6月2週 「僕が友達無くす所が見れるだろうから」

 雨模様が続く火曜日、普段はすぐ帰宅している春波は担任から頼まれ書類が入った段ボールの運搬をしていた。



 春波のクラスの担任である真中まなかは叔父の学生時代の後輩らしく、何かと春波の事を気にかけてくれていた。 ……何か叔父に弱みを握られてるのかたまに変な事を聞いてないかと都度問われているが。



 そんな相手の頼みを無碍にするわけにもいかずこういう事は引き受けているのだが、今同じように横を歩いている人物を見ると断っておけば良かった、なんて気持ちも湧いて来ていた。



「どうした深海くん、ひどい憂鬱そうな顔をして。何か嫌なことでもあったかな?」


「強いて言えば今のこの状況そのものかな、完璧超人さんよ」


「おいおい、その呼び方はやめてくれとお願いしたじゃないか。 君と僕の仲だろう」


「うわもう隅から隅まで気持ちわるっ」


「ははは、なかなか面と向かってそこまでは言われないから新鮮だな」



 嫌な顔ひとつせずに一緒に歩いている川南は春波の言葉も全く気にしていない様子で、それがさらに春波の気持ちを荒立てる。



 嫌いというほどではないが以前素の姿を見ている事と、それとは別に気に入らない気持ち。



 気づいてしまえば単純なものだが、今の春波にはそれに目を向けることは無かった。



「もうさっさと運んで帰ろう。 その状態の川南と話すのは落ち着かない」



 目的地の倉庫に着くと預かった鍵で扉を開け、乱雑に物が積まれた光景が目に入る。



 どこでもいいか、と抱えた段ボールを積んだ時扉が閉まる音がした。



「んじゃあ、これなら落ち着いて話してくれんの?」


「……逆に、僕と話すことあるのか? さっき言われた事が本当は気に触ってた?」



 見た目はそのままに雰囲気だけが荒っぽくなる様に少し面食らいつつも、やっぱりこちらの方がいいなと探りを入れた。



「いや? なんか言われたっけ? オレは深海くんの事よく知らないし仲良くなりたいだけだけど」


「……なんで、」


「そこに理由なんかいらないだろー。 まあこっちを見せられる相手が少ないってのはあるけど、この前からそう思ってるだけ」


「三城といい、こんなやつのどこ見て言ってんだか……」


「ああ、バレー部の三城くんな。 そう言えば三城くん経由で連絡貰ったっけ。 わかる人にはわかるって事だよ」


「何が」


「深海くんが良い人だって事」


「……僕には解らないけどな」



 ニッカリと笑いながら言う川南を今の春波ではまっすぐと見ることが出来ず思わず目をそらす。 そんな様子はお構いなしに川南は楽しげな様子で言葉を続ける。



「自分のことなんて解らないことばっかりだけど他人からはよく見えるってね。 しかし聞きたいことはいっぱいあるけど機嫌損ねそうで何を聞いたものかな」


「もういいだろ、ほら出るぞ」



 置いていくように足早に倉庫から出て立ち去ろうとするも、鍵は自分が持っており川南が出てこなければ施錠ができない事に気づく。



 少し待っていると、通ってきた道の横にある体育館からボールの音が耳に入って来てそちらへと顔を向けた。



「悪い、待たせたね。 鍵閉めてくれると……丁度今日は男子バレー部が体育館使ってるみたいだな」


「ああ、成程」


「覗いてみるかい? いや、行こう! 友人が活躍してるところを見に!!」


「ちょ、押すなって」



 春波と八雲は教室では八雲から話しかけたり、テスト前は勉強したりしていたがどこかお互い硬さが抜けないまま今になっている。



 わざわざ部活動を見に行くことも無かった春波は部活動の時間にこうして校内にいる事も稀だった。



 川南に押され中を除くとそれぞれのコートに違う色のビブスが見えた。 スコアボードに書いてある文字を読むと、どうやら他校を呼んでの練習試合のようだ。



 全体を見ても背が高い人間の中、一際大きい八雲の姿が目に映る。



 相手校の、素人の春波から見ても強烈なサーブをこちら側の生徒がなんとか拾う。 コート外に向かったボールに必死に追いついた少年が八雲の名を呼びながらコート内へと高く上げた。



 そのボールにタイミングを合わせ助走の後八雲が上へと高く跳ぶ。 その高い打点から腕を力強く振り下ろし……そのタイミングに合わせた相手の2人でのブロックがアタックを防ぎ、八雲側のコートへとボールが落ちた。



 サーブを称える掛け声や八雲を励ます声が出る中、八雲自身は真剣な面持ちでまた相手へと向かう。 その姿に春波はどこか違和感を覚えた。



「……しんどそうだな」


「今のサーブは強烈だったし三城くんが打つのもわかりきってたから高さがあってもしょうがない感じだったね」


「ああいや、僕はプレーに関しては全然解らないけど、そうじゃなくって」


「?」



 春波は八雲の表情を見続ける。 まだ話すようになって長くはないが、どこかで見たような。



「なんだろう……遠慮……? に近いかな、なんか身が入ってないような」


「君、よく解るね!!」


「うわぁ!?」


「あ、東間とうま先輩こんにちは」



 気づかないうち横に立っていた知らない春波よりも少し背の低い先輩からの大きめの声に春波の心臓が縮まるも、そんな事は気にもせず川南は東間とうま かなめへと挨拶をする。



「おう現会長、今日は何かバレー部に用事か?」


「いえ、ただ見てるだけです。 この深海くんが三城くんの友人で部活を見たことないそうで」


「おお、バレー部期待のエース後補の三城に最近出来たっていう友達は君のことか!」


「わざわざそんな話をしてるのかよ……」



 顔を抑えようとするもまた次のプレーが始まりそうになり顔を上げコートを見る。 真剣にプレーしているように見えるがやはりどこか違和感があった。



「それで、その友人の深海くんから見て三城の問題はなんだと思う?」


「……解りません。 僕も気になるってだけなので間違ってるのかもしれないし」


「練習も試合にも真面目に取り組むし、バレー初めて1年ちょっとと考えると上達は著しい。 ただ今日の試合はさっき言っていたように俺にもなーんかしんどそうに見えるんだよな。 プレーもどこか乗り切れてないような」


「まだ知り合ってそれ程経ってませんが毎日部活に行くのは楽しそうに見えるし、僕にもやろうとか誘ってきた事もあるので別にバレーが嫌いじゃないと思いますよ」


「……そうかい。 じゃあ尚の事わっかんねー。 三城がちゃんと機能すれば全国でもある程度勝てるチームになるんだけどなぁ」


「ぜ、全国?」



 急に聞こえてきたスケール感の大きい単語に春波は目を丸くする。 川南はそんな春波の態度にこそ驚きを覚えていた。



「知らなかったのか? 今年うちの男子バレー部はインターハイ予選を勝ち抜いて県代表になってるんだぞ。 校舎にもあんなに大きく貼り出されてるというのに」



 全く知らなかったという様子の春波に呆れた様子の川南。 だから話しかけてきた時も知られているだろうという態度だったのか、と今更の気付きがあった。



「この練習試合も県内で普段代表を取れてるレベルの学校にお願いして来て貰ってるんだよね。 だからか相手さんはえらい気合の入りようだけど」


「基本的に県ごとに1枠争いですからね。 手を抜いてくれなくて助かりますが」


「先輩は参加しなくていいんですか?」


「今は入るタイミングじゃないからへーき。 練習試合だからまあ融通は効くしな」



 東間はそういうと改めてコートへと目を向ける。 春波にはその目に期待と、どこか諦めの色が見えた気がした。



「うちはここ数年守備力はあるんだけど、決定力が足りないのが悩みだったんだよ。 そこで三城のあのタッパを見た瞬間すぐ勧誘したんだ」


「素人だったんでしょう三城は。 聞いてる限りかなりレベルが高い事を要求しているように聞こえます」


「身長は確かに有利不利の要因だけど、身長が高いだけだったらきっと今コートに立っていないよ。 だからこそ今の、なんだろうな、思いきれないような態度がなんとかならないと全国で勝ち切るのは難しいだろうな」



 予選は本当に奇跡だった、という言葉を耳に入れながら春波はコートの八雲と記憶の中の八雲を比較する。 考えて考えて考えて、八雲のアタックがブロックを避けコート外に落ちた瞬間。



「あっ」



 一致する物が見えた気がした。



 憶測でしかない。 しかし、確かめなければずっと憶測のままだ。



「先輩、三城をここに連れてこれますか?」


「お、期待していい? 後ろに来たら俺と変わるように……いや長くなったらあれだし交代させるか。 まあなんとかして来させるよ」


「期待されるのは重いですが、まあ聞くだけ聞いてみます」



 頼んだぜ、と東間は言葉を残しコートへと走っていく。



「さて、一体何がわかったのか俺に教えてくれても……深海くん?」



 先程見た時とは様子の違う、顔色が悪くなった春波に気づく。 まるで怯えるようなその様子に川南は困惑するも春波はそんな自分の様子はお構いなしに返事をする。



「まあ見てなって……。 最悪僕が友達無くす所が見れるだろうから」


「おい、一体何するつもり」


「急に交代させられたからなにかと思えば、珍しい組み合わせでどうしたの深海くんに会長。 何か話?」



 額に浮いた汗を拭いながら二人の元へ来た三城は溌剌とした笑みを浮かべている。



「ああ、三城、あのさ」



 その姿に自分の感じたもののがそう遠くないと感じながらその友人に対して叩きつけた。



「お前、他人を馬鹿にするのも大概にしろよ」

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