間話

6月2週 「みんなみんなみんな嫌い!!」

 春波が調子を崩した日。 弁当を受け取った水瀬が空き教室から去り、廊下で体操座りに顔を埋めて動かなくなった真優良と、反対側の少し位置をずらした位置であぐらをかく形で腰を下ろしていた八雲。



 会話もなく只々座っていたがふと八雲が立ち上がるとその場から立ち去った。 真優良はやっと一人になれたと安心感と同時に申し訳無さも覚えたものの、もう関わることは無いと意識の外に追いやりふたたび俯いた。



 それからしばらく何も考えず、ただうずくまっていた真優良だったが。



「はい、好きなのどうぞ」


「……!?」



 再び八雲の声が聞こえ驚いて顔を上げると、自分と八雲の間にビニール袋が置かれていた。 状況がいまいち掴めず呆けていると八雲が袋の中身を一つ取り出す。



「購買でパンとかジュース残ってるやつ適当に買ってきた。 月影さんもお昼中途半端になっちゃってると思ったからさ」



 八雲を案内する為に昼食中に離席したのは事実だがまさか戻ってくるなんて思わず、狼狽えて手を伸ばすことが出来なかった。



「俺は残ったやつ食べるから気にせず好きなだけとって良いから」


「……私は、こんな事じゃ絆されませんから」


「絆されって、もしかして滝ちゃんの事言ってる?」


「……」


「まあ詳しい事は知らない、というか深海くんが弁当作ってたなんて今日初めて知ったけどさ。 多分あの2人のきっかけは多分それ自体は本質じゃ無いだろうね」



 真優良は八雲に気づかれないように歯噛みする。 そんな事、そんな事は解ってるのだ。 水瀬がそう簡単に心を許す事は無い。 男子相手なんて今まで無かった。



 だから、初めてこの空き教室に来たときは目を疑った。 何があったかは聞いたけれど。 でも、あんなに気安く、信頼した様子を男子相手に見せるなんて。 きっとあの時にはもう。



 諦めのような感情と共にのそりと身体を乗り出すと、袋から菓子パンと紙パックのカフェオレを1つづつ取り出す。



「これ、いただきます。 後でお金は返すので」


「いいよ、気にしないで。 んじゃ残りは俺が食べちゃお」


「……そんなに一気に食べるんですか?」


「うん、本当は食堂でバランス考えて食べなきゃなんだけどまあ今日はいいでしょ」



 いや食べる量そのものの話だったんですけど、と言いかけるも口を閉じる。 何故彼のペースに付き合わなければならないのか。



 もそりと菓子パンをゆっくりかじる。 一方八雲は勢い良く次々に食べ始めた。



 そうしているうちに、授業開始前の予鈴が鳴った。 別棟でもチャイムはしっかりと機能してる事を真優良は初めて知った。



「授業始まりますよ。 戻らなくていいんですか」


「んー、月影ちゃんが戻るのを見届けたら俺も戻ろうかな」


「……ほっといてくださいよ」


「そうなんだけどねぇ。 流石にそんないかにも落ち込んでる人を放置も出来ないよ」


「関係ないでしょう。 そもそもそう言うタイプの人でもないでしょうに」


「……うーん厳しいなぁ」



 真優良に言われているのは以前自分が絡んでいた人達に関する事だろう。 ヒエラルキーを気にしたような態度で、悪く言っていいと勝手に自分達が決めた相手を容赦無く悪く言うような。 さらには、同じグループ内の人間でも、不在の時に不満や悪口を言い合うような。



 そう言う手合いに話しかけられ、嫌だと思っても強く拒否できなかったのが自分だ。 今にして思えばそうする事で傷つけるのが嫌なのではなく、自分が傷つく勇気が無かっただけの話だ。 愛想笑いでなんとかその場を誤魔化して。



 だから孤独に立っている様に見えた春波を羨ましく思い、結果的には彼に自分が見えてなかった事も気付かされた。



 自分がどうしたいか。 その為に傷つく事をちゃんと受け入れる。 人の為と言って自分が傷つくことから逃げるのではないのだ。



 言い訳をしたいが聞いてくれそうにもないなと黙ってしまっていると、授業の始まりを告げる本鈴が鳴った。



「おお、授業サボったのなんて初めて」


「……なんて言い訳しようかなぁ」


「まあそっちはきっと比内ちゃんがなんとか誤魔化してくれてるでしょ」


「空ちゃんにも迷惑かけっぱなしだし、みなっちは私のせいで今まで不自由させてきたんだ。 死んでしまいたい……」


「……事情はわからないけどそんな事言わない方が良いよ」



 八雲の言葉に真優良の中に渦巻く負の感情が刺激される。 何も知らない人間が適当な事を言うな。 私だって、



「うるさい、嫌い」


「きらっ……俺の事は嫌いでいいけど」



「嫌い、嫌い、嫌い。 みなっちを苦しめてる周りの男も、噂を流したであろう人も、私からみなっちをとった深海くんもみんなキライ」



 真優良はこらえきれずに自分の中の負の感情を口にしだすと、どんどんと言葉が出てきて止まらなかった。



「みなっちが辛いのに、そんな事を意にも介してない人も、遠巻きに見てるだけの人も、未だにみなっちにイヤミを言う人もみんなみんなみんな嫌い!!」


「月影ちゃん落ち着いて」


「なにより、そんな事になってるのに、私が、私が男の子が怖いからって一人にさせた、何にも力にも助けにもなれない、私の事が1番、大ッ嫌い……」


「……」



 誰にともなく発露された、真優良の奥にある強烈な自己嫌悪に、八雲はどうしたらいいか解らず閉口する。 真優良に手を伸ばしかけるも、聞こえてきた言葉からそれもためらってしまい、さらに距離を少し開けた。



 気づけば涙を流しながら、真優良はそれでも言葉を止めない。 まるで慙悔の様に言葉が紡がれていく。



「私が、私がずっとみなっちに甘えてたから、みなっちがいればいいやって心の中で思ってたから、みなっちの事を縛ってたんだ」


「……それは違うんじゃないの」


「今まで男子とまともな交流すら無かったのに私から離れた途端に、みなっちは深海くんを好きになったんだよ。 私がいたから今までみなっちはまともに人付き合い出来なかったって言われてるような物じゃない!」


「タイミングの問題でしょそんなの。 滝ちゃんは絶対そう思ってないだろうに友達である月影ちゃんがそうやって言っっちゃったらそれこそ滝ちゃんが可哀想だ」


「そ、れは、あなたに何がわかるって言うの!」


「少なくとも、さっきの月影ちゃんに対する滝ちゃんの態度を見てればそれくらいは言えるよ」



 その言葉に水瀬の暖かさを真優良は思い出す。 でも、それこそが真優良のコンプレックスでもあったのだ。



「私も、変わらなきゃ……」



 そう言って、重そうな体を動かし這うように八雲はへと近づく。 予想外の動きに八雲は慌て後ずさろうとしたが、



「動かないで」


「は、はぁっ!?」



 そう言われたことにより、迷いも生まれ動きを止めた。



 ゆっくりと、怯えを抱えながら動いていき、八雲のすぐ隣へと近づいた。 既に息ははっ、はっと浅くなりはじめており、その様子に八雲は嫌な予感が走った。



「無理しちゃ駄目だ、つきか」


「黙って」



 そして、八雲の床につけられていた手に、真優良の指先が触れた。



 真優良の頭に痛みが、恐怖が蘇り身体が冷たくなる。 寒いのに汗が吹き出すようで自由が効かない。 でも、もう水瀬は私のそばにいてくれるとは限らないんだ。



 私がちゃんと克服して、水瀬と対等になるんだ。



 その思いとは裏腹にどんどんと意識は浅くなるようで、必死に唇を噛む。 八雲が何か声をかけているようだが聞き取ることが出来ない。



 やがて、真優良が限界に差し掛かろうとしたその時。



「真優良、こっちを見て」



 その手が暖かな感触に包まれた。 指先は八雲に触れたまま、そこから暖かさが身体に戻ってくる。 声がした方にゆっくりと顔を上げると、いない筈の水瀬がそこにいた。



「私の目を見て、ゆっくり息を吸って、……吐いて。 大丈夫、大丈夫だからね」



 真優良が少しづつ落ち着きを取り戻す。 その様子を見て、間近にいて何も出来なかった八雲も溜めていた大きな息を吐いた。



「滝ちゃん、ありがとう。 俺もうどうしたらいいか解らなかったから」


「色々巻き込んじゃってごめんなさい。 実はずっと影で話は聞いてたんだけどね」


「え……」


「真優良、私の方こそごめんなさい。 甘えてたのは私の方よ」


「何を言ってるの……?」


「例え何があっても、真優良は友達でいてくれるって信じ切ってたの。 あなたの事を思ってとった行動だった筈なのに、それがあなたを苦しめてたなんて思いもしなかった」


「ちが、私がダメだから」


「だから、お互い様なの。 これからは私も真優良にも、空たちにももっと頼ろうと思う」


「うん、ゔん……」


「真優良、こんな私と一緒にいてくれてありがとう。 大好きよ」


「私も大好きぃ……うぅ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」



 水瀬の胸で真優良が堰を切ったように泣きじゃくる。 しばらくその状態が続き、落ち着くと真優良が八雲へと向き直った。



「三城くん、酷いこといっぱい言ってごめんなさい」


「気にしないでいいよ。 丸く収まったみたいだしね」


「あの、それで、手を出してくれませんか」


「え、うん」



 八雲が言われた通り、恐る恐る右手を前に出す。 するとその指先を真優良がきゅっと掴んだ。 2人が又心配そうに真優良の様子を伺うと、少し呼吸が荒くなっているものの先ほどまでの酷い様子にはならなかった。



 手を離し深呼吸して水瀬へと再び、弱々しくても笑顔を向けた。



「みなっち、私これから頑張るから」


「うん、一緒に頑張りましょう」


「だから、やっぱり私たちとお昼食べよう?」


「……それは、春波と過ごす時間が減っちゃうから、ごめんね?」


「………………やっぱり深海くんはキライ!!」


「あっはは……:



 八雲の力ない笑い声人のいない別棟に小さく響いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る