6月3週 「誰が何を言おうとそこを譲るつもりはないよ」

「はい、と言うわけで取り調べを始めます」


「僕が犯罪者みたいな扱いは異議を申し立てたい」


「被告人は質問の回答のみ許可されています。 それ以外は控えてください」


「それは裁判で取り調べとはまた全然違うんじゃ」


「春波、とりあえず空のやりたいようにさせてあげて」


「水瀬が言うなら、まあ」


「こらーそこーイチャイチャするなー」


「ちょっと話しただけでそう言われても……」


「あはは、空ちゃんめんどくさーい」


「真尋! 味方を刺さないの!」


「私は別に両方の味方だからねー」


「……はぁ」



 春波と水瀬が付き合う事になったと友人達に伝えた月曜日の放課後。



 春波達の高校から少し離れた所にあるファミレス。 そこに空と真優良、真尋が集まっており春波と水瀬は呼び出しを受け入ていた。



「僕に答えられる事は出来る限り答えるけど、もう水瀬からある程度は聞いてるんでしょ? 何聞かれるかはわかんないけど期待に沿ったこと言えるかはわからないよ」



 春波は呼び出された時点で水瀬に自分の家庭の事情も含め伝えておいて欲しいと頼んであった。 会話の中で不意に聞かれて微妙な空気にはしたくなかった。



「まあ、面白みもない回答で満足してくれるなら」


「じゃあ私からいかせてもらうけど、水瀬のどこが好きなの?」


「んっぐ」



 空からの不意打ちとも呼べる質問に口にしていた烏龍茶を思わず吹き出しそうになる。 ゲホゲホと咳き込む春波の背中を水瀬が心配そうにさする。 落ち着きを取り戻すと空達へと視線を戻した。



「あれ、そう言う感じ……? 正直もっとこう、なじられるくらいは覚悟してたんだけど」


「あら、自覚あるんだ」


「そりゃあ、水瀬の状況考えたら近づいて来る男なんて警戒して然るべきでしょ。 というか朝もそうだったでし。 正直そういう手合と大差ないっていうのは解ってるよ」


「まあそんな事はいいから。 で、どうなの? 隣からも期待の目が向けられてるよ?」


「な……」



 言われ隣の水瀬に目を向けるとそこにはキラキラした視線が飛んできていた。 気になるのは解るがそこまで期待されても困る。 抵抗してもしょうがなさそうだ、と諦めると恥ずかしいながらも口を開いた。



「あー……っとぉ、笑ってる時の目元、勉強してる時に考えてるのか指を頬に当てる仕草、好きなものを食べる時に少し口角が上がってるのとか、何よりそもそも………」


「待って待ってまってまってまって」



 あたふたと慌てて水瀬が春波の口を手で塞いだ。 その顔は既に真っ赤に染まっておりキャパシティいっぱいいっぱいの様だった。 対面の空達3人はそれぞれの冷静な目で2人を見ている。



「真尋どうしよう、私正直今引いてる」


「まあこんなものじゃない? 私も似たような目線で未来を見てる所あるかも」


「真尋ちゃん……」



 まさか同意側の意見が出るとは思ってなかったのか空と真優良が真尋を半ば閉じた目で見ている。 そんな目線を気にした様子もなく意気揚々と次に前へ出た。



「じゃあ次私ね。 深海くんの今までの恋愛経験は?」


「……これならなじられたほうがマシだったかもしれない」



 隣から先程とは違う不安げな目線が寄せられる。 これまでお互いのそういった方面の話題を出して来なかったため後ろめたいことは無いつもりだが何故か言いづらいのは何故なのだろうか。



「今まで特に付き合ったことも、というか特定の誰かを好きになったりとかも無かったなぁ。 男友達と遊んでばっかりだったからさ」


「告白された事も無いの?」


「無いなぁ。 モテたことないよ」


「ふぅーん……」


「なんだよ水瀬その目はさぁ……」


「べつに…… 自覚してないだけであったんじゃないかとか考えてないし」


「無いって……」



 水瀬も実際の所その言葉以上の物は実際なかったのだろうとは思っている。 だが水瀬が今知る以前の、中学時代とは聞いてる限り性格が大きく変わっている。 もしかしたら、と考えても仕方がない事が頭を巡りだす。



 今ここに、こうしているのは春波に起こった事が起因しているのは変えようがない事実だ。



 もしも、もしも春波に何も無かったら今目の前の大事な人と出会うこともなかったのかもしれないと考えてしまい、どんどんと恐怖心とそんな事を考えた自分に嫌悪感を覚えた。 それは、相手の不幸を願うのと同じ事なのだと。



「水瀬?」

「みなっち?」



 1人負の感情に支配されそうになっているところを春波と真優良は鋭敏に察したのか名前を呼ぶ。 その声に落ちていった心がふっと引き上げられた。



「大丈夫、なんでもないよ」


「平気な顔には見えないけど」


「大丈夫だって! 私飲み物取ってくるね」


「待ってみなっち私もいく」



 少し慌ただしくコップを持って2人ドリンクバーへと向かっていく。 春波はあまり交流のない2人を前に会話が途切れる。 早く水瀬戻ってきてくれと思いながらどこへともなく視線を送っていた。



「深海」


「んっ? ……んん?」


「アンタさ、みなと付き合ってるって広めたりしないんだ」


「ああ、水瀬があまり迷惑かけたくないからってとりあえず身内だけにって」


「ふぅん。 みなはそういう所でも甘えてくれればいいのにね」


「僕が全部泥被れるならそれがいいんだけどさ。 本当は水瀬が今受けてるものも全部」


「……アンタら似たものだわ」



 春波がその言葉に怪訝な表情を浮かべる。 空は、呆れた表情で続けた。



「2人揃ってなんで全部持っていこうとするのよ。 深海は大事なものは宝箱に入れて傷一つつけたくないタイプ?」


「それは……」



 否定できない。 それはやはり一度失っているというのが大きいだろう。 春波は自分の中に残る古傷の影響を強く感じる。



「お互いを想い合ってるのはいいけど、そういうのはちゃんと分け合いなさいよ。 それとも何、相手の幸せのためなら自分の身を引ける?」


「ふざけんな」



 春波から出た乱暴な言い方に空と真尋が目を丸くした。 言った本人はそんな事を言うつもりがなかったのか口元を抑え少し沈んだ様子を見せた。



「ごめん、つい。 でも結局僕が水瀬と居たいだけなんだ。 だから誰が何を言おうとそこを譲るつもりはないよ」


「だってさ、みな」


「……」



 春波が恐る恐る振り向くと、視界に入らないギリギリの位置で水瀬と真優良が立っていた。 水瀬がいない事を前提にした会話だと思っていた為一気に汗が出て来るのを感じる。



「ど、どこから聞いてた?」


「うふふふ、どこからでしょう。 ねぇ、私は言った通り遠慮しないようにするから、だからお互いなんでも話しあって、辛いことも一緒に持ちましょうね」


「……善処します。 僕はすぐには難しいかもだけど」


「うん。 それとね、一方的に言わせるのはフェアじゃないから言っとくけど、私も、好きになったのも付き合うのも春波が初めてだから、ね」


「う、うん……そっか……」




「……イチャイチャすんなーーーーー!!」


「水瀬ちゃん、かっわいいなぁ」



  ◇



「なんかドッと疲れた……」


「空ちゃんお疲れ様」



 事あるごとに甘い空気を出し始めた春波達を見て辟易する時間が終わり、空と真尋は2人夕焼けの道を歩いている。



「深海くんは空ちゃんのお眼鏡にかなったようですね?」


「うーん、なんというかなぁ」


「気になることがあった?」


「気になることしかないんだって。 解るでしょ」



 空は水瀬に話を聞いてから、春波に対して自分なりにどんな人物かを自分なりに調べていた。 空のクラスメイトだったり、空の部活動にいる春波と同じクラスの子だったり。



「根暗、無口、人と関わろうとしない、協調性0、そもそもそんな人いたっけ? これで不安に思うなって方が無理あるでしょ」


「あはは、そうだねぇ」


「私は真尋みたいに進藤の言う事をいきなり信じれないからちゃんと見極めたかったの。 まあでもね」


「うん」


「今日2人一緒に来た時に、ああなんか大丈夫そうだなって思った」


「あ、わかる。 付き合ってすぐとは思えないくらいなんというか、緩んでたねぇ」


「あとは実際話すとまあ良いやつだとは思うけど、なんか二人揃って危ういわ。……二人揃って初恋らしいのに二人とも自分の気持ち、相手が好きだって事に迷いが無くてなんかちょっと、目が離せない」



 それぞれ何かあったら自分が全て引き受けて我慢してしまえばいいと思っている事が見えてしまった。 そこに関しては一応釘をさせた……とは思っているが水瀬の今までを考えて今度はちゃんとこちらから踏み込むべきだ。



「しっかし水瀬のあのデレっぷりは何さ……深海くんもまあ大概だけどさぁ。 あれかな、身持ちが堅い人間が一度惚れ込むと重くなるって言うやつ?」


「……なんで、私をじっくり見ながら言うのかな? 別に私は寄らば切るみたいにしてたわけじゃないよーだ」


「あーあ、私も彼氏欲しーーーーー!!」


「空ちゃんは理想をまず捨てるところからでしょ」


「解ってるけどさ、解ってますけども……!」



 にわかに周囲の注目を集めながら、2人の笑い合う声が町中へと馴染んでいった。


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