第2話 アルデア領の現状

 リーアが出て行った後、俺は側仕えの野郎数名の手によって部屋着を着用させられることとなった。


 水田将大みずたまさひろの記憶を取り戻した今、他人に服を着替えさせられるのは中々に不快だ。


 が、側仕えとしてもこれは譲れない仕事だったらしく「いえ、我々にお任せください」というものだから、俺は真顔で屈強な男たち数名によって衣服を着用させられた。


 衣服を着用し終えたところでコンコンと誰かがドアをノックする。


 どうやらフリードがやってきたようだ。


「入ってくれ」


 と、ドアの向こう側に声を掛けるとゆっくりとドアが開かれる。


 俺の予想通り、ドアを開けて入ってきたのはアルデア家の筆頭執事、フリードだった。


 モーニング姿に、よく整えられた口ひげ。


 思わずセバスチャンと呼びたくなるような英国執事風の初老の男は「失礼いたします」と一礼すると俺の元へと歩み寄ってきた。


 その後ろを何やらそわそわした様子のリーアが付いてくる。


 フリードはベッドの前まで歩み寄ってくるとまた一礼した。


「ローグさま、フリードに何かご用命でしょうか?」

「ああ、聞きたいことが色々ある。とりあえずそこに座ってくれ。あと、人払いをして欲しい」


 そう言って俺はお着替えの手伝いをしてくれた側仕えの野郎たちへと目を向けると、彼らは空気を読んでぞろぞろと部屋から出て行った。


 そんな野郎たちに続いてリーアもまた部屋を出て行こうとするので「あ、リーアは残ってて」と呼び止める。


 彼女は「わ、私もですか?」と首を傾げて自分の顔を指さしてこっちに戻ってきた。


 別にリーアが必要なわけではないけど、フリードと二人きりは少し心細いので、安心するための置物として残って貰うことにする。


「ところでローグさま、フリードに聞きたいことというのは?」


 フリードに聞きたいこと。


 それはこのアルデア家の領地のこと。


 俺はこの世界に生まれて10年という月日が経っているというのに、自分の住む領地のことを何も知らない。


 というか興味がなかった。


 典型的などら息子として生まれ育った俺にとって、領地なんてどうでも良かった。


 領地は当たり前のように自分たちアルデア家の物で、生まれて死ぬまで俺は領民から徴収したお金で贅沢に暮らす。


 それ以外のことなんてどうでも良かったし、それが当たり前だと疑うこともなかった。


 いずれ魔王軍、もしくは主人公や王国軍が攻めてくることを考えると、今のまま領地のことを何も知らないまま育つのはマズい。


 だからフリードに尋ねようと思ったのだが、彼は不思議そうに首を傾げる。


「領地のことであれば私ではなく、当主様に直接聞かれるのがよろしいかと。私は、ただの執事ですので」


 どうやらこの男は謙遜しているようだ。


「いや、お前以上にこの領地に詳しい男はいない」


 俺は知っている。


 この屋敷でもっとも領地に精通しているのは他でもないフリードであることを。


 何せ、親父は毎日のように飛龍狩りに行ったり、踊り子を呼んで宴を開くなど、領地経営そっちのけで遊びほうけている。


 面倒ごとは全てフリードに押しつけているのだ。


 そんな父親が領地の状態を正確に把握しているとはとてもじゃないが思えなかった。


「ありがたいお言葉ですが、ローグさまはちとフリードを買いかぶりにございます。やはり、領地のことは当主様がもっとも――」

「私はおまえから聞きたいと言った。答えてくれないのか?」


 あいかわらず謙遜するフリードに少し強い口調でそう尋ねると、フリードはそこでようやく真剣なまなざしで俺を見つめてきた。


「具体的にどのようなことをお答えすれば良いですか?」


 どうやら答えてくれる気になったようだ。


 俺が今、もっとも知りたいこと。


 それはこの国の軍事力だ。


 当たり前だが、この領地が攻められたときにもっとも必要な物は軍事力だ。


 少なくとも魔王軍が攻めてくる可能性が高い10年後までには、魔王軍をはねのけられるような軍事力が必要だ。


「この領地に兵隊はいるのか?」

「当然おります。陸軍が約1000人、海軍が約5000人が日々、領民の安全のために職務を全うしております」

「ん? 陸軍に対して海軍が5倍も多いのか?」

「ええ、我がアルデア領は領地の4分の1が海に面しております。それに海を隔てて東方にグレド大陸と接しておりますので、5000人という数は決して多くないかと」

「グレド大陸?」


 なんだかその大陸の名前に聞き覚えがあった。


「魔族たちが統治している大陸です」


 あ、なるほど……。


 そういえばゲームのオープニングムービーでそんな説明を聞いたことがあるような気がする。


 なんでも、グレド大陸から魔王軍の兵たちが船に乗って侵略してきたとかなんとか……。


 魔王軍がまだ攻めてきていない今でも、すでにグレド大陸の魔族たちは王国にとっては大きな脅威のようだ。


「逆に陸軍は1000人で足りているのか?」


 その質問にフリードが眉を潜めた。


「当主様はそのように考えております」


 あ、なんか含みのある言い方っすねぇ……。


「足りないのか?」

「いえ、そのようなことはございません。王国内の領主はみな国王に忠誠を誓っております。王国の統治が盤石である限り、陸軍は最低限の治安維持ができればよろしいかと」

「なるほど……」

「それに不用意に陸軍兵士を増やすことは王への忠誠心が疑われるかと……」


 なるほど、下手に軍備を増強したら王に謀反の疑いありと思われかねないってことか。


 それは確かに簡単に兵を増やして備えればいいって話でもなさそうだな。


「領民について聞きたい」

「領民について……具体的にはどのようなことを?」

「領民たちは健やかに過ごしているのか?」


 そう尋ねるとフリードはわずかに驚いたように俺を見つめた。


 が、俺が「どうかしたか?」と尋ねると少し慌てたように「い、いえ、何もございません」と平静を装う。


「領民たちは当主様のご尽力のおかげで毎日健やかに過ごしております」


 フリードは柔和な笑みを浮かべてそう答えた。


 なんだろう……その笑顔が妙に嘘くさい。


 まあ仮にとんでもない状態でも、フリードは口が裂けても当主のことを悪くは言わないだろうな。


 ならば聞き方を変えるか。


「税について知りたい。今、我が領主は領民からどのように税を徴収しているんだ?」


 そんな質問にフリードはまたもや驚いたように目を見開く。


 そりゃそうだ。


 いくら伯爵の御曹司とはいえ、10歳そこそこの少年にそんな質問をされたら驚くのも無理もない。


「今現在、アルデア領では主に所得に応じた税と人頭税を徴収しております」

「はあっ!? 人頭税っ!?」

「人頭税というのは領民が一律――」

「いや、そんなことは説明されなくても知ってるっ!!」


 そんな俺の言葉にまたフリードは「え?」と目を丸くする。


 人頭税は簡単に言うと、領民が収入などとは関係なく一律に支払う税金のことだ。


 この人頭税は働ける人間はもちろん、妊婦や老人、さらには病人のような職に就けないような人間からも容赦なく税金を巻き上げるシステムだ。


 当然ながらこんなものを徴収すれば、貧しい領民の生活は逼迫するに決まっている。


「そんなものを徴収して、領民たちは不平不満を口にしないのか?」

「いえ、当主様のおかげで健やかな生活を送っております」

「本当にか?」

「当主様の統治に不満を持つようなならず者は鎮圧いたしますので、ローグさまがご心配なさることではありません」

「……………………」


 開いた口が塞がらない……。


 そんな俺を見てフリードは「ローグさま?」と心配げに俺を見つめた。


 なんだろう……本当に領民は健やかに暮らしているのだろうか?


 さっき鎮圧するとかなんとか言ってたけど、それで本当に領民の不平不満は収まるのだろうか……。


「フリード……」

「いかがなさいましたか?」

「街に出かけたい」

「街に出るのは危険にございます」

「どうしてだ? 領民たちは当主様のおかげで健やかに暮らしているのだろう? ならば、領民たちは歓迎してくれるはずだ」

「…………」


 その問いにフリードは何も答えなかった。


「心配するな。領民に紛れてこっそり街の様子を見るだけだ」

「ですが」

「フリード、今すぐ外出の準備をしろ」


 そう言うとフリードはしばらく困ったように突っ立っていたが「か、かしこまりました……」と俺に一礼をして寝室を出て行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る