6月2週 「……自己嫌悪?」
春波が、心を振り絞り水瀬と出かけるための約束をした翌日の土曜日。
「深海くん細いからなんでも似合いそうなんだよな。 スキニーとかも全然いけそう」
「そうだな、三城の言うみたいにゆるっとさせるよりかはスマートに収めた方がカッコよく見えそうだから……」
「……頼んだのは三城だけなんだが、川南はどうしているんだよ」
春波は、勢い任せで誘った後に、高校になってからまともに外出用の服をまともに買っていない事に気づいた。 少し前まで欲しいとも思っていなかった為当たり前といえば当たり前なのだが。
一応元々の家から持ってきている私服はあるもののしばらく着ていない上にあれから身長も伸びている。
半端にサイズが合わないものを着る事もだが、自分のセンスに自信が無かったため八雲に連絡して……水瀬と出かける為、という事は伏せたが……こうして服を買いに合流したら、合流場所で何故か楽しげに川南と話し込んでいる所だった。
「ははは、たまたま見かけてね。 話しを聞いたら面白そうだったからこうして協力しようと思ったわけだよ」
「……今日はおもちゃ確定か。 三城、お前だけが頼りだ」
「心外だな、真面目に選ばせてもらうよ」
「じゃあその貼り付いた胡散臭い笑い方と眼鏡をやめろっての」
そう言い放つと川南は少し考えるような仕草を見せた。 三城は何を言っているか理解出来ていなさそうな顔で川南を見ている。
「ま、いいか。 んじゃお望み通りこっちにするけどよ、メガネは今日はコンタクトつけてなくて必要だから文句つけねーでくれよな」
「まあ、そこは悪かったよ」
「え、えぇ!?」
初めて見たであろう態度を崩した川南に八雲は驚き周りに響く程の声を上げた。 にわかに注目を集めた居心地が悪くなるが、やがて何事も無かったかのように穏やかな喧騒へと戻っていく。
「会長って、中二病だったんだ……」
「っふ」
「ぐあぁ!?」
唐突な八雲からのナイフの様な一撃に春波は笑いを抑えきれずに口を抑える直前息が漏れる。 川南はまさかの扱いに四つん這いになり地面を向いたまま動けなさそうだった。
「三城、オレも好きでキャラ作ってる訳じゃ無いから、そこだけ理解してくれよな……」
「うん、まあどうでもいいんだけどさ」
「…………」
心が折れたのかうつむいたまま何も言わなくなってしまった川南が流石に哀れに思ったのか春波は手を引き立ち上がらせた。
「ほら、迷惑にもなるからちゃんと立てって」
「悪い、思ったよりも心にキズが」
「時間かかってるだけで中二病はいつか治るから、気長にいこうな」
「深海にまでそっちに立たれると収集がつかないだろぉ!?」
けらけらと笑いながらからかう春波だが、こんな事をしに来たのではないと気持ちを改める。
「冗談はさておき、服の方は二人共マジで頼りにしてるからな」
そうして男3人で服選びを始める。 複数店舗を周り、試着しては戻し候補を広げていく。
何件目かの店で試着室に入ると外から川南から声をかけられた。
「深海くんはさ、なんでオレが猫被ってると怒んの?」
「んー……」
狭い試着室で春波は考える。 確かに川南のあの態度は気に入らなく思っているのは何故なのか。
「……自己嫌悪?」
「どういう事なんだ」
「僕はさ、ついこの間まで色んな事を我慢してたんだよ。 そうすれば苦しくなくなると思い込んで。 だから他人がそうやって何かを抑えてこんでいるを見るのが嫌なのかな、と今思った」
「……他人の姿に自分を見出すのが嫌だったって事、かな?」
「多分ね。 まあだから、口とか態度が悪かったのは謝るよ。 本当にすまなかった」
どれだけ言い繕おうが理由があろうが、以前の自分の態度が褒められたものではないと春波は自覚している。 その上でたまたまとはいえ今日こうして時間を割いてくれている川南の存在はありがたいものだった。
そんな相手に誤魔化した事を春波は思い出す。
「川南、この前聞かれたこと解ってるかもしれないけどちゃんと答えるよ」
試着室のカーテンを開けると側に立っていた川南に向かいまっすぐと向かい合った。
「僕は水瀬の事が好きだ。 周りがどうだろうと、誰に何を言われても構わない」
「わざわざ言わなくても。 場合によっちゃ煽りかと思われるよ?」
「それでも川南には言っておきたかったんだよ。 自己満足だけどさ」
「なんというかやっぱり真面目だね。 じゃあそんな深海くんのデート用の服は気合入れて選ばないとね」
「そっれは三城にも言ってないんだがぁ……!?」
「いやバレバレでしょ。 三城くんもさっき話した感じ直接は言ってなかったけどそんな感じの気合の入れ方だったよ」
「…………はぁ、まあいいか。 任せたよ」
「好みもちゃんと教えてくれよ。 オレ達のセンスだけじゃなくてさ」
貼り付けたような笑顔では無く、本心から笑っていると感じるその川南の表情に安心感を覚えながら、春波達は穏やかに買い物を続けていくのだった。
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