6月2週 「下心あったほうがまだ理解できるかも」
高校生になり、同じクラスになった一際目を惹く少女。 話しかけてくる男には当たりが強く、女子にも愛想なく淡々と対応しているのを少し離れた位置から見ていた。
唯一穏やかに話す友人が一人だけいるが、その友人も何やら訳ありのようで常に気を張っているように見えた。
関わることは無いかな、と考えていたが水瀬が席替えで隣の席になった。 無視するのも違うかなと話しかけると素っ気ない返事が返ってきて、まあ遠目で見てた印象と変わらないかなと思った瞬間、空の耳に大きな空腹を告げる音が聞こえてきた。
席替えの喧騒で周りの人間は聞こえていないようだったが、明らかに目の前の顔がいい少女から発せられた音に目を丸くする。 当人は空に聞かれていた事実を把握すると、頬を染め「ね、燃費悪いから」と小さく呟いた。
その姿に自分の見る目の無さを恥じるとともに心を射抜かれてしまった。 この子見た目だけじゃなく滅茶苦茶可愛いんじゃないか。
それからは積極的に話しかけるようにした。 結果的には第1印象で抱いたものが馬鹿馬鹿しくなってしまう程に彼女の事を好ましく思っていた。
彼女が今みたいになったのも、どうやら中学時代から男子に好ましくない声のかけられ方や絡まれ方をした事と、それを見た女子からいらないやっかみを受けていった結果という無理もない理由だった。
その容姿を羨ましくないかと言えば嘘にはなる。 だがそのような話を聞き、現に同じ教室内で同じような光景が繰り返されているのを見るとそのような気持ちはたちまち消えていった。
水瀬の元々の友人の真優良、それに加えてこちらも高校に入ってから友人になった
そんな経緯もあり水瀬も、真優良も色恋沙汰には興味がなく、真尋は興味がない訳ではないが誰かを好きになった事は無いと、空は私が守らねばという気持ちになっていた。 ……真尋に関しては入学後数ヶ月であっという間に恋を知り彼氏を作ることになるのだが。
2年になっても同じクラスになり、空なりに穏やかな学校生活を送っていたのも束の間。 水瀬に関する根も葉もない噂が多数、急速に広まっていた。
水瀬の家族の事も聞いていた上で重ねて起きた出来事に行き場の無い怒りを抱きせめて水瀬の助けになりたいと思う空だが、水瀬は空達といるときでも冷たさを見せるようになり挙げ句の果てには一人でどこかに行ってしまうようになった。
真優良の事情もあり水瀬の事で周りに迷惑をかけたくないというのは理解している。 だがこんな時に頼ってくれなかった事実が空は悲しかった。
そもそも人に頼る事があまり出来ていなかった様に感じてはいたが、あの本当は可愛らしい子の雨除けにすら自分はなれないのかと 憤りを感じる。
だから八雲が水瀬への荷物として弁当を持ってきて、そのまま昼明けの授業に水瀬と真優良の姿が無いというドタバタとした事があった次の日。
いつも1人でどこかに行っていた水瀬に話があると声をかけられ、空に喜びが湧き上がる。 ちゃんと頼ってくれる気になったのだろうか。 あのいくすかないしゃらくさメガネ会長野郎や残念金髪王子()だのをボコボコにするなりなんなりとしようじゃないか。
そうしてわざわざ別棟まで呼び出されて空たち3人が聞かされた内容を、
「あのね、私、好きな人が出来たの」
「…………………………なにて?」
もじもじと、熱を持った仕草で言われたその言葉を空が全く想定しておらず、自分の耳か頭が悪くなったと思ってしまうのも無理はないことだった。
◇
昨日顔から火が出るかという思いをし、改めて自身の気持ちを強く自覚した水瀬は春波が今日も休むという連絡を朝ちゃんともらい、コンビニで買った昼食を持ち友人達を空き教室へと呼び出した。
そして春波のデリケートな部分を省きつつ、先程の言葉も含め今までの事を打ち明ける。
それを聞いた水瀬の隣に座る空は眉間に手を当て考え込むように固まり、前方の真尋は肩の下で2つに分かれて結ばれた髪を楽しそうに揺らしながら水瀬を見ており、真優良はすでに把握しているためか、はたまた別の理由かしどこか遠い目をしている。
「なんというか、もう、みな、あのねぇ」
「言いたいことは色々あるだろうけどとりあえず今まではこんな感じなんだけど……」
「いや、騙されてない? 私は今全然その深海って男を全然信用できないんだけど。 ただの善意だけでそこまではしないでしょ」
「空が言いたいことは解るけど春波は大丈夫、だと思う。 ……好きになっちゃった以上そう思いたいだけって言われたらそれまでなんだけど」
「そう言われちゃうと何も言えなくなっちゃうじゃないの。 まあこの事でみなが泣かされるようなことがあったら容赦しないけど 」
眉間から手を放すも渋い表情のままの空。
「いやでも、下心が無い方が怖いかも……善意だけで人のためにそこまで出来る人よりかは最悪下心あったほうがまだ理解できるわ」
「深海くんでしょ、私は大丈夫だと思うなー」
「え、真尋なにか接点あったの?」
「いや、私は無いけど未来が最近知り合っていい人そうだったって言ってたから」
真尋は彼氏である
「未来がそう思うってだけで私は信じてもいいのかなって」
「はいはい惚気はそこまでね」
「わ、私だって春波の事信じてるし!」
「みなも対抗しないでいいから。 というかあんたはまだ彼女でもなんでもないんでしょ」
「はい……」
「……まあ、私から見ても深海君は無害そうに見えたよ。 外見も含めて」
まさか真優良からフォローの言葉が出てくるとは思わず、空が驚きの表情見せる。
「まゆがそんな事言うなんて。 無害そうな外見ってどんな感じ?」
「うーん……普通? どっちかというと可愛い感じかなぁ」
「みな、写真無いの」
「無いの……」
「……いや、というかそもそも深海くんはフリーでいいのよね?」
真尋のその言葉を聞いたその瞬間、水瀬の体が固まった。 しばらく誰も喋らず無音が空き教室を支配する。 やがてかろうじて動きが見えた。
「た、多分いない、と思います」
「マジか、あんたまーじか」
「だってぇ、それどころじゃ無かったし、そもそも私の事好きにならないって言ってたし…………」
かけられた、気にしてなかったはずの言葉を口に出してしまいどんどんと声が小さくなっていく。
すると勢い良く真尋が身体を乗り出して机越しに水瀬に迫り、その勢いに押されのけぞる形になる。
「ちゃんと、確認、しよ?」
「ま、まひろさん?」
何か悪い思い出があるのか鬼気迫る物を感じるほどの圧を出しながら水瀬へと迫る。
「惨めな思いをする前に、確認、しよ?」
「はい、はい、わかりました……!」
その返事に満足したのか笑顔を見せゆっくりと座る真尋。
「まあ、もし今いなくても横から掻っ攫われちゃう可能性もあるけどねぇ」
「……やだ」
水瀬は春波の事をある程度知ったつもりでいたが、当然ではあるのだが彼のこれまでのことを知らない。 もしかしたら中学時代にすでに誰かと付き合ってるなんてことも当然あったかもしれないと考えてもしょうがないことが頭を巡りだし胸を強く締め付けられるような感覚を覚えた。
「やだぁ……」
水瀬の手元の、昼食のゴミをまとめたコンビニのビニール袋がくしゃりと音を立てる。 泣きそうな顔で力を込めたその手元を見た空は優しく水瀬の肩を抱いた。
「あーもう可愛いな……嫌なら、まずはちゃんと相手を意識させなさいな。 ずっと今の状況のままいられるわけじゃ無いってのは解ってるんでしょう」
「うん……。 でも、意識させるってどうすればいいか解らないんだけど……」
空の言葉が詰まった。 言葉にはしないがこれだけの見た目でどれだけ周りから声をかけられようとも本人には恋愛経験が無いという事実に目眩がするとともに今まで向けられたものがどういったものかと改めて認識するには十分だった。
その後、空と真尋を主として自身の経験からのアドバイスを……真尋はほぼほぼ惚気のようなものだったが……時間が許す限り、興味がないであろう真優良を巻き込み食ってかかるように聞くのだった。
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