6月2週 「……うるせー。 ほっとけ」
「……何だって?」
「他人を馬鹿にするのも大概にしろって言ったんだ」
先程とは打って変わって笑みの消えた表情を浮かべた八雲に向かい、自分の心が揺れるのを感じながらも春波は気づいたことを伝えるために自身を奮い立たせる。
ああ、怖い。 だから誰とも関わりたくなかった。 目を逸していた、自分が見たくない、見ようとしなかったものを嫌でも自覚してしまう。 今の自分を見なければならない。
関係を築いたばかりでも、少なからず自分が決めた線の内側に入れた人物に向かって暴言に近い言葉を使うのに恐怖を感じる。 他人を寄せ付けないための言葉とは前提が違う。 失う痛みに向かわなければならない。
「この練習試合の相手、全国常連なんだってな。 そんな人たちを差し置いて俺なんかが勝っちゃってごめんなさい、って手を抜いてやってるのか?」
「そんなこと!」
「本当に無いか?」
「っ……」
口元に手を持っていき、考え込む仕草を見せる八雲。
川南は口を挟むこと無く静かに事の次第を見守っている。
「……馬鹿にしてる、は言いすぎた。 ただ、さっきから見てる三城の表情が僕に自分の事を話した時と同じに感じたから」
「えっと、どれの事?」
「他人の悪口がキツイって言ってただろ。 僕はその時はそこまで考えてなかったけどさ」
確証なんて無いが、おそらく外れてはいないだろう。 僕と三城は思考が似通っていると思うから。
「多分、三城は他人の気持ちを推し量り過ぎだ」
「他人の……?」
「人の悪口聞いて心を痛めるのも、目の前のプレーにどこか集中できないのも、多分人の気持ちを勝手に考えすぎてるんだ」
「……」
話を聞きつつも、考える姿勢を崩さない八雲。 もっと感情的に言い返されると思っていた春波は少し落ち着きを覚えながらも言葉を続ける。
「人のことを考えすぎてて、目の前の人間とか言われている相手に対する申し訳無さというか罪悪感かな、それを心の中に無意識的に抱え込んでいるんじゃないか」
ずっと考え込んでいたがそれを聞いた八雲は自分の中で整理がついたのか顔を上げる。 その表情はどこか晴れ晴れとした様子に見えた。
「……そうかもしれない。 うわ、そっか、俺ってそうだったのかも。 え、どうしよう深海くん俺どうしたら良いと思う!?」
「は!? えっ、どうしたらって、えーっと……」
合点がいったのかまっすぐと受け止めた春波の肩を掴みかかった八雲に、素直に受け入れられると思っていなかったのか帰ってきた答えに困惑する様子を見せる春波。 そんな様子が面白かったのか川南の表情には笑みが浮かんでいた。
そこまで考えずに話してしまっていた上に、想定外のリアクションに思考がまとまらずにいたが、昔誰かに言われた言葉が春波の頭をよぎった。
「三城、お前はどうしたいんだ」
「俺がどうしたいか……?」
「他人の不確かな気持ちじゃない、自分の中の間違いのない気持ちに従ったほうが迷わないだろ。 部活、バレー好きなんだろ?」
「バレーは、誘われて始めて、練習キツイし痛いことも多いけど楽しくて好きだ! やっぱり今からでも一緒にやろうよ深海くん!」
「改めて僕に何を期待してるんだよそれは僕が入っても足手まといなだけだろ! 脱線した、じゃあ誘ってくれた先輩たちは好きか?」
「先輩たちは初心者だった俺にも優しくしてくれて、下手くそな俺をフォローしてくれてるし、厳しい事も俺のため言ってくれてることがわかるし本気で向き合ってくれてるってことだと思ってる、嫌いなわけない!」
「なら三城が余計な事に気を取られて負けるなんてこと……」
「いいわけないね!」
受け答えをしているうちにどんどんとその高身長が前のめりになっていくのに合わせれて春波は気圧されのけぞっていく。 どんどんと笑いが抑えられなくなり吹き出す手前の川南が視界に映り、春波はもうすぐこの場から立ち去りたいといった様子だ。
「深海くんありがとう、なんか掴めた気がする! 俺試合に戻るよ! また今度なにかお礼させて!」
勢いよくそう言い残しコートに戻っていった八雲に取り残されたような形になる。 八雲のその姿に呆然としていたがやがてバレーボールの音が耳に入ってきて、ようやく意識が戻ってきた。
「いやなんだあれ眩しっ……。 伝わったのかあれ……?」
「横で聞いてた俺にも何が言いたいかはなんとなくわかったから大丈夫じゃないかな? それにしてもなんて言ったっけ? 友達を無くす所、とか言ってたけど?」
「……触れるな触れるな。 いや、これは三城が良いやつすぎるのが問題だろ」
「それは違うだろう。 深海くんが三城くんに真摯に向かい合って、それが伝わったから君の思っていたようにはならなかったって事だよ」
「だったらいいけどさ……」
安心したのか呆れたのか、春波から怯えた様子はすっかりとなくなったようで川南も軽く安堵のため息を付いた。 川南からしてみれば特定の友人はもちろんいるが、コミュニケーションエラーによる離縁など珍しい例では無いと思っていた。 なのに目の前のこの少年はそれに対して普通ではない怯え方をしているように映った。
目の前の人間にまっすぐとぶつかりにいった事に憧憬も少し。 それは川南にとって難しいものであったから余計にだ 。
「やっぱり深海くんとはお近づきになりたいと思えるひと幕だったね」
「……うるせー。 ほっとけ」
「恥ずかしさを誤魔化す時に少し子供っぽくなるのもギャップを感じて良いね」
こんちくしょうめ。 すこしおぞけを感じつつそう言われてしまうのであればもう何も言わない方がいいな、と口を噤む。
楽しげな様子だった川南だが、ふと真面目な表情を浮かべ口を開いた。
「ある程度天宮から情報は送られてきてると思うけど、そろそろ特定出来そうだってさ」
「いや、来てるけどマジで一人一人聞いて回ってんのか? それに聞いたとしても確証なんて……」
「それが出来るのがあの二人だって覚えててくれれば良いよ。 いつか天宮と進藤に直接聞いてみたら良い」
「そこではぐらかすのか……」
「違うよ。 今の俺からは深海くんを納得させられるだけの言葉を出せないだけだ。 君に対して不誠実な事はしたくないし、ぶっちゃけ言っても混乱するだけだろうから」
気づくと人目のあるにも関わらず砕けた雰囲気の川南の言葉に、真摯さを感じると春波はくすぐったい気持ちになる。
「んじゃあ待ちますか。 噂自体は少しづつ収まってる感じはするけどぼっちの僕には実情がわかんないしな」
「ぼっちなんて言うがそれこそ君は水瀬さんに直接聞けばいいんじゃないか」
失念していたわけではないが、川南が水瀬に告白した、好きだったというのは動かない事実であるはずだ。 今の言葉にどんな思いが乗っているのかと考えようとするが、先程八雲に対して言った言葉を思い出し、反面教師にならないようにと問いかける。
「川南は、好きな相手の近くにこんな自分以外の人間がいるなんて不快じゃないのか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます