5月4週 「いちいちベッタベタ甘い空気にしないと死ぬんかあんたらは」
「ねえ、お願い!!」
「いーやーだー……」
まるで子供のようなやり取りが教室内に聞こえてくる。
お願い事をする水瀬と嫌がる春波の1つの机を挟んで行われているそんなやり取りをしばらく横から見ていた八雲の側に空が近づいてきた。
「まーたやってんの。 今日の議題は?」
「あ、比内ちゃん。 今日はね……」
「誕生日にケーキ作ってくれるくらい良いじゃない! 可愛い彼女のお願いなのに!」
「水瀬は可愛いし好きだけどそれとこれとは話が別! 嫌なものは嫌だ!!」
「……三城、あいつら引っ叩いてきていい?」
「俺もー慣れたよ。 行くならお好きにって感じ」
恥ずかしげもなく出た言葉に動じた様子の無い春波と好きだと言われたことに照れている水瀬の頭を空が軽く小突く。
「言い争うのは良いけどいちいちベッタベタ甘い空気にしないと死ぬんかあんたらは……?」
「空。 聞いてよ、春波がケーキ作ってくれないの。 ショートケーキ。 お菓子なんてもう散々作ってくれてるのに」
「聞きたくなくても聞こえて来てるっての。 ホントこのクラスの男子には同情するわ」
教室内は、何人かの女子がきゃあきゃあ言いながら2人の方を見ていたりおそらく彼女がいない男子達が机に突っ伏して動かなくなっていたり、はたまた冷えた目線を覗かせたり興味無いか飽きたのかそれぞれ好きな事をしていたりと様々な様子が見える。
「商店街に新しく出来たクレープ屋で好きなだけ食べていいから勘弁してくれませんか」
「やだ、手作りが良いの」
「……紅林館のケーキ好きなだけでどうですか」
「……………………い、いや、作って」
「揺れてんじゃないわよ」
「あだっ」
呆れた空が再び水瀬の頭を小突いた。 すると遠巻きに見ていた八雲もそこに寄ってくる。
「春波くん、珍しく粘るじゃんか。 いつもはここまでいかずに折れるのに」
「……去年みたいなのでも良いよ?」
「去年って……あれ、あんたらが付き合い出したのってみなの誕生日過ぎた後じゃ無かった?」
「そうだよ、去年は付き合う前だったし脅しも入ってたから、じゃあって事で急ぎで出来るのを用意したんだよ。 そもそもあれはケーキじゃないし」
「脅しって誰に?」
「月影さん」
「脅しじゃない、よぉ!」
「い゛ってぇ!!」
「あれまゆいつの間に」
教科書の角が振り下ろされ呻き声を上げる春波をよそに空と水瀬の間に真優良は収まった。
「まゆ、何したのさ」
「大したことしてないもん。 みなっちの誕生日2日前にその事を教えてあげただけ」
「うーんなんとも……三城、判定は」
「意図次第かな……?」
「脅しじゃなくてただのお節介だもん。 ……まぁ、深海君が焦ってかっこ悪いところ見せないかなと思ってたのもちょっとあるけど」
「悪意混じってたんじゃん……」
「私にとってはあれがきっかけで色々あったから今更だけど真優良、ありがとうね」
「ほら、みなっちもこう言ってるよ深海くん」
「まあ僕も実際恨んでるとかじゃ無いから。 でも教科書の角で人を叩くのはどうかと思うな?」
「次移動教室だしもう行こー?」
「オイこら待たんかい」
◇
春波のマンションまでの道を2人で、当たり前のように指を絡ませながら歩いている。
「頭大丈夫だった? まだ痛い?」
「大丈夫、実際そこまで強くやってはなかったんだろうけど痛いは痛かった……」
「ああ可哀想に、撫でてあげましょうね」
わざとらしい言い方で、道すがらでありながら頭に手を伸ばそうとする水瀬をやんわりと静止する。
「こんな人目のあるところで撫でられるのは流石に恥ずかしいって」
「じゃあ帰ってからね」
楽しげな様子を見せる水瀬に釣られ、撫でるのは確定なのかと思いつつも思わず春波の顔にも笑みが浮かぶ。 すると水瀬が真面目な様子を春波へと向けた。
「周りにもう誰もいないから改めて聞くけど、なんでそんなにケーキ作りを嫌がるの?」
「……ガキっぽいし、ダサい理由だからあんまり言いたく無かったんだけど」
「春波のそういう所は私はとっくに知ってるし。 いいでしょ?」
「……昔さ、作ろうとしたんだよ。 生クリームの普通のショートケーキを」
春波はしまい込んでいた記憶を取り出し静かに語りだす。
「スポンジ焼いて、フルーツ並べるのは良かったんだけど、外側に生クリームを綺麗に塗るっていうのがどうしても出来なかったんだよね」
春波は器用ではない。 料理は繰り返すうちに手慣れるし、ある程度大雑把でも飾り等に気をつけなければ形にはなった。 しかし経験した事の無い作業であるそれが、当たり前だが一度では上手くできなかった。
「考えれば練習もしてないし当たり前なんだけど、その事実に大いにへこんでそれっきりなので、水瀬に対して綺麗なのを出す事が出来ない……カッコつけれないから、やりたくないなぁって」
恥ずかしさから目線を水瀬がいない側に逸す。 その様子に水瀬はもう何度目かも解らないときめきを覚えていた。
「それだけです。 おしまい」
「……その話、もうちょっとだけ続きがない?」
「っ、なんで」
「まぁ、今までお出しされたものを考えたら、ね?」
「……そうやってへこんで放置してたスポンジとかを、父さんが見つけて作り変えてくれたのがトライフルだったんだよ。 これなら綺麗に塗れなくても出来るぞって」
大事にしていた暖かいものを取り出し、壊れないように慎重に水瀬へと渡す。
「……作ってって言ったけど、やっぱり一緒にやらない?」
「水瀬の誕生日なのに、何かさせるのは……」
「私がそうしたいからいいの。 納得いくまで一緒にやって、それでもダメなら作り変えればいい」
春波のお父さんみたいに。 春波から受け取り続けている暖かいものを分け合えるように。
「……ん、じゃあそうしようか」
「そういえば言い忘れてたんだけど、当日はうちに呼べってお母さん達が言ってたから来てね」
「……ああ、幸せだなぁ。 本当にありがたい気持ちでいっぱいだよ」
「ふふふ、何回でも言ってあげる。 来てもいいの。 いて欲しいの。 それに……将来的には家族になるんだから、いてくれなきゃダメ」
その言葉に2人の胸元にある、制服で隠されている指輪の存在を強く感じた。 熱を帯びたように感じるそれをどうしても意識してしまうのはしょうがない事だった。
「じゃあ伺いますって伝えてくれると助かるよ」
「はーい。 その前にケーキだからね」
「はいはい」
軽く返しながら2人笑い合う。
暑くなるにはまだ早い時期だが、繋がれた2人の手は確かな熱が宿っていた。
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