6月3週 「もう一回ちゃんと聞かせて」

 まるで時が止まったかのような言葉が無くなった。囁くような声で春波から溢れたその言葉を水瀬は聴き逃がすことは無かった。 それは可能性があるかもしれないと、言ってほしい言葉そのものだったから。



「いま、なんて……?」



うるさくなった心臓を感じながら、水瀬はなんとか言葉を振り絞る。



 自分が何を言ったのかしばらく自覚が無かった春波だったが、何を聞き返されたのかと冷静になった瞬間に一気に焦りが湧いてきた。



「ごめん、今のは、ちがっ」



 戸惑いのまま繋いでいた手を咄嗟に離そうとしたとき、水瀬が握る手の力をグッと強く込め、離れないように保つ。



「違うって言わないで、お願い、私が聞き間違えたんじゃないならもう一回ちゃんと聞かせて……!」



 祈るような手の強さと、泣きそうな表情の水瀬に最早取り繕う事なんて出来なかった。




「すき、です。 好きだ、水瀬、君のことが好きだ。 ごめん、僕が好きになったら水瀬が安心できる場所がなくなってしまうのに。 なのに、好きになってしまって」



 好意と罪悪感がないまぜになった春波の、その自罰めいた言葉を止めるように水瀬が春波の胸へと飛び込んだ。 柔らかな感触に言葉が出なくなり、以前と同じ様に背中に回された腕に力が入るのを感じ、思わず春波も水瀬の事を恐る恐る抱き締めた。



「そうね、好きにならないって言ったのにね」


「ごめん、そんなつもりじゃ無かった、筈だったのに」


「面倒くさそうなんじゃなかったの? まあ私の周りは相変わらずだし否定はしないけど」


「出来るなら、水瀬の代わりに泥を被るくらいなんでもないよ。 もうそんな事関係ないくらい水瀬が好きなんだ」


「さ、さっきから好きって言い過ぎ……」



 水瀬は少し身体を離すと、春波とそう遠くない距離で見つめ合う。




「私も、春波、あなたのことが好きです。 絶対に、欠けてほしくないと思えるくらいに」




 浮足立つ。 嬉しい。 本当に、同じ気持ちを持ってくれていたことが、心の底から幸せが溢れてくるのを感じる。



 信じられない。 だが、今間違いなく、自分の思っている人が自分の事を好きだと言ってくれたのだと。



 例え暗くても、冷たくても、一緒にいるだけで大丈夫だと思える相手になれたのだ。



「それで、春波は私とどうなりたいの」


「えっ……!?」


「あのね、肝心な事はちゃんと言葉にして欲しいの。 今日だって、ちゃんとデートの誘いだって春波が言ってくれればもうちょっと悩まなかったんだから!」


「それは、僕が全部悪いな……自信なんて無かったから」


「じゃあ、今ならちゃんと言葉に出来るでしょ」



 期待する眼差しで春波を待つ水瀬。 軽く深呼吸をし、改めて水瀬の目をしっかりと見据える。



「水瀬、僕と付き合ってください」


「はい。 こちらこそ、よろしくお願いします……!」



 再び水瀬が春波を強く抱きしめると、今度は春波もそれに応えるように強く力を込めた。



 日が沈みきり、静かな住宅街の中2人がいる場所を街灯から小さくても、確かな光が照らしていた。


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