第8話 終わらないバカンス
俺がフリードに銀行とインフラの修繕の話をしてから2ヶ月が経った。
驚くことに俺の計画には予算が下り、今は急ピッチで銀行の設置と下水道に道路、さらには老朽化した教会などの公共施設の修繕が続いている。
それらの情報はフリードや、ヨーゼフの選別してくれた子どもたちから逐一俺の耳に入ってくる。
が、入ってくるのはあくまで情報だけだ。
実際に自分の目で見たわけではない。
ということで、今日は天気も良かったのでフリードに頼み、馬車に乗ってウルネアの街の視察へとやってきた。
「みんな、汗水流して一生懸命働いております」
馬車の向かいのシートに座るフリードがそう呟きながら満足げに車窓を眺める。
確かに、2ヶ月ぶりのウルネアの街は前回訪れたときと様変わりしていた。
前回は中流階級がショッピングを楽しんでいた大通りには、大八車に資材を乗せた人々が無数に往来しており、道の至る所に大きな穴が開いている。
穴からはひっきりなしに男たちが出入りをして、外に積まれたレンガを穴の中に運び入れていた。
「うむ、順調そうだな」
どうやら報告通り、工事は順調のようだ。
と、そこでフリードは首を傾げながら俺を見やった。
「どうしてこれほど工事を急がれるのですか? 通常であれば早くとも2年ほどはかかる工期を半年に設定されるとは……」
どうやら短すぎる工期にフリードは疑問を抱いているようだ。
もちろんその理由は一日でも早く、国力を増強したいからだ。
再三言っているが俺には時間がない。
10年後には魔王軍に攻められて滅ぼされるか傀儡領主になるかの二択を迫られるのだ。
が、今回工期を短くしたのにはもう一つ理由がある。
「単純に人手不足にしたかったからだよ。工期を長くしたら職人たちは自分たちの仲間だけで工事を終わらせてしまうだろ?」
「それに何か問題が?」
「工期を短くすれば、職人たちだけでは工事が回らなくなる。そしたら、職人たちは他の人間を雇わなければならなくなる。そしたら、職を失った者たちに仕事が生まれる」
正直なところ工期は少々後ろにずれ込んでも問題はない。
労働環境が劣悪になったり、作業が雑になるようなら、伸ばすつもりだ。
それよりも職を失った者に職を与えて、そのお金を使って経済を回してくれたほうがありがたい。
そんな俺の言葉にフリードは「なるほど……」と頷いていた。
それはそうと。
「それはそうと、まさかお父様がここまで話のわかる方だとは思わなかった」
正直なところ、父親に予算を通して貰うのが一番の難関だと思っていた。
この計画自体には自信はあったが、こんな大規模な予算を父親が許可するとは到底思えなかったからだ。
うちの父親は傲慢でかつ保身的な人間だ。
そんな俺の言葉にフリードは「…………」と何も答えずに俺から視線を逸らした。
ん? 今の反応……なに?
「フリード、どうした?」
「…………」
フリードは黙ったまま何も答えない。
あ、あれ? フリードちゃん? 伯爵家の息子が話しかけているのにどうして無視をするのかな? 耳が遠くなっちゃったのかな?
「ふ、フリード?」
なんだかとっても嫌な予感がしながら再度名を呼ぶと、そこでフリードはなにやら気まずそうに俺へと視線を戻しすと「そのことなのですが……」と話し始める。
「今回のローグさまの計画は、まだ当主様のお耳には入れておりません」
「ど、どういうことっすか?」
「当主様は、現在バカンスでスラガ島にお出かけになられております」
「知ってるけど……それがどうしたんすか?」
「当主様が島にご滞在の間、フリードが当主様に代わって政務全般を承っております」
「…………」
そこで俺はフリードの言いたいことを理解した。
「嘘だろ……おい……」
「誠にございます……」
どうやらフリードは政務を委任されたことを良いことに、強引に俺の計画の予算を通してしまったようだ。
そりゃ、そうですよね……こんな莫大な予算、お父様が許可するわけないですよね……。
「おい、フリード」
「いかがいたしましたか?」
「お父様はいつ帰ってこられるのだ?」
「予定では一週間後には戻ってこられる予定となっております」
OH……NO……。
いやいや、マズいでしょ。
このままだと父親ブチ切れでしょっ!!
「申し訳ございませんローグさま。この責任は全てフリードにございますので、どうかご安心ください」
「いや、責任はどうでもいいけど、お父様が帰ってきたら絶対に工事を中止させられるぞっ!!」
「そうならぬよう善処いたします」
「いや、善処するって……」
どうすればいい……このままだと俺の計画は台無しだ。
それどころか父親に目をつけられて今後の活動にも大きな影響を及ぼしかねない。
「大変申し訳ございません……」
と頭を下げるフリードを横目に俺は考える。
このままではマズい……。
魔王軍の侵略をはねのけるためには一分一秒でも早く領民を味方につけて、経済的にも軍事的にも最強の領地を作り上げなければならないのだ。
だけど、父親がいる以上、俺の行動は制限される。
俺には父親が死んで領地を譲られる日を悠長に待っている暇などないのだ。
そして今、父親はスラガ島にいる。
「おい、フリード……」
「いかがなさいましたか?」
「かくなる上はやるしかないぞ……」
「や、やるとはいったい?」
正直なところ、俺には父親への恨みはない。
領民がどれほど虐げられようと、俺は幼い頃から父親に甘やかされて育ったし、欲しいものはすぐに買い与えてもらった。
そんな俺が父親に恨みなど持つ理由がない。
が、俺の人生にとって父親は、この先必ず邪魔になる存在だ。
だったらやるしかない。
「フリード、お父様にはこのままスラガ島に滞在してもらおう」
「というのは……」
「そのままの通りだよ。スラガ島からは船がなければ、ここには帰ってこられないだろ」
すまん親父。
親父のバカンスはまだ始まったばかりだっ!!
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