6月2週 「うわーなんというか、情熱的?」

 春波を保健室に連れて行った後、八雲午前中の授業を寝ずにこなす。 中身も確認せずに言われた通り大きめの手提げカバンを持って八雲は3つ隣のクラスへと足を運ぶ。 その190cm後半の身長は普段から人の目を引いているが、今からは彼が懸念しているであろう通り、これ以上の注目を浴びることになるだろう。



 教室内を覗き込む。 目当ての人物は見当たらないが、グループでまとまっている人の中に女子バレー部であり顔見知りの人物が目に入ったので声をかけた。



比内ひないちゃん、ちょっといい?」


「ん? 三城じゃん、どしたの珍しい」



 女子4人集団のうちの1人である比内ひない そらは赤みがかったショートヘアを翻し返事をする。



「滝ちゃんってどこにいるか解る?」


「……何、アンタタイプだったっけ?」


「気持ちはわかるけど殺気出しすぎでしょ。 俺も噂は嫌いだよ。 頼まれててさ、渡すものがあるんだけど」


「みなは最近昼は1人でどっか言ってて私達にもわかんないんだよね。 いらない気を使ってるんだろうけど、戻ってきたら渡すから預かっとくけど何? その手提げ?」


「昼までって言われてるからなるべく早いうちがいいんだろうけど、中身は俺も知らないから」


「いや何で知らないのよ。 何かもわからなかったらこっちだって預かりづらいっての。 見ていいよね?」


「中身は問題じゃないからさ。 まあしょうがないか…」



 2人そろって手提げの中身を覗き込むそこには、



「「弁当……?」」



 2人から漏れたその言葉に、集団のうちの小柄な少女がピクリ、と反応をする。



「確かに昼の間に渡さなきゃな物だけど、え、なんで……?」


「マジか、思ってたよりもやるなぁ」



 八雲が周りに聞こえないように小声でそう言うと、ふと隣に少女が立っていることに気づく。



「まゆどうしたの、そんな近づいて大丈夫……?」


「だ、大丈夫。 三城くん? 頭下げてもらってもいいですか?」


「う、うん」



 大柄な八雲が言われるままかがむと少女、真優良は周りに聞こえないようにそっと耳打ちをした。



「もしかしてそれ深海くんの?」



 その言葉に驚きとともに頷くと、真優良は少し肩を落としたように見えた後フン、と気合を入れた。



「着いてきてくれますか、案内するので」


「ちょっとまゆ!? みながどこにいるか知ってるの!?」


「前尾けたから。 空ちゃんは後で本人に聞いてね」


「教えてくれないしついてくるのもやめろって言われてたじゃないの……!?」


「じゃあ三城くん行きましょうか」


「う、うん、お願いします」


「ちょ、ちょっとぉ!」



 混乱している空をよそに真優良は先を歩きその後を八雲がついていく。 階段を降り購買の前を通り過ぎ別棟へと歩みを進めていく。



「あの、助かったよ、えーっと……」


「月影です。 月影つきかげ 真優良まゆら


「ありがとう月影さん。 俺は三城みき 八雲やくも


「知ってます。 有名人ですので」


「……そうだよな、俺って校内だと結構有名人の筈なんだよな」


「何をブツブツ言ってるんですか?」


「ああいや、なんでもないです。 しかし滝ちゃんが教室にいないとは思ってなかったから助かったよ」


「……私のせいみたいなものなので気にしないでください。 ここです」


「黙って着いてきたけど、こんな所に……?」



 返事もせずに真優良は扉を開くためにガタガタといじりだす。 その音に反応したのか空き教室であるはずのその中からも物音が聞こえてきた。 そして、扉が開けられるとほぼ同時。



「春波っ……」


「深海くんじゃなくてごめんね、みなっち」


「真優良……? それに、……!?」



 中から出てきた水瀬が2人に目を移し、水瀬には最早見慣れた手提げを八雲の手に見た瞬間、目の色が変わり八雲に向かって叫ぶような声を出した。



「春波に何かあったの?」


「えっ?」


「待ってても来る気配ないし連絡全然つかないし来たと思ったら弁当だけ人に渡して本人はいないなんて」


「みなっち落ち着いて……」


「深海くんは2限終わった直後に体調不良で保健室行き。 その時俺が連れて行って、これを滝ちゃんに渡してくれって頼まれたから届けに来たんだ。 あれは多分朝から調子崩してたと思うんだけど」


「……ああもう!」



 たまらず水瀬がその場から駆け出そうとする、が体に力を込めその場へと押しとどまる。 深呼吸をし体を落ち着けると、真優良の元へ駆け寄りその小さな体を柔らかく抱きしめた。



「大丈夫だった? わざわざ私のために辛いことさせてごめんね」


「……平気だよぉ。 みなっちのためなら溶岩だろうと南極だろうとへっちゃら。 ねぇ、みなっち」



 かけられた言葉に満たされたような感覚に浸っていた真優良は、そのまま水瀬の顔は見えないまま大事な友人の意思を確認するため、これからの自分のために言葉を絞り出した。



「深海くんのことすき?」


「うん、好き。 大好き」


「……そっかぁ」



 その言葉を聞き届けると真優楽から体を離した。 水瀬は八雲へと近づくと手にした手提げカバンを受け取る。



「こんな所までわざわざごめんね。 保健室ね」


「えっ、今から行くつもり? 流石にもう帰ってるんじゃ」


「その時はその時! ありがとう!」



 感謝の言葉を残し勢いよくその場から去っていく水瀬を八雲と真優良はその背中を見送る。



「うわーなんというか、情熱的? すごかったな今のは……」


「みなっち、あんな風になっちゃうんだなぁ。 それを私は……」



 八雲に向けた言葉では無いだろう言葉が漏れると、真優良の中の罪悪感と自罰感が膨れ上がり、空き教室のドアにもたれながらしゃがみこんで動かなくなる。



「月影さん? 戻らないとお昼終わっちゃうよ」


「放っておいてください」


「えー……」



 八雲は目の前のうつむいた少女を見る。 今まで関わった事無い相手だが明らかに普通ではないその様子をはいそうですかと言われたとおりにその場を後にしたらそれこそ冷たい人間ではないか。



 相手が口にした通りにすることが正しいかもしれない。



 だが八雲は真優良の正面にならないように位置をずらし、逆側の壁にあぐらをかいて腰をおろした。



「……何してるんですか」


「え、座ってる? 放っておいてくれていいよ」


「……」



 自分が言った事をそのまま返される形になり、真優良は目をそらし口を閉ざす。



 八雲は何も言わず、目線も真優良へは向けずに前を向いたまま黙ってその場にただ座っていた。

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