第4話 領民の実情

 というわけでフリードに馬車に乗せられた俺は街へと向かうことになった。


 街に出たことは数えるほどしかない。


 俺の知っている限り、俺が生まれたときのお披露目会(記憶はない)と、何度か王都に向かったときに通過しただけだ。


 まあ、ほぼ初めての訪問と言って良いと思う。


 馬車は20分ほどかけて広大なアルデア邸の敷地の外に出ると、そこからさらに1時間近くかけて最寄りの港町ウルネアへと到着した。


 馬車の窓から外をのぞき見やると石畳の道路と無数の石造りの建物、さらにはその奥に広大な大海原が見えた。


 港には巨大な帆船らしきものが何隻か停泊している。


 ウルネアの街自体は城からも一望できるが、実際にその場にやってくると想像以上に街に活気があって驚いた。


 通路の脇にはいくつもの露店が軒を連ねており、野菜や花、さらには肉屋らしき商人と客がやりとりしているのが見える。


 重税で領民たちはさぞ苦しい生活を送っているだろうと思っていたが、大通りは活気にあふれており、彼らは身なりを小綺麗に出来る程度の生活は送っているようだ。


 が、そんな人たちも馬車を見るやいなや、みんな道路脇へと退避して馬車に向かって立て膝をつき始める。


 どうやらきらびやかな馬車を見て、すぐにアルデア家の馬車だと理解したようだ。


 そんな光景を見て、俺は改めて自分が伯爵アルデア家の人間であることを思い知らされる。


 結局、馬車は大通りを突っ切ると、そのまま突き当たりにある巨大な教会に停車した。


 そこで俺はフリードに言われるがまま馬車を降りて教会に入る。


 フリードの話によれば、父親に街に出たことを追求されたときのための口実らしい。


 まあさすがにただ街が見たいからという言い訳では少し弱いよな。


 俺が国教の教えに感銘を受けて是非とも礼拝したいとフリードに命じたことにすれば、街への訪問がバレたとしても、父親は信仰心の強い俺のことを咎めることはないだろう。


 怒られたとしてもフリードに迷惑をかけることはなさそうだ。


 まあ、信仰心なんて全くないけどねっ!!


 ということで、神父らしき男に案内され教会で礼拝を早々に済ませた……のだが。


 礼拝が終わり礼拝堂を後にしようとフリードに連れられて歩いていた俺だったが、ふと外から賑やかな声が聞こえてきたので、窓の外へと目をやった。


 窓の外は広場になっており、そこで十数名ほどの子どもたちが楽しそうに駆けっこをしているのが見えた。


 年齢は小学生ぐらいの子どもから下手したら高校生ぐらいの年齢の子どもまでバラバラだ。


 みな麻製らしき薄茶色のワンピース型の服をすっぽりと被っており、腰の部分に紐の帯を巻いている。


 さっき大通りで見た領民と比べて明らかに貧相な格好をしていた。


「彼らは?」


 俺は足を止めると後ろに控えていた神父へと声をかける。


 彼の名前はヨーゼフというらしい。


 ヨーゼフは窓の外を見やると再び俺を見下ろしてにっこりと微笑んだ。


「彼らは身寄りのない子どもたちです。教会で預かり教会の掃除や、催しなどの際にはその手伝いをさせております」


 なるほど……この教会には宗教施設としてだけではなく、児童養護施設としての側面もあるようだ。


「それは大変ご立派なことですね。エレアの神もヨーゼフさんの姿を見てさぞ喜んでおられるでしょう」

「恐れ多い言葉でございます」

「この教会では何人ほどの子どもたちが暮らしているのですか?」

「はい、今現在50人ほどが教会裏の祭具用の倉庫に寝泊まりしております」

「50人も……それはなかなか大変ですねぇ……」


 そんな俺の言葉にヨーゼフは「いえいえ」と首を横に振った。


「これは私に課せられた天命だと思っております。それに教会の大きさにも限りがありますので、私が保護できるのはこれでもごく一部です。本当は全ての恵まれない子どもたちを平等に救いたいのですが、私の力不足で……」


 そう言って自分の力不足を痛感するようにため息を吐くヨーゼフ。


 そんな彼の言葉が少し引っかかった。


「ごく一部? ということはこの町には彼らのように貧しい生活をする人間が、他にも数多く存在するのですか?」


 その言葉にヨーゼフはハッとしたように目を見開く。


「え? あ、いえ……なんと言いますかその……領主さまのおかげで領民たちは毎日健やかに暮らしております……」


 何やら歯切れの悪そうな言い方でそんなことを言うヨーゼフ。


 なるほど、この街に貧しい人間が多くいることを認めることは、暗に父親の領地経営を否定することになる。


「ヨーゼフさん、私はあなたを責めているわけではありません」

「い、いえ……領主様のおかげで領民たちは健やかに過ごしております」


 なんだろう……すげえ忖度されてる……。


 俺は単純にこの町の経済状況を知りたいだけだ。


 が、まあ向こうも次期当主を目の前にしているのだ。


 そりゃ……素直になれないよな……。


 苦笑いを浮かべるヨーゼフにこれ以上何かを聞き出すのは厳しいかもと考えていると、ふとヨーゼフの隣に立つフリードが口を開く。


「神父殿、次期当主であらせられるローグさまに偽りを申されるつもりか?」


 フリードは少し強い口調でヨーゼフを睨みつける。


 睨みつけられたヨーゼフは、自分が「で、ですが……」と、なぜそんなことを言われたのかわからないようで、動揺したように一歩後ずさりした。


「神父殿、ローグさまは次期当主にふさわしい聡明で、慈悲深いお方だ。なにも恐れることはない。ありのままにローグ様に申されよ」


 どうやらこれはフリードなりの助け船のようだ。


 フリードにこう言われてしまった以上、ヨーゼフも本当のことを話さないわけにはいかなくなる。


 これで嘘を吐いてしまったら、次期当主である俺を欺いたことになるしな。


 ま、まあフリード自身もさっきは領民は健やかに暮らしているとか言ってた気もするけど、それは目を瞑ってやろう。


 そんなフリードの言葉にヨーゼフはそれでも躊躇うように目をきょろきょろさせていたが、俺が「教えていただけませんか?」と尋ねると観念したように「かしこまりした」と俺を見つめた。


「恐れながら、この街で満足な生活を送ることのできる人間は限られております。職にあぶれ子どもを養うどころか、自らの寝食すらままならない者が数多くおります。そのような者の子は捨てられ、乞食のような生活を送っております。そのような子を全て教会で世話することは現状困難かと……」


 街の惨状を苦々しく語る神父。


 が、そんなヨーゼフの言葉に俺は疑問を抱く。


「ですが、街は活気づいているように見えましたが、それでもそのような者が多くいると言うのですか?」


 少なくとも俺の目には大通りの人間の多くは大富豪……とは言わないものの、それなりに文化的な生活を送っているように見えた。


 なんだ? じゃあ俺が見たのは幻想だったのか?


 俺の質問にヨーゼフは黙り込む。


 きっと彼は明確な答えを持っているのだろう。


 だけど、それを口にすることはできないようだ。


「ヨーゼフさん?」

「ローグさま」


 と、そこでフリードが口を開く。


「例えばの話ですが、私は自宅の客間に客の目に触れさせたくない物は置きません。壁に傷を見つけた場合はそこに美しい絵画を飾り、絨毯にシミを見つけたら陶磁器を置くでしょう」

「っ…………」


 フリードのそんなおかしな例え話は、俺の疑問を解消させるのに十分すぎた。


 つまり……俺の見たウルネアの街は張りぼてだったということだ。


 この街は臭い物に蓋をしている。


 俺は再び窓の外で遊ぶ子どもたちを見やった。


 彼らは楽しそうに遊んでいるけど、みんな痩せ細っていて成長に必要な食事をとれているかはかなり怪しい。


 もしも、この街に、いや領地の全ての街にこんな子どもたちが無数に存在していたとしたら、彼らの憎しみの矛先はどこに向くのだろうか……。


 もしも、魔族に王国に攻められたとき、彼らは領主に忠誠を誓って剣を手にするだろうか?


「ヨーゼフさん」


 神父へと視線を向ける。


「いかがなさいましたか?」

「この教会の子どもたちは、この街に詳しいですか?」

「え? え、えぇ……彼らの多くがこの街で生まれ育ちましたので」


 俺はどんな手を使っても死亡フラグを回避しなければならない。


 このままでは俺には魔王の傀儡になって主人公に殺される未来しか待っていない。


「彼らの中から信頼できて統率力のある子どもを数人、あなたに選んでいただきたい」


 そのためには、この街のことを、いやこの領地のことをもっともっと詳しく知る必要がある。


「選ぶ? しかしどうして?」

「まあいいじゃないですか。子どもたちから信用ができて統率力のある子どもを数人選び出して、城につれて来てください」


 俺にはこの街をこの領地を隅々まで理解するための目と耳が必要だ。


 その手始めとして、俺は彼ら子どもたちを利用することに決めた。


 俺はあたふたする神父からフリードへと視線を向けた。


「フリード、頼めるな?」


 そう尋ねると彼はしばらくじっと俺を見つめていたが「かしこまりました」と一礼した。

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