6月1週 「勝手に入って来たら良いじゃん」
水瀬の誕生日の放課後。
友人から祝われ、プレゼントを貰ったり、昼はリクエスト通りのハンバーグを食べ、1度帰宅した後制服のまま目的地へと歩く。
水瀬自身が余裕を持てたのもあり最近は沈んだ様子もなく、下手に近づいてくる人間にも強い拒否ではなく軽くいなすようになったのもあってか、少しづつではあるが不愉快に感じる視線は減ったように感じていた。
実際は周囲に大きな変化は無く、水瀬自身の心持ちがそれを気にせずいられるまでになったのだが。
真優良の事もあるのでしばらくは現状維持だろうが、それでも以前とは比べものにならないくらいしっかりとした足取りを見せていた。
誕生日ではあるが今日も父は遅いと連絡があったし、母に会えるのも約束である日曜を待たねばならないが、それもしっかりと受け止められている。
ナビアプリを頼りに目指していたマンションに着く。 住宅街の中にあり駅からは少し歩くがそれほど遠いわけでも無い、水瀬から見ても悪くない立地に思えた。
到着した旨をメッセージで送ると、エントランスの玄関前で待っててくれ、暑かったらオートロック前まで入っても大丈夫、とすぐ返信が来た。
「お言葉に甘えて……」
梅雨に入ってはいるがちょうど天気にも恵まれ、強めの陽射しを感じていたので大人しく入り口の自動ドアを抜け中に入り、再度連絡を待つ。
建物の外観から中に入るまで、水瀬は一人暮らしにしては随分と良い場所じゃないのか、という印象を受けた。 セキュリティもしっかりしてそうで、一人暮らしをするにはこれくらいあると安心かな、なんて考えながら連絡を待つ。
開くことのないオートロックのドアの前で待っている間、昨日の事をふと思い出す。
触れた手の感触。 真優良たち女子の友達とは違った少し骨張った、ゴツゴツした手。 前から少し気になってたけど、まじまじと見るとやっぱり荒れていて。
彼は誰にも迷惑かけてない、なんて言うけどそういう問題じゃなくて。
あれより酷くなったら痛みも出てくる筈なのにそんな自分の事なんて気にしてなさそうに振る舞うのを見て、放っておけなくて。彼に声をかけられるまでついずっと触ってしまっていた事が恥ずかしい。
「……いや、深海くんも悪いでしょ。 なによあのリアクションは」
あんな恥ずかしそうに顔を真っ赤にして目を逸らす、なんて初心な反応をされるとこっちも恥ずかしくなるに決まっている。 いや、私も今までそんな経験殆どないから初心と言う所はブーメランなのだけれど。
しかし、そんなお互い恥ずかしがってる時見た彼の姿に。 少し可愛い、なんて思ったことは口に出せない。
そんな風に思考を巡らせていると、マンションに誰かが入ってきた。 ビニール袋を片手に持ち、黒髪のショートカットを揺らした30代に見える女性が水瀬を捉えると微笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
挨拶をするなり、呼び出しのインターホンを操作するその女性の様子を見ていると、インターホンから返ってきた反応に水瀬は驚くことになる。
『はい』
「はるなー、私が来たぞ、開けなー?」
「えっ?」
水瀬が待っている少年の名前が呼ばれ、つい声が漏れた。
『……は!?
「おうおう、良いリアクション取れるようになってるじゃん? 深海のお
『ああもう、タイミングの悪い……というか、鍵持ってるでしょ、勝手に入って来たら良いじゃん』
聞こえてくる会話に、心が締め付けられるのを感じる。 直接そう言われた訳ではないというのは重々承知だ。 だが、珠音と呼ばれた目の前の女性にかけられたその言葉の違いに、胸を掻きむしりたくなるような衝動に駆られる。
「男子高校生の一人暮らしに急に入ったら悪いだろ、なにしてるかわかったもんじゃないしな?」
『ああはい、お気遣いどーも……今開けるから」
うんざりとしてそうな声を後にインターホンの声が途切れ、オートロックのドアが開き珠音がそのまま中に入ろうとした瞬間。
「あの、すいません!」
「へっ?」
その腕が掴まれ引き止められる。 珠音はまさか無関係と思っていたそこにいた女子高生に引き止められるとは露程も思わず、きょとんとした表情を浮かべている。
水瀬は引き止めたは良いものの、その行動は衝動的なものでどうしたいのかが頭の中にはまとまっていなかった。 だが、引き止めた以上何か言わなければと、胸の内から言葉を絞り出した。
「あの、深海くんの、えっと、親族の方ですか……?」
「えっ、もしかして春波の友達? ここで春波を待ってたの?」
その言葉に、水瀬は素直に返事を返すことが出来なかった。
私と彼は友達なんだろうか。
他人と言ってしまうには距離が近いのは自覚している。 だが出会いから何から普通じゃない中で積み上げられている今の関係性を、友達と言ってしまうのはどこか抵抗があった。
そうして黙ってしまった水瀬を前に、珠音はやれやれと言った様子を見せる。
「まあ、ここで立ち話もなんだし一緒に行こっか!」
「ちょっ、えぇっ!?」
「はい、じゃあレッツゴー!」
意気揚々と手を引かれ、開かれたオートロックの扉を2人は抜けていった。
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