第5話 魔力適性

 初めてのウルネア電撃訪問から数日が経った。


 俺はウルネアの街で気づいたことや感じたことを整理して、必要な情報をフリードにかき集めて貰うように命令した。


 あ、そうそう。ヨーゼフに選抜を頼んでいた子どもたちについても、本当に信用に足る存在かフリードに面接して貰うことになっている。


 ということで今は一週間ほど待ちの時間だ。


 が、今の俺にとっては一分一秒が惜しい。


 フリードの情報収集が終わるまでの時間、俺は自らの魔術を磨くことに時間を費やすことに決めた。


 俺は本来第3ステージのボスである。


 ちょっと装備を整えて経験値を貯めれば、なんなく倒すことができるザコキャラだ。


 が……だ。


 逆に考えてみれば自堕落な生活をしていても、第3ステージのボスを務められるレベルの魔術は使えたとも言える。


 ならば今の時期からサボることなく魔術を鍛えておけば、いざとなって主人公ラクアが攻めてきても、なんとか攻撃を食い止めるレベルの魔術は身につくんじゃないか?


 俺はそうポジティブに考えることにしてフリードに早急に家庭教師を探すように頼んだ。


 その結果、ちょうどウルネアのギルドにS級魔術師がやってきたという情報をフリードが小耳に挟んだらしく、早速、その魔術師を臨時の家庭教師として城に連れてくることになった……のだが。


「は、は、は、初めまして……。私の名前はカナリアって言います……」


 俺の前に現れたのは、どう見てもS級魔術師には見えないか弱そうな中学生ぐらいの女の子だった。


 裏庭にて俺と初対面を果たした彼女はピンク色の髪を風に靡かせながら、頬を真っ赤にしてペコペコとお辞儀をする。


 おい……本当に大丈夫なんだろうな……。


 いや、もちろん魔術に男女の差はないし、若くてもS級の魔術師がいることは知っている。


 が、フード付きのローブを身に纏い、抱き枕のように自分よりも大きな杖を抱きかかえる彼女がS級には見えなかった。


「初めまして……ローグです……」


 父親に以前買って貰った子ども用の杖を掴みながら、俺は放心状態で彼女を眺める。


「あ、あの……先生?」

「な、なんですか?」

「先生はS級の魔術師なんですよね?」


 俺に目には魔法使いのコスプレをした女子中学生にしか見えない。


 そんな俺の質問に彼女は相変わらず頬を真っ赤にしたままコクコクと頷いた。


「はい……S級魔術師です……すみません……」

「いや、なんで謝るんっすか……」

「す、すみません……」

「…………」


 にわかに信じがたい。


「あの……失礼なのは重々承知の上なのですが、先生がS級魔術師だっていう証拠を見せてもらうことはできますか?」

「はい……」


 彼女はまたペコペコと頷くと、抱きかかえていた杖を右手に掴んで、重そうに杖の先端の魔法石を天に掲げると瞳を閉じた。


 すると辺り一面が光に覆われて、そのあまりのまぶしさに俺は目を細める。


 が、光はまるで吸い込まれるように一瞬のうちに彼女の杖の魔法石へと収束した。


 今度は魔法石が太陽のようにまばゆく光る。


「しゃ、しゃ、しゃいにんぐばーすと……」


 彼女が震える声でそう呟くと、ぐらぐらと地震が起きたように地面が揺れ始め、直径1メートルほどのビームが光り輝く杖の先端から天に目がけて放たれた。


「なっ……」


 光は雲を引き裂いて宇宙空間へと伸びていき……そして消えた。


「こ、こんな感じでいいですか?」


 ビームを打ち終えると彼女は再び杖をぎゅっと抱きしめて、頬を真っ赤にしたまま申し訳なさそうに俺を見つめてくる。


「…………」


 こっわ……。


 え? なにこの圧倒的な魔力……。


 なんかガンマ線バーストみたいなのが杖から発射されてたけど……。


 一見、ただのか弱い女の子が放った、世界を滅ぼしそうな恐ろしい光線に、俺は思わずその場に尻餅を付く。


 と、とりあえず彼女がS級魔術師であることは疑いの余地がないようだ。



※ ※ ※



 ということで彼女がS級魔術師であることも確かめたところで、魔術の授業が始まった。


 とはいえ、俺はこれまで面倒ごとは極力避けて生きてきた。


 その結果、全くと言ってもいいほど魔術の心得はない。


 が、その辺はカナリアもフリードから聞いていたようで「ゆ、ゆっくり一つ一つ覚えていきましょう……」と優しく語りかけてくれた。


「ろ、ローグさん……まずは魔力を魔法石に貯める訓練をしましょう……。杖を両手でぎゅっと掴んでください」


 カナリアはそう言って両手でしっかりと杖を握るとそれを前方に掲げる。


 それを俺も見よう見まねでやってみる。


「こ、こうですか?」

「はい……。そ、それでは杖の先っぽの魔法石に意識を集中してください……。魔力は光や影、水や土、風などあらゆる物に宿っています。それらを小さな粒だと思って頭の中でその粒を魔法石に集めてみてください」


 体内や魔法石に魔力を集めることは魔術の基本だ。


 何せ魔力がなければいくら優れた魔術師でも魔法を使うことができないからな。


 これは俺も3歳ぐらいの頃に家庭教師に教わりながら学んだ記憶がある。


 って言ってもほとんど覚えてないけどな……。


 それでも当時の感覚を思い出しながら俺は、魔法石に意識を集中する。


 見えない魔力の粒を想像してそれを魔法石に集めるイメージをする。


 が、


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 待てど暮らせど魔法石はうんともすんとも言わない。


「も、もっともっと意識を集中させてください」

「……やってます」

「そ、それでは一つずつ意識してみましょう。まずは空気を揺らす風を意識してみてください」


 風、風、風。


 風の魔力の粒を想像してみる。


 が、やっぱりなにも起こらない。


「……ダメみたいです……」

「じゃ、じゃあ次は頭の中に大きな湖を想像してみてください」


 湖……琵琶湖みたいな大きな湖を想像してみる……が、


「やっぱりダメです」

「じゃあ灼熱の炎を」

「ダメです」

「では今度はまばゆい太陽の光をっ」

「ダメです」

「じゃ、じゃあ……じゃあ、この世界に広がる広い広い大地をイメージしてください」


 無限に広がる大地を想像してみる。


 広大な大地。


 地平線の向こうまで陽無限に広がる巨大な大地。


 そこには大地より生まれた無限の魔力が眠っている。


 するとグラグラとわずかに地面が揺れ始め、杖に熱を感じるとともに魔法石が光り始めた。


「ろ、ローグさん、その調子です。頭の中で全世界の大地から魔力を吸い尽くしてみましょう」


 なんかスケールが凄まじいなぁ……なんて考えつつも必死に土から養分を吸い取るようなイメージを続けていると、魔法石はさらに眩くひかり、地面はより激しく揺れる。


 そして、ついに自分の足で立っていられなくなったところで俺のイメージも限界に達して、その場に尻餅を付いた。


「はぁ……はぁ……」


 なんかわからないが、上手くいった……気がする。


 カナリアへと視線を向けると彼女は「え?」と驚いたように呟いた。


 ん? どういう反応?


 そんなカナリアの反応にまた俺が「え?」と声を漏らすと、カナリアもまた「え?」と声を漏らした。


「え?」

「え?」

「え?」

「え?」


 と、そんな「え?」のやりとりを続けたところで、カナリアが俺の元に駆け寄ってくる。


「ろ、ローグさん……今、ローグさんが土から凄まじい魔力を集めていました……」

「土? …………あっ!?」


 そこで俺の記憶の扉が開いた。


 そうだ……そういえば幼い頃に王国から招いた家庭教師に魔術の指南を受けていたときにも同じようなことがあった。


 そういえばその時は家庭教師からもの凄い剣幕で怒られたんだっけ?


『土魔法は使ってはいけませんザマスっ!!』

『光を意識するザマス。あなたの祖父は光魔法の修得者だったザマス。その血があなたにも流れているザマス』


 なんて言われた記憶が蘇る。


 あの時はなんで怒られたのかわからなかったが、10歳になった今ならわかる。


 それは土魔法が貴族にふさわしくない魔法だからだ。


 土魔法は農民が畑を耕すときに使う魔法。


 そんなものを貴族が使うなんて、貴族の品位を著しく貶める。


 それが貴族社会での土魔法への考え方だった。


 だから俺は家庭教師に鞭で叩かれながら光魔法や火魔法の習得を強要された。


 が、俺には光魔法にも火魔法にも適性はなく、しだいに魔法に嫌気が差して鍛錬を止めた。


「ろ、ローグさんには土魔法の適性があるみたいですね……。ではもう一度この世界に広がる大地を意識して、土とお友達になってみましょう」


 そう言ってカナリアは真っ赤な顔でわずかに微笑むと、再びぎゅっと俺の手を握りしめた。

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