6月4週 「水瀬と付き合うの大変だと思うけどよろしくね」
期末テスト期間に入り、部活が行われず生徒達が帰っていく中春波は紙袋を手に掛けながら、駅でスマホを操作しつつ待ちぼうけていた。 落ち着かない様子のまましばらく経つと、春波の前に車が止まった。
「春波、お持たせ。 後ろ乗って」
「わ、解った」
緊張した様子の春波を面白がるように見る水瀬。 春波が緊張するにも当然の事だった。 何故なら、
「おっけー、お父さん出発していいよ」
「了解。 はじめまして、春波くん、で良いかな?」
「は、はじめまして。 大丈夫です、よろしくお願いします」
水瀬の両親に会うことになっているからだった。 水瀬が母である
水瀬の父である
こうも展開が早くなった元凶の水瀬は、そんな事は全く気にしない様子で助手席から明るい声で春波に話しかけていた。
◇
「ただいまー、はい春波スリッパこれね」
「お邪魔します……」
今日退院したと聞いて、春波はそんな慌ただしいタイミングじゃなくてもと終わることのない心の準備の時間を稼ごうとしたが、静香たっての希望で春波の抵抗は無駄に終わった。
その為この前は家の前まで来て帰ったが、今日はこうして玄関を抜け滝家の中へと入っていた。 リビングに案内され入ると一人の女性が座っているのが目に入った。
「おかえり、そしていらっしゃい春波くん。 水瀬の母の静香です」
「はじめまして、深海 春波です。 この度は退院おめでとうございます、これは一応手土産なんですが……」
「わざわざありがとう。 やだ、
春波は以前八雲に連れて行かれた喫茶店で買っていた手土産を渡すと、やはり有名な店なのか良いリアクションが帰って来て少し緊張の糸が解れた。
「春波、紅林館知ってたんだ」
「ああ、1回だけ三城に連れていかれてさ。 ケーキも美味しかったからどうかなって」
「私まだ春波とそういった所には行ったことないのに」
「……じゃあテスト終わったら一緒に行けばいいだろ。 僕も水瀬はここのケーキは好きかなって考えてたからさ」
「うん、好き。 一緒に行こうね」
真っ直ぐと、春波の目に綻んだ表情で投げかけられた言葉に、思わず目を逸らす。
「…………ケーキが、ね」
「もちろん春波もすき」
「…………………まったくさぁ」
「おふたりさん、私が目の前にいる事忘れてない?」
静香の目の前だというのにすっかり2人の世界を展開してしまった。 人前でまさかこんなやり取りをするなんてと春波と水瀬は揃って羞恥で顔が真っ赤に染まった。
「まあ仲良さそうで何より。 春波くん、水瀬と付き合うの大変だと思うけどよろしくね」
「ちょっとお母さんどういう意味」
「水瀬は人見知りな上に甘えただからねー」
「そ、そんなこと」
「ああ、なるほどまさしくですね。 まあそれも嬉しいので大丈夫です」
「春波!?」
付き合い始めてから、春波が思っていたのは水瀬が何かとひっつきたがると言うことだった。 二人でいる時に身体を直接触られるわけではないが、腕を絡めたり、隣に座り身体をくっつけたりと出来る限り接触してきていた。
春波はそれを甘えられてるのだと感じて嬉しく思っていたが、静香が言う以上合っていたようだ。 ただ、近くに来る度にドキドキと心臓の音がうるさくなるのはどうしようもないのだが。
「うん、素直そうで良かった。 水瀬、お父さんは?」
「ピザ受け取りにそのまま行っちゃったよ」
「そっか、まあ今日から家事再開しても良かったけどねー」
「帰ってきたばかりなんだからゆっくりするの」
水瀬の普段とは違う、親子のやり取りに春波の心に痛みが走るのを感じる。 だが、今はもうその痛みを自覚し受け入れる事が出来ている。
「んじゃあ今のうちに。 春波くん、水瀬にお弁当作ってくれてありがとうね」
「いえ、自己満足だったのでそんな感謝される事では無いです」
「感謝は素直に受け取りなさいな。 お弁当余計に作ってもらっている以上お金もその分かかってる筈だからね。 ご両親にはなんて言ったの?」
「っお母さん、それは」
慌てて言葉を出そうとした水瀬に、春波が手の平を向けそれを制した。
「僕の両親は中学卒業前に事故で亡くなっていて、今は叔父家族に生活面での面倒を見てもらっているんです。 その人達に相談もせずやってしまっていたので、素直に受け取るのに抵抗がどうしてもあります」
ちゃんと言葉にすることが出来て、春波はどこか安心した気持ちになれた。
「……なるほどね。 それでも水瀬を助けてくれたという点で春波くんに私は感謝してるんだから受け取って欲しいな」
「珠音さんは知ってるけどね。 私が話したから」
「ああ、やっぱりあの時話してたのか」
「………………たまね?」
聞こえてきた名前に何かあるのか、静香は少し考え込む様子を見せる。
「春波くん、叔父さんたち家族も名字は深海?」
「そうですけど、どうかしましたか?」
「うーん……ねえ、今春波くんの叔母さんと話せる?」
「え、大丈夫だと思いますがどうしたんですか?」
「まあ、元々春波くんの保護者の方とちゃんと話さないととは思ってたから。 お願いできる?」
言われていることに納得はあるが気になる事もある。 断る理由も特に無いのでスマホを取り出し珠音へと電話をかけた。
「もしもし、叔母さん? ……はい、珠音さん。 実は今水瀬の家にいるんだけど、水瀬のお母さんが珠音さんと………………………そうだよ、付き合ってるよ。 ああもう今はそれはいいから、はい変わるよ!」
どうぞ、という言葉と同時にスマホを静香へと渡す。
「もしもし、
硬い言葉遣いが2人の耳に入る。 普段とは違う締まった空気に水瀬の身体にも少し緊張が走った。
「珠音さんの以前の名字ってもしかして
先程とは打って変わって弛緩した空気になり、傍から見ている2人がポカンとお互いを見た。
「ねえ、これってもしかして」
「世間は思ったよりも狭いらしいな……」
予想外の縁に驚きながら、2人は盛り上がってしばらく終わりそうに無い静香の電話を見届けていた。
◇
静香と珠音の話し合い……実際にはぼ思い出話だったが……が終わり、そのまま夕食を水瀬家で一緒に取った春波。
他人の家族、ましてや恋人の親との食事など春波にとってはどうしたらいいかわからない物だったが、隣に座った水瀬の存在と、水瀬の両親が春波の事を穏やかに受け入れてくれた事から思っていたよりも落ち着いて過ごすことができた。
特に、父親である智和に対しては合う前から一人娘の彼氏などというのはどう思われているか気が気でなかったが、実際に会うととても柔和な人物であったので一先ずの春波の不安解消された。
そして智和来たときと同じ様に帰りも車で送るという事で玄関で靴を履いている時、水瀬から声がかけられた。
「春波、これ返すね」
「ん?」
差し出されたのは、見覚えのある紺色のハンカチだった。
「あー……いやすっかり忘れてた。 そっか、返してもらってなかったのか」
「私もちょっと前まで気づいてなかったんだけど、洗濯物に紛れてたみたいで。 気づいたときにすぐ返しても良かったんだけど……」
そこで言葉が止まり、もじもじと仕出した水瀬を春波は不思議そうに見ている。
「見つかった時が、その、春波が好きだって自覚してすぐだったから、つい今まで持ってました……」
「んぉ……」
顔を真っ赤にして俯きながら言う水瀬の仕草が春波の心を貫いた。 いくら何でも可愛すぎる。 今の姿も、動機も何もかもが春波を揺さぶっていた。
「わざわざ言わなくても良かっただろ……」
「ちゃんと伝えるって言ったでしょ。 それに、持ってただけじゃなくて嗅いだりとか、まして……」
「? なんて?」
「なっっっんでもない!!」
水瀬の小声で言ったその言葉を、春波が聞き取る事が出来なかった。
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