃんは「はい、確かにこの目で調印を確認いたしました」と嬉しそうに報告する。
可愛い……。
が、この可愛さに騙されてはいけない。
「念のために聞いておくけど、アルデア伯爵に危害は加えてないだろうなぁ……」
本当はレイナちゃん以外の人間に立ち会って欲しかったが、彼女は海軍大将だ。
彼女以外の人間に頼むことは、彼女の威信に関わるので泣く泣く彼女に頼んだけど、彼女は父親のセクハラに相当おこなのだ。
下手したら本気で魔法杖で頭を叩き割りかねん……。
そんな俺の言葉にレイナちゃんは露骨に俺から視線を逸らすと「何もしておりません……」とわずかに頬を紅潮させた。
あ、これ何か隠してるやつだ……。
「まさか伯爵の頭を……」
と、そこまで言ったところでフリードが「ご安心ください」と口にする。
「アルデア伯爵に大きな怪我はありません」
「え? なにその小さな怪我はあるような言い方は……」
そこでフリードはレイナちゃんに視線を向ける。
すると彼女は観念したようにため息を吐くと、ムッと頬を膨らませて俺を見つめた。
「私はただ『変態っ』と叫んであの男の頬をひっぱたいただけです……」
「そ、そうっすか……」
どうやらセクハラへの恨みを抑えきることはできなかったようだ。
ま、まあ……それぐらいは多めに見てやるか……。
ということで、多少のトラブルはあったようだが無事委任状を手に入れることができた。
満足した俺は委任状をフリードに預けると、そこでレイナちゃんが「では私はこれで……」と謁見の間を後にしようとした……のだが。
「あ、ちょっと待って」
俺は彼女を呼び止める。
彼女は足を止めると振り返り、少し不思議そうに首を傾げた。
「まだ私に何かご用でしょうか?」
「大将には今しばらく、ここに残ってもらいたい」
「ローグさまの命とあれば喜んで残りますが……なにゆえ?」
「実は大将にも一緒に見てもらいたい物があるんだ」
そう言ってフリードに視線を向けると、彼は全てを察して近くの衛兵に「かの者をここに連れてこい」と命じた。
衛兵が扉を開くと、そこにはスーツ姿の中年の男が立っていた。
俺に深々と頭を下げたその男は俺の「入れ」という言葉に「かしこまりました」とこちらへと歩いてくる。
「ローグさま、この男は?」
レイナちゃんが依然として首を傾げながら不思議そうに尋ねてきた。
そんな問いかけに俺に代わって中年の男が「初のお目にかかります。グラウス海軍大将」と白い歯を見せると、懐から名刺を取り出して彼女へと差し出す。
「わたくし、ウルネアでカクタ商会という店を営んでおりますカクタと申します」
「しょ、商人? どうして商人がここに……」
名刺を受け取ってちんぷんかんぷんな顔をする彼女に、そろそろネタばらしをしてあげる。
「このカクタという男は王国中を歩き回って、領外から物を買い付けてくる商人だ。扱う商品は幅広くて軍隊の装備なんかも取り扱ってるらしいぞ」
まあ、俺もフリードから聞いて初めて知ったのだけど……。
なんというかこの男は前の世界でいうところの総合商社のような仕事をしているらしい。
カクタ商会は領内最大手の商社で、アルデア領内のみならずクロイデン王国の各地に支店を持ち、全国各地で商品を買い付けているのだという。
俺はレイナちゃんに微笑みかける。
「日夜命がけでアルデア領の安全を守るアルデア軍のために、装備を強化しようと思ってな。それで具体的に何がアルデア軍に必要なのか、グラウス海軍大将の意見が聞きたい」
そんな俺の言葉にレイナちゃんはしばらくぼーっと俺の顔を見つめた。
が、その表情がパッと明るくなると「ろ、ローグさま~」と目をキラキラさせる。
フリードの話ではアルデア軍の兵器は年々ガタが来ているようで、アルデア軍の花形である軍艦でさえ、一部は共食い整備でなんとか稼働させている状態なのだという。
レイナちゃんはそのことをかねてより訴えていたそうだが、父親は全然軍事にお金を使ってくれなかったんだって。
が、父親とは違い俺にとってアルデア軍の兵力は死活問題だ。
だから、今のうちから兵力の底上げを図って、来るべき魔王軍の襲来に備えておく必要がある。
だから、俺は次のステップに進むことにした。
俺はこのアルデア軍を王国最強の武装組織にすることに決めた。
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