6月2週 「本気でそう思ってる……?」
「はるなー、あつい……」
「わかりきった事を言ってもしょうがないぞ、水瀬……」
水瀬の心境の変化、もしくは気づきはあったものの空き教室での時間は変わらず流れている。
水瀬の心中は今までとは全然違い、落ち着ける空間であると共に心乱される時間という矛盾したものになっていたが。
春波達が通うこの高校には基本的に教室も食堂にも空調がしっかりと整備されており、普段生徒が過ごす場所では気候に悩まされることはない。
しかし、今春波達がいる別棟は古くからある建物であり極一部を除いて使われることは無い。つまり、
「窓開けたら大分マシだけど、今日は結構厳しいわね……」
「窓際で飯食うってのが現実的じゃ無いってこれで解っただろ……」
「そうね、それに関しては感謝してるわ……」
整備されておらず、基本的には他の誰も来ないこの場所は空調の使えない厳しい空間になっていた。
お互い普段見せないようなだらけ方をしているが暑さの前では気にしていられない。
「飯、食うか」
「賛成……本当に冷蔵庫に入ってた冷たさ……保冷バッグの冷たさが気持ちいい……」
春波は以前言っていた通り、登校時は保冷バッグ、学校に来たら冷蔵庫に弁当を保管し昼になったら回収をしていた。
結局どこに冷蔵庫があるかというと、担任の間中に頼み込んで職員室の冷蔵庫を使わせてもらっている、というのが真相なのだが。
普通では頼んでも断られるだけだが、間中は叔父と学生時代からの知り合いで、春波の事情も知っているため私的な特別扱いで自分の荷物として一緒に使用させてもらっていた。
「今日は暑くなるのが解ってたから変わり種にしてみた。 はい」
「……確かに弁当としては変わり種だけど、今自分の目に映るものが信じられないわ」
あれよあれよと机の上に準備されていくそれに水瀬は目を丸くする。 冷たいめんつゆが紙コップに注がれる。 氷水が大きなタッパーに整えて入っている白い麺にかけられ、軽くほぐされる。
「私、学食でも無いのにそうめん食べようとしてる……」
「薬味も適当にチューブのやつ持ってきたから欲しかったら言ってくれ」
「とりあえずしょうが欲しい、欲しいけど春波やっぱりズレてるよぅ……」
「普通じゃない物持ってきてる自覚はあるからセーフだろ」
「本気でそう思ってる……?」
「えっ……? あれ本気で嫌だったらごめん、暑くなるって見てここ自体に暑さしのぐためのものが無いからせめてこういうのでと思ったんだけど……」
「…………嫌じゃない。 許す」
学校にカレー持ってきたり市販品でも十分だろうにトライフルの為だけにスポンジケーキを焼いたり、そして今回の事といい行動が時たま突っ走ることはあるがそこには少なからず春波なりの理由がある事を水瀬は知っている。
今回の事だけで言えば、今の言葉を真に受けるのであればこちらの事を思っているのが少なからずありそうな言い方で、それに嬉しくなってしまいニヤけ顔を隠すため正面を見れなくなっているのだが。
「いただきます」
「いただきます」
回数を重ね自然と声が揃うようになった行為の後、水瀬が一口食べるのを春波は何もせず見守っている。
「暑いなかで食べる冷たい物の美味しさはまた格別ねぇ……」
噛みしめる様に言うその言葉を聞いて、安心と嬉しさから春波の口元が緩む。 そして自分の分へと手をつけ始めるその表情の変化を水瀬は見ていて、どこか充足感のような物を覚えていた。
そうした表情の変化を見る事は春波への気持ちに気づく前から無意識で行っていた事だが、その事に気づいたのは最近の事だった。
一通りの食事を済ませ片付けも春波が手際よく終わらせると、一時的に忘れていた暑さが思い出され水瀬は机へと突っ伏した。
「食べてるうちは良かったけどやっぱあっつい……春波なんとかして……」
「頑張ってガマンしてくれ。 ほらこれ」
そう言って渡されたのは弁当と一緒に入っていた保冷剤……それと、電動のハンディファンだった。
「あー気持ちいい涼しい……ありがと……」
水瀬は保冷剤を首に、ファンの風を顔に当て続け頭を冷やしているうちに違和感に気づく。
顔を上げると春波は同じように保冷剤は持っているものの片手にはファンではなくうちわを持ち涼を取っていた。
「ちょっと、これどこから出てきたの」
「どこからって、持ってきてるんだからマンションからだろ」
「いやそういうことじゃなくて、まさかわざわざ今日持ってくる為に買ったんじゃないのこれ」
「……なんで解るんだよ」
解るよ。 だって全部聞いたんだから。
その言葉を飲み込む。
先日春波の事を聞いたと言うことはまだ打ち明けてない。 もしかしたら気づかれているかもしれないがまだ自分から口にすることは水瀬には出来なかった。
「昨日食材の買い物ついでにスーパーで買ったんだよ。 暑くなるってわかってたし何かしら必要かなと思ってたから」
「ふーん……」
もしかしたら本当に持っていたかも、と水瀬の頭の中にその考えはあった。 春波はずっとここにいるって言ってたから。 昨年自分の為に用意しててもおかしくはない。
だが春波から出てきたのは、昨日わざわざ用意したという言葉だった。 つまり私がいるから用意した、私の為にと水瀬が考えてしまうのは都合がいい思考だろうか。
しかし用意したのは水瀬の分だけなのかうちわを仰いでるその姿を見ると不満が湧くのは致し方ないことだろう。 自分だけ、というのは嬉しくはあるが春波の自分の事を蔑ろにしているようなその不平等さは。
水瀬はおもむろにハンディファンを春波に向けた。
「……何してんだ」
「春波に風を当ててる」
「いやわかるけど、暑いんだったら自分に向けろよ」
「渡された物をどう使おうが私の勝手でしょー」
「いや、でもな」
「じゃあ、ん」
水瀬は目を閉じ顔を少し前に出す。 その仕草に春波は少し邪な考えが頭をよぎり心臓が早くなったが、今の状況から求められているであろう事を確認する。
「……扇げってか?」
「そ。 それでお互い様ね」
春波は手に持ったうちわで水瀬に風を送る。
片やハンディファンで。 片やうちわで。 2人は風を送り合う。
「なんだこれ……」
傍からみれば奇妙な光景に映ったかもしれない。だが
「えへへ………」
「……まあいいか」
嬉しそうに顔を綻ばせる水瀬を見ると、春波はこういうのも悪くないかな、と満足気に状況を受け入れた。
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