第6話 銀行

 どうやら俺は褒められて伸びるタイプの人間だったようだ。


「先生見てください。もっと大きい石を作りました」

「ろ、ローグさん……凄いです……」


 この一週間、毎日のようにカナリア先生を家に招いて魔術の鍛錬を積んでいた俺は、石化魔法の魅力に取り憑かれていた。


 石、石、石。


 裏庭にはこの一週間で俺が石化させたいらない家財道具や壺などの物体がゴロゴロと転がっていた。


 しかもだ。


「しゃ、しゃいにんぐばーすと……」


 カナリア先生が石化した壺に伝家の宝刀『しゃ、しゃいにんぐばーすと……』を発射しても、吹っ飛ぶだけで傷一つ付かないのだから恐ろしい。


「ろ、ローグさん……この石、最強です……」


 カナリア先生が目をキラキラさせながら俺に視線を向けてくる。


 というわけで俺はこの一週間で石化魔法を完全に会得した。


 しゃいにんぐばーすとを食らってもピンピンしている石化された壺を満足げに眺めていると、ふと背後から「ローグさま」という声が聞こえたので振り返る。


 そこにはフリードが立っていた。


 どうやら俺に話があるようだ。


 そんな俺とフリードの姿を見て何かを察したカナリア先生は「じゃ、じゃあ今日の授業はこれぐらいにしますね……」と、ペコペコと俺に頭を下げると裏庭を後にした。


「資料の用意ができました」

「おーそれはご苦労だった。さっそく俺の部屋に行こう」


 ということで俺の一週間の待ち時間が終了したようだ。


※ ※ ※


 自室へと戻ってきた俺は、さっそくフリードと作戦会議をすることにした。


 会議を始めようとしたところでリーアが二人分のお茶とお菓子を持ってきてくれた。


「修繕が必要な設備はどれぐらいあった?」


 ということでさっそくズバズバ聞いていく。


 まずはこの街のインフラについてフリードに尋ねる。


「全ての設備を確認したわけではありませんが、おそらく多くの下水道や道路などが経年劣化により使用できない状態になっております」


 そう言ってフリードは俺に資料を手渡す。


 フリードは図形を使ってアルデア領のインフラ設備についてわかりやすく纏めてくれていた。


 確かにアルデアの多くの街では水道や道路、さらには教会の設備にいたるまで老朽化が進んでおり、その多くが修繕されずに放置されているのがわかる。


「これだけの老朽化した水道や道路を全て修繕したら、どれぐらいの費用がかかるんだ?」

「少なく見積もっても10億ゴールドほどは必要かと……」

「じゅ、10億ゴールドもっ!?」


 と、なんとなく驚いてみたが、まったくピンときていない。


 そもそも俺はアルデア家の御曹司で、自分でお金を使って物を買ったことがないのだ。


「えーと……悪いんだけどウルネアでパンを一つ買うのにどれぐらいのお金がかかるんですか?」

「だいたい20ゴールドほどかと……」

「ふむふむ……」


 ざっとではあるけど10ゴールド≒100円ぐらいの計算でいいのかな?


 となるとざっと100億円近いお金が必要になる……。


「正直に申し上げますと、これほどのお金をすぐに支払えるほどの余裕はアルデア家にはございません」

「そういえば銀行についてはどうなった?」


 そう尋ねると、フリードは別の資料を出してきた。


「ローグさまのおっしゃる銀行という商いはアルデア領には存在しませんでした。ですが、金貸しがそれに近い商いをやっておりますので、その数を大まかに調べております」

「ふむふむ……」


 俺はフリードに領内の銀行の数を調べて貰っていた。


 フリードが言うようにこの世界……少なくともこの王国には銀行という職業は存在しないようである。


 が、資料を見る限り、銀行がないというよりは街の金貸しが住民からお金を金庫代わりに預かり、プールされたお金をお金が必要な住民に貸して利息で儲けているという銀行に近い商売をやっているようだ。


 資料を見る限り、金貸しは各街に無数に存在しており、金貸しがプールしている金を合わせれば10億ゴールドという金額は現実離れした数字ではない。


 そんなことを考えながら資料を眺めていると、フリードはやや焦ったように「ローグさま」と俺を呼ぶ。


「ローグさまは、金貸しからお金を奪い取ろうと画策しておられますか? そのようなことをすれば暴動が起き、アルデア家の名声に大きな傷が付きます」


 どうやらフリードは勘違いをしているようだ。


 まあ、財源がないという話をした直後に金貸しの話をすればそう思われるのも無理もない。


 だけど、それは違う。


「フリード。俺は銀行が作りたい」

「銀行……ですか?」

「そうだ。金貸しのお金を預かるための銀行だ」

「はぁ……」


 どうやらフリードはピンときていないようだ。


 ならば、かみ砕いて一つ一つ説明してやろう。


 俺が銀行を作りたい理由。


 それはアルデアの各地域に中央銀行の支店を作り、金貸したちのお金を一括管理するためだ。


 金貸しは預かったお金を又貸しして利益を出している。


 が、預かったお金を全て誰かに貸してしまったら、誰かが預けたお金を引き出したいと言ってきたときに現金が用意できなくて困ってしまう。


 そのため、金貸しは常に一定の金額をプールしておく必要があるのだ。


 そのプールされたお金をアルデア銀行で預かって保管しておきたいというのが、中央銀行を作りたい主な理由だ。


「お言葉ですが……ローグさま?」


 が、そんな説明をしてもフリードは今ひとつ納得いかないようで首を傾げている。


「金貸しが銀行にお金を預けるメリットはなんでしょうか?」


 想定内の質問だ。


「一つは防犯上の理由だ。アルデア銀行に預けておけば、お金の保管のために無駄な人員を割かなくても済む。二つ目はお金をアルデア銀行に預けておいた方が儲かる」

「儲かる?」

「ああ、アルデア銀行にお金を預けておけば年利2%の利息がつく。これで、金貸しが利益を生まないお金を金庫で保管しておく必要がなくなる」

「なるほど……」


 と、俺の話を一応は納得してくれてはいるものの、それでもまだ訝しげである。


 だが、本題はここからだ。


「フリード、あれは用意してくれたか?」


 そう尋ねるとフリードはしばらく首を傾げていたが、すぐにハッとしたようにポケットから一枚の紙を取り出してテーブルに置いた。


「これが預かり証でございます」


 テーブルに置かれた物。


 それは金貸しの預かり証だった。


 預かり証にはフリードが5000ゴールドを金貸しに預けたことを説明する文言が書かれている。


 当たり前だが、フリードはこれを金貸しの元に持っていくことによって、預けていたお金を金貸しから受け取ることができるのだ。


 俺は預かり証を手に取るとフリードの顔の前でひらひらさせる。


「この預かり証をアルデア銀行で発行したい」

「はい? ローグさまのお言葉の意味が……」

「一つ一つかみ砕いて説明する」


 この預かり証こそが俺の切り札だ。


 預かり証は当然ながらいくらお金を預かったかを証明するための紙だ。


 この紙をアルデア銀行で全て発行し、全ての金貸しに共通の預かり証を使用させる。


 と、説明してみるものの、フリードはそれに何の意味があるのか理解していないようだ。


「フリード、この預かり証にはどの金貸しが誰からいくらお金を預かっているか、書かれているな?」

「当然にございます。でないと、誰が誰からお金が預かったのかわからなくなってしまいます」

「当然だな」


 俺はにっこりと微笑んで、再びお金をひらひらさせる。


「この預かり証から金貸しと借りた人の名前を消したい」

「ですが、そのようなことをすれば預かり証の意味が……」

「意味はあるさ。この紙が誰かが誰かに5000ゴールド預けたという意味がある」

「それでは例えばAという金貸しに預けたお金を、Bという金貸しから受け取ることが可能になってしまいます」

「それになんの問題がある?」

「…………っ」


 そこでフリードは何かを理解したようだ。


 そもそもこのアルデア銀行で発行した預かり証は、どの金貸しからでもお金を受け取ることができるチケットだ。


 仮にAという金貸しが預かったお金を、Bという金貸しから受け取ったとしても、Bという金貸しはすぐにCという金貸しに預かり証を渡せばお金は戻ってくる。


 極端に流動性の高い預かり証。


 それはもはやお金と同等の価値がある。


 ようするに俺はこの領地にお札を流通させたかった。


 お札とは偉大なお金だ。


 金貨と違い金の調達や含有量に頭を悩ませる必要もなく、アルデア銀行が発行すればその瞬間に1000ゴールドにも10000ゴールドにも化けてくれる。


 もちろん、無限に発行することは不可能だけど、この預かり証を使えばアルデア家は簡単に資金調達ぐらいはできる。


 これこそが俺が銀行を作りたい真の理由だ。


「フリード。銀行を作れば下水道や道路を修繕することは可能だ。それに、大規模な修繕には人手が必要になる。そうすれば、職を失った者たちはみな働けるようになる」


 そう言ってフリードを見つめると、彼は感心したように「さすがです……」と呟いた。


 が、すぐに暗い表情を浮かべると俺から視線を逸らした。


「その考えはきっと多くの領民の命を救うでしょう。あとは当主様がどうおっしゃるか……」

「…………」


 そこで俺は初めて父親という俺にとってもっとも大きな障壁のことを思い出した。

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