6月2週 「どう、ってのは……まあそういう意味か」

「こんな急いで来なくても良かったのに」


「もう平気なんだろ? テスト近いんだし早い方が良いかなって」



 朝起きたときには熱も下がって大分回復しているのを感じていたもののまだ本調子ではないと念の為休む事を選択した春波。



 水瀬のしっかり元気になってからという書き置きを意識してたり、はたまた昨日みっともない姿を見せてどんな顔をして会えばいいのか解らず時間が欲しかったのもある。



 休むことを決め、八雲に授業のノートのコピーを頼む旨のメッセージを送ると、すぐさま了承の返事と部活が終わったら届けるというメッセージが届く。 その性急さに少し戸惑いを覚えたものの今までのように頑なになることはなく素直に住所を送るとともにありがとう、とメッセージを添える。



 そうして沈みかけた夕日をカーテンで遮り八雲を迎え入れる。



「はいこれ、ノートのコピーとついでにコンビニで買ってきたゼリーとか。 一応ね」


「本当に助かった。 冷蔵庫がそんなんばかりになっちゃったなぁ」



 ノートのコピーにちらりと目を落とす。 以前勉強を教えた時にも思ったことだが八雲のノートはしっかりと見やすく纏められており本当にありがたい話だ。



 ……それなのにわざわざ勉強を教えてもらわないといけないのは、ひとえに八雲が部活の疲れで多くの授業を寝て過ごしていることが原因であるのだが。



「ご両親はお仕事?」


「ああ、そのこともだけど」



 春波は八雲へと向き直る。 わざわざ自分のためにこうやって足を運んでくれた相手に、どう思われようと素直に話をしようと決めていた。



「座ってくれ。 全部話すから」



  ◇



 そうして両親の事故のこと、叔父に引き取られてきたこと、水瀬との事も……秘めておきたいことも多いが可能な限り話す。



「そんなわけで、三城にとっては正直がっかりしたかもしれないけれどこれで全部かな。 結局僕はひねくれて、拗ねて1人になってただけだったんだから」


「……いや、なんというか。 思ってもいない辛い話が出てきてビックリしてる」


「1年以上引きずる事でもないだろ」


「それは自分で決める事だよ。 そうやって自分を馬鹿にするのはダメだ」



 真剣な面持ちで八雲が返す。



「……そうやって言ってくると救われるよ」


「ねえ、深海くん。 これを聞くのは無粋かもしれないんだけどさ。 滝ちゃんの事どう思ってる?」



 八雲は自身の事を話す春波の事を見ていた。 辛そうにしている事が多い中、確かに空気が和らぐ時があった。 水瀬の事を話す時に表情が和らぐのに気づいた時、前日に聞いてしまった水瀬の気持ちのこともありそう聞いてしまっていた。



「どう、ってのは……まあそういう意味か。 好きだよ。 いつからかなんて分からないけど、僕は水瀬が好きだ」


「うお……」



 八雲が自分で聞いた事で、そうなのだろうと想像していたものの澱みなく放たれた想いに少し気押される。



「おい、どう言う反応なんだよそれは」


「いやごめん、真っ直ぐさが眩しくて」


「何だそりゃ……」



 恥ずかしそうな春波に笑みを抑えらない様子で見る八雲。



「まあ、僕は恋愛感情無い前提であの場所で一緒にいる事が出来てると思うから、こうやって自覚しちゃった以上もう今みたいな状況は長く無いんだろな」


「深海くん、それは」



 意図しての事ではないが2人の気持ちを両方とも知ってしまっている八雲は咄嗟に声を出してしまうが、ぐっと言葉を堪えた。 部外者である自分が余計なことを言ってしまうのは違うのんじゃ無いか。



「でも、嫌われてフられるだけだとしても何もしないなんてのももう無理だ。 ……経験無いからどうすればいいかなんてのも解らないんだけどさ」



 その言葉に八雲は安堵感を覚える。 春波と水瀬が同じ方向を向いているはずなのにすれ違ってしまうのが一番良くないと思っていたので春波の前むきな態度は好ましいものだった。



「うん、俺に出来る事があったらなんでも言ってくれよ! 深海くんにはこの前助けてもらった恩もあるんだからさ」


「いやそれは昨日もう弁当届けて貰っただろ、遅くなったけどわざわざありがとうな」


「あれじゃ全然足りないよ! それに危うく渡しそびれる所だったからさぁ。 月影ちゃんがいなかったら渡せなかったよ」


「月影さん?」


「教室に行った時には滝ちゃんがいなくてどこに行ったかも分からない時に月影ちゃんが案内してくれてさ」


「それ、大丈夫だったのか? 月影さんってその、男が……」



 そこで言葉が澱む。 真優良が男に近づくことがダメだということは自分も思いもよらずに知ったことだ。 今こうして話題に出しているということは何事も無かったという事ではないか。



 一方その言葉を聞いた八雲の表情が固まった。 その理由は分からないがどこか戸惑ったように映る。



「あーうん、そっか、そりゃ深海くんは知ってるか。 まあ色々あったけど大丈夫だったよ。 うん」



 その奥歯に物の挟まったような言い方に春波は訝しんだが、何事も無かったと言っているし真優良からメッセージが来てたことも思い出し致命的なことにはなっていないのだろうとこれ以上は触れないようにした。



 その時、不意に八雲のスマホから着信音が鳴った。 画面を確認すると眉間に皺を寄せた八雲に、どうぞと手を出すと通話を始めながら玄関へと一時的に離れていった。


「もしもし、比内ちゃん急にどうしたんだよ……」



 遠くなる声を聞きながら春波はノートのコピーの確認をしながら戻ってくるのを待つ。 少しの時間の後戻ってきた八雲はどこかげんなりとした様子が見えた。



「深海くん、あの」


「ん?」


「深く聞かないで欲しいんだけど、この中で好みの髪型ってどれ?」



 そう言うなり髪型の違う女性の写真が何枚か写っているスマホの画面を見せてくる。



「え、急にな」


「追求は無しで、とりあえず答えてくれると助かります……」


「お、おう……?」



 その後釈然としないまま表示された中から一つを選ぶ。 その間八雲はどこか居場所がなさそうな顔をしていた。



  ◇



「……ふーん。 むっつりっぽい」


「空? 何か言った?」



 放課後、昼食時だけでは足りなかったのかファミレスに集まった水瀬達。 その中で空が春波と知り合いであろう八雲に強引に“お願い“をして結果送られてきた写真を確認して呟いた。



「ううん、なんでもない。 それより水瀬、明日ちょっと遊んでいい?」


「うん?」



 楽しげな空に、水瀬は首を傾げるだけだった。

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