「僕と、ずっと一緒にいてくれ」

 春波と水瀬の心が通じ合あった翌日。



 例え本人たちにとっては一大事だったとしても日常は変わらず過ぎていく。



 登校し、席に着いている今も、春波はどこか現実感が無くふわふわとした気持ちでいた。 あれは本当にあった事なのか。



 だが、水瀬の暖かさが、感触が、自分と違う匂いすらも頭から離れない。 何より家に送り届けた後もメッセージアプリでお互い本当かどうかを確かめあうようなやり取りをしてしまった為、それを見れば恥ずかしさと共に現実であるという事が解るようになってしまっていた。



「……なんか良いことあった?」



 いつの間にか座っていた灯理に訝しげに声をかけられる。 どうやら外から見ても違う空気を纏っているように見えたらしい。



「佐山さんおはよう。 そんな風に見える? 浮ついててお恥ずかしい」


「おはよ。 見える見える。 なに、彼女でも出来た?」


「……今のは僕の言葉選びも迂闊だった。 実は、そうなんだよね」


「え」



 軽く聞いた言葉が的を射ていたとは思っても見なかったのか灯理の身体が固まった。 しかしそれも束の間、すぐにまた態度を軟化させる。



「そ、それは良かったじゃん。 誰とも積極的に話さないとは思ってたけどやる事やってたんだね」


「うぅ、そう言われるとまた罪悪感が、」


「深海って人いるー? 深海春波くーん?」



 急に教室の外から自分を呼ぶ声に身体が跳ねる。 呼ばれた方を見ると春波からは見覚えの無い女子……空が真面目な顔で教室内を覗いていた。



「誰……? 深海、あんたなんかした?」


「いや、心当たりなんて全然……とりあえず行ってくる」



 そう言い残し空の前へと向かう春波ん背中を灯理は見送る。 ふぅ、と軽く息を吐き背もたれに身体をだらしなく預け、



「あっぶな……深入りする前で助かった……」



 誰にも聞かれることのない言葉を、騒がしくなった教室にこぼすのだった。



 ◇



「で、どういうつもりなのかな?」


「どういうつもりとは、何がでしょうか」


「わからないことはないよねー? 水瀬にどういうつもりで近づいてるのかって聞いてるんだけど」



 空に呼び出され、廊下の済で詰め寄られながら春波は昨日少ないながらも決めた事を思い出す。



 一先ず今は付き合ってることは広めない。 けど、友人には自分の口から伝えたい。



 春波としては今の水瀬に向かっている矛先が自分に向くのは願ったりな事だが、水瀬がそれを嫌がった為一先ずはこの形に落ち着いた。



 その為恐らく水瀬の友人である目の前の少女にどう対応するべきかと頭を悩ませていた。



 すると、そんな状況を目にした八雲が二人の元へと焦った様子で駆け寄り、間へと割り込んだ。



「ちょっと比内ちゃん何してるのさ」


「三城、アンタは関係ないから邪魔しないで」


「無理言うなって、友達が明らかに困ってるのを見過ごせないでしょ」


「あー、わざわざ悪いな三城。 比内さん? も、うまく答えられず申し訳ない」



 一先ずこの場を収めなくては、と思った瞬間。 空の後ろ、少し距離の離れた位置の水瀬と目が合った。



 いつからかわからないがどうやら真優良と一緒に様子を伺われていたようで、春波へと目立たない様に手でOKサインを送ると、教室へと向かっていった。



 その行動から、とりあえず許可が出たと判断し空へと向き直る。



「えっと、比内さん、三城もだけど、あまり大げさに聞かないで欲しいんだけど」


「何、やぶから坊に」


「実は、付き合ってます」


「は?」


「え?」


「誰と誰が?」


「僕と水瀬が」


「まさか、昨日?」


「うん、そのとおりです」



 そこから一拍後。



 2年教室がある廊下から、上下階まで響き渡る程の驚きの声が響き渡った。



 ◇



 昼になり、空き教室で今までと同じ様に弁当を食べ終わった後。



「朝は空が急にごめんね、まさか直接春波の所に行くとは思ってなかったから」


「いや、全然いいよ。 比内さんが警戒するのはもっともだし。 それはそれとして水瀬さん」


「なに?」


「近く……ないですか?」



 春波はいつもどおり、机越しに話すか勉強をするかと思っていた矢先、水瀬が急に立ち上がると椅子を春波の横につけ、そのままぴたりと身体をくっつける様に横に座ったのだ。 そのおかげで今春波はドキドキを自分で止められなくなっている中平静を装っている。



「いいじゃない付き合ってるんだから。 それとも、私が近くにいるのはイヤ?」


「その聞き方はズルいんだって……。 イヤなわけないんだからさぁ」


「……えへへ、やばい、ニヤけるの抑えられない。 私ね、これから遠慮しない事にしたから」


「……食いしん坊な上に甘えん坊ときたか」


「そうよ。 そんな面倒くさい女の子を捕まえちゃったんだからね」


「……わかってるよ」



 諦めたような、しかしどこか満たされたような春波の表情を見て水瀬は多幸感に包まれる。 ああ、何度思ったかわからない。 やっぱり眼の前のこの人がどうしようもなく愛しい。



 水瀬が右手を空いていた春波の左手にそっと重ねると、ゆっくりと握り返される。 思いが伝わってくる喜びと、それに答えてくれる事実がどんどんと2人の気持ちを高めていく。



 近づいている距離から、相手の方に顔を向けるとその距離はもう僅かしか無い。 お互い見つめ合い、少し無言の時間がすぎる。 やがて、少そのしの距離も無くなって行き始めた時。



「本当にキスしても良い、ですか……?」


「こ……っのタイミングで聞くのぉ……?」



 今、完全に流れだと感じていた水瀬が不意に声をかけられその目が開かれた。



「いや、流石に僕でも今はどうかと思ってるけどさ。 多分水瀬が思ってるより僕は水瀬のことが好きだと思う」


「う、うん」


「だから、嫌なことはしたくない……というか、嫌われたくないんだ。 水瀬がいてくれるのが僕の支えになってるからこそより失いたくない気持ちが出てきてきてしまう」


「……春波もさ、まだちょっと勘違いしてるよね」


「え?」


「私だって、多分春波が思っている以上に春波の事が好きよ。 だからそれが伝わるようにいっぱい言葉にするし、こうやって行動で解ってもらうようにするから、だから、その」



 そこで一息つき、言葉を止める。 恥ずかしそうな様子を見せながら小さく、だが届くように呟いた。



「次からする時は、確認、いらない……」



 そう言ってゆっくりと再び距離を無くしていく水瀬。 伝えられた想いを受け、春波からも近づく。



 そして、ゆっくりと唇同士が触れ合った。



 多幸感が2人を包む。 永遠にも思える時間がすぎ、やがてどちらともなく離れる。



 水瀬の目尻には涙がたまっていた。 その涙の理由は、春波がわざわざ聞かなくても伝わっている。



「やばい、顔から火が出そう」



「水瀬、無理な事は知ってるけど言わせて欲しい」


「なに?」




「僕と、ずっと一緒にいてくれ」




「んふふふ、しょーがないなぁ。 春波に起きたことを考えたら無理って言っちゃうのも仕方がないとは思う。 だから、私はできる限りずっと春波の隣に居続けれるようにするから」



 水瀬が、不意に春波へと飛び込むように再びキスをした。 不意をつかれ、驚きの表情で固まった春波の姿に水瀬が嬉しそうにしている。



「だから、これから覚悟しててよねっ」



 春波の目に鮮やかに映った涙が一筋水瀬伸びていって頬を流れ、春波の心を満たしていった。

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