第9話 レイナちゃん

 冷静に考えてみればいつかはやらなければいけないことだった。


 ゲーム開始時には俺が伯爵位を譲り受けているとはいえ、父親がいつ死ぬかはゲームでは説明されていなかったし、父親が死ぬのを待ってからでは全てが遅い。


 俺にはたった10年しか時間がないのだ。


 仮に9年目で爵位を譲られたところでたった1年でできることなんてなにもない。


 そういう意味ではきっかけを与えてくれたフリードには感謝しなければならないのだが。


「ローグさま、どうぞ私めの首をお刎ねください……。この無様なご老体の首を……」


 城へと戻る馬車の中、フリードは完全に『俺、やっちまった』モードに入ってしまっており、両手で顔を覆ったまましきりに首を刎ねてくれと俺に懇願してくる。


 いや、なんでおっさんの首を俺が刎ねなきゃいけないんだよ……どんな罰ゲームだよ……。


 それにフリードはアルデア領の実質的な統治者だ。


 フリードにはこれからも馬車馬のように働いて貰わなければならない。


「フリード~俺、怒ってないよ~。ほら見てこの笑顔。全然怒ってないから泣き止んで~」


 と、作り笑いでフリードをあやしてみると、彼は両手を顔から離すと俺の顔を見やった。


 そして、


「ローグさま……私のような愚か者にそのようなお言葉を……うぅ……」


 再び両手で顔を覆うと今度は感動の涙を流し始める。


 あ、ダメだ……使い物にならねぇ……。


 城へと急行する馬車の窓を開けると、近くの衛兵に声をかける。


「おい、衛兵。うちの軍でもっとも偉い人間をすぐに城に呼び寄せろっ!! 当主からの直々の呼び出しだと言っておけっ!!」


 そう叫ぶと衛兵の一人が「かしこまりましたっ!!」とどこかへと駆けていった。


※ ※ ※


 ということで、城へと戻ってきたところでそのまま俺は側仕えを呼び寄せると正装へと着替える。


 これは王都などで国王に拝謁するために着用する洋服だ。


 その際に俺は側仕えに命じて、幼い頃に国王から形式的に賜った勲章など諸々を正装に貼り付けて貰い、そのまま謁見の間へと移動することにした。


 ドアが開かれると、そこにはすでにフリードが控えており、俺は玉座へと進む赤絨毯を一直線に進む。


 そして、そのまま玉座へと腰を下ろすとフリードは少し驚いたように俺を見やった。


 さっきしこたま泣いたせいで、フリードの目の周りが少し赤くなっている。


「ローグさま、そのお席は……」

「もうこうなったらやるしかないだろ。それとも俺がこの椅子に座ることが不満か?」


 そう尋ねると、フリードはぶんぶんと首を横に振る。


 と、そこで再び謁見の間の扉が開いた。


 扉をみやると、そこには純白のスーツにこれまた純白のマントを羽織った金髪の美女が立っていた。


 え? なにこの美女は……。


 なんがゴリゴリのおっさんが来ると思っていたんだけど……。


 が、彼女の胸元の大きく膨らんだ軍服には無数の勲章が付いており、一目で士官であることはわかった。


 彼女は一度、俺に深々と頭を下げると、玉座の前までやってきて片膝を付く。


「ローグ様、レイナ・グラウス海軍大将でございます」


 フリードが彼女を紹介してくれる。


「ん? 海軍大将?」


 俺は軍で一番偉い人を呼んでこいと言った。


 アルデア領の軍の仕組みはわからないけど、どうして海軍の大将だけがここに来るんだ?


 首を傾げていると、フリードが何かを察して俺の元へとやってくると耳元で囁いた。


「アルデア領では陸軍は海軍の指揮下にございます。なので、グラウス海軍大将が陸軍大将も兼任しております……」

「なるほど……」


 なんだかよくわからないが、アルデア領の指揮系統はかなり複雑なようだ。


 が、まあとりあえず軍でもっとも偉い人間であることには間違いがないようだ。


「グラウス海軍大将、ご苦労でした。顔を上げてください」


 そう彼女に伝えると「恐悦至極に存じます」とゆっくりと顔を上げた。


 そんな彼女の顔を眺めながら思う。


 若い……あと、可愛い。


 見た感じ彼女は20代前半の女性にしか見えなかった。


「見たところまだお若いようですが……」


 こんな若い女の子が大将に上り詰めるなんてことはあり得るのか?


 少なくとも俺が前にいた世界ではありえないレベルの飛び級昇進だ。


 そんな俺の疑問をまたもやフリードが俺に耳打ちをする。


「なんと申し上げましょうか。彼女は当主様より大変寵愛を受けております」


 あ、なるほど……。


 俺は全てを理解した。


 確かに彼女は絶世の美女である。


 父親が彼女を強引に昇進させて、自分の側に置いておきたい気持ちはわからないでもない。


 妙に納得してしまった俺にフリードはさらに耳打ちをする。


「ですが、彼女の統率力や作戦立案の能力は確かでございます。さらには武芸も軍で一二を争うほどに優れております。当主様の寵愛を受けずともいずれはこの地位に上り詰めていたかと……」


 そこで俺は再び大将に視線を向ける。


「大将は武芸に秀でているそうですね?」


 そう尋ねると、彼女の瞳がキラキラと輝いた。


「ご存じなのですか?」

「え? ま、まあ……」


 今聞いたばかりだけどな。


「武芸というのは……具体的にどのような武芸に秀でているのですか?」


 そう尋ねると彼女は頬を少し赤らめて、恥ずかしそうに「魔法杖の扱いであれば、我が領内で右に出る者はございません……」と俺から目を逸らした。


 何その反応……可愛い……。


「魔法杖……ということは魔術に長けているのですか?」

「いえ、魔法杖を使って海賊50人を相手に、彼らの頭をたたき割ってみせました」

「そ、そうっすか……」


 ただの脳筋だった。


 ってか、打撃攻撃なら魔法杖の意味ないじゃん……。


 と、そこでフリードがまた耳打ちをする。


「彼女は魔法杖道の師範格を15の若さで取得しております」


 魔法杖道ってなに……銃剣道みたいなやつかな……。


 などと考えていると「失礼ながら」とレイナちゃんが話し始める。


「失礼ながら、私めにお話とはどのようなご用件でしょうか?」


 ということで本題を話すことにする。


「グラウス海軍大将にはスラガ島の海上封鎖を行ってもらう」

「海上封鎖……ですか?」


 そんな俺の言葉にレイナちゃんは驚いたように目を見開く。


「失礼ながら、なにゆえ?」

「父上がスラガ島に島流しすることになった。だから、父が島から逃れぬよう海路を絶ちたい」

「…………」


 突然当主を裏切れと言われた彼女は見開いた目をさらに見開いて動揺を隠しきれていない。


「恐れながら、当主様は我が軍の最高指揮官でございます。なにゆえそのようなことを……」


 そりゃそうだ。


 いくら俺の命令とはいえ俺に爵位はないし、アルデア領の軍隊が俺の命令を受ける筋合いはない。


 が、ここはごり押しでもやるしかない。


「父、ザルバ・フォン・アルデアをこれよりアルデア領の国賊、いや領賊として扱うことにした」

「ローグさまのおっしゃることが理解できませぬ」

「我が父は伯爵という地位に甘んじ、領民の窮状を顧みず領地を私物化して、アルデア領に多大な損害を与えた。それゆえ私がこれより領主の座を父より引き継いで、アルデア領主として父をスラガ島に島流しとすることに決めた。グラウス海軍大将、私になにか異論はあるか?」


 この領地を統治するに当たって軍の指揮権を手に入れることは絶対条件だ。


 かなり厳しい主張なのはわかっているが、こうなってしまった以上やるしかない。


 俺は心の中で『レイナちゃんお願い……』と懇願しながら、彼女を見やった。


 すると、彼女はゆっくりと立ち上がるとギロリと俺を睨みつけてスタスタと俺の前に歩み寄ってきた。そして、剣を抜く。


 あ、これはやばいかも……。


 レイナちゃんのそんな動きに門の前に立っていた衛兵が慌ててレイナちゃんの周りに集まって、彼女に槍を向ける。


 そして、フリードもまた盾になろうと俺の前に立ちはだかる。


 が、彼女は微動だにせず、抜いた剣を振り上げる……わけではなく、軍刀を顔の前に立てると、今度は立てた刀を彼女の右前へと向けて下げた。


「…………」


 そんな彼女の奇怪な動きに内心ビクビクしていると、それまで彼女に槍を向けていた衛兵たちはすっと身を引き、フリードもまた俺の前から退いた。


 え? どゆこと?


 この場で一人、状況が理解できない俺がぽかんと口を開けていると、レイナちゃんが相変わらず俺に鋭い視線を向けながら口を開く。


「あのエロガッパの首、このグラウスが必ずや討ち取って見せましょう」

「え? え、エロガッパ?」

「あの者はアルデア領主という地位を乱用して、私のその……胸を……胸を揉みしだきましたっ!! あのクソエロガッパの斬首命令を是非とも私にっ!!」


 あ、なるほど……。


 どうやら彼女の血走った目は俺……ではなく父親に向けられていたようだ。


 詳しくは聞かないけど、彼女の目を見る限り、父親から相当なセクハラを受けたに違いない。


 レイナちゃん可愛そう……。


 が、さすがに首を刎ねるのは色々とマズい。


「いや、とりあえずは海上封鎖で十分だ。我がアルデア領の未来のために、命を賭して職務を全うして欲しい。首は必要ない」


 首は切っちゃダメだよと念押しすると、彼女は少し不服そうに俺から視線を逸らしたが「かしこまりました」と一礼して謁見の間を後にした。


 いや、本当に切っちゃダメだよ……色々と面倒なことになるから……。


 俺は生まれて初めて父親がセクハラに興じていたことに感謝した。

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