6月1週 「焦ってから回っちゃえばいいんだ」
テストの結果が帰ってきて、総合的な結果も渡された日の昼。
「12位……」
空き教室で春波は結果が書かれた紙を見ていた。
各教科の点数に加え平均点、最後に学年で何番目かが記されている小さな紙を確認し、前回の学年末テストから考えても出来は良いと言えた。
今までよりも良い結果になったのは、やはり勉強量が増えたのもあるだろうが。
「滝には感謝しないとだな……」
この結果なら叔父も納得してくれるだろう。 現状維持どころではなく上がっているのであれば文句は無いはずだ。
そんな風に考えていると扉を開けようとする音が聞こえてきて、それを合図に弁当箱が入った手提げに手を伸ばす。
「やっほー。 おつかれ」
「おう、おつかれさん」
春波は弁当を用意しながらこちらに来る水瀬へと声をかける。
「テスト、前より順位良くなったわ。 感謝してる」
「どういたしまして。 私も前より良かったからお互い様だけどね」
「お前、元々良かっただろ? それが上がったってどうなったんだ」
「ふふふ、なんと2位。 実質トップといっても過言じゃないわ」
「過言……じゃないか。 どうせまたオール満点の例外が1位だろうからな」
「そういう事。 だから私も、深海くんには感謝してるよ」
水瀬は席につき春波を正面から真っ直ぐ見ると、ストレートに言葉を投げかける。
「僕の方が教えてもらう頻度多かったから殆ど滝自身の努力の結果だろ」
「ううん、そうじゃなくて」
「……?」
「余裕のないままだったらきっとここまで出来なかったと思う。 深海くんがここにいさせてくれて、肩の力を抜いてくれたからこれだけ出来た。 だから、ありがとう」
柔らかな微笑みと共に浴びせられた眩しいほどの感謝に、春波は言葉が詰まってしまうが、やがて少し後ろめたい様子を見せながら口を開いた。
「そもそもここは勝手に使ってるだけで僕だけの物じゃないし、言ったと思うけど重苦しい空気出されたら僕まで気分悪くなるってだけだから。 滝の為にやってるわけじゃない」
「最初のもう来るなから随分言うことが変わったねぇ。 はいはい、そういう事にしとくけど感謝してる事は覚えておいてね」
春波の言い分は聞く気もなくそう言い切る水瀬。
恥ずかしさを抑えながらも準備を進めようとした瞬間。
誰かが扉を開けようとする音が響いた。
「……えっ?」
水瀬は驚いた様子だが、春波は焦ることなく声を潜めた。
「たまに巡回してる先生が閉まってるか確認してるんだ。 軽く力を入れて開かない事だけ確認してるから開けるのにコツがいるここはよっぽど大丈夫」
「う、うん」
だが、春波の言葉とは裏腹に扉を開けようとする音は納まらずむしろどんどんと激しさを増していく。
流石におかしいと思った矢先、扉の外から声が聞こえてきた。
「んー? 入っていったのはここで間違いないんだけなぁー? あ、解った、少し持ち上げて……」
「え、この声……」
瞬間、扉が勢いよく開け放たれ、そこには1人の少女が立っていた
「ここが!! あの女のハウ………………?」
その少女……月影 真優良はその垂れた目で空き教室の中を見た瞬間硬直する。
教室の真ん中にいる友人の少女。 一緒にいるのは見知らぬ少年。 並べられた机の上に広げられた弁当。
それらを確認し、頭の中で処理し、やがて硬直が解ける。
「……スじゃなくて2人の愛の巣でしたか。 これは失礼いたしました」
そう言い残し扉がゆっくり閉められた。
「…………………ま、待ちなさい真優良!!」
急な出来事にこちらも固まっていたが意識を取り戻した瞬間勢いよく空き教室の外へ飛び出していく水瀬。
その様子に完全に取り残された春波は。
「僕の平穏……………………」
最早、この空き教室が以前の様な空間に戻ることは絶対にないんだなと強く実感させられるのだった。
◇
「まあ、なんでこうなってるかはとりあえず解ったけど……いや解らないんだけども」
空き教室の真ん中に並べられた机に、水瀬と真優良が座りそれぞれの弁当を食べ終え、これまでの経緯を聞いていた。
春波はというと、そこから少し離れた場所に新たに用意した机で、遠巻きに水瀬達の様子を見ながら自分の弁当を食べていた。
水瀬に捕まり空き教室に引きずり込まれた真優良は一通り今までの事を説明された結果出てきた言葉が先程のものだった。
言われていることは解るけどどうしてそうなるのかは解らないといった様子でうんうんと唸っている。
「みなっち、正直に言わせてもらうとね、流されすぎだと思うの」
「………………ぐぅ」
「ぐうの音を実際出すやつ見たのは初めてだな」
キッと睨みつけるような視線が春波に飛ばされるも、そんな事はお構いなく春波は食べ進める。
「だって、あの時は余裕なかったし、お腹空いてたし、お弁当美味しかったし……」
「えっと、深海くん? は今のところ問題無さそうだけど、男子なんて何するかわかんないんだから」
「……真優良がそう思うのはしょうがないけど、深海くんは大丈夫だと思ってるから。 あまり心配しないで」
「僕が言うのもなんだけど、月影さんの言うとおりだと思うぞ。 こんな所で男子と二人きりなんて普通のシチュエーションじゃないからな。 教師に見つかったら問題にされそうだ」
「そうだけど、でもまだそこまで長い時間じゃないけどアンタとここにいて、そういう人間じゃないって事は解ってるから」
水瀬の曇りのない信頼に、照れくさくなり春波は顔をそらしてしまう。 一方真優良はむむむ、と不満げな表情を浮かべていた。
「ねえ、やっぱりお昼は空ちゃん達と一緒にいようよ。 みんな助けてくれるから、」
「ありがと。 でも私のせいでみんなが嫌な思いする事はないから。 それに真優良が1番辛い思いをするでしょ」
「だ、大丈夫だもん。 我慢出来るんだから」
「そもそも我慢もさせたくないの。 じゃあ、そこの深海くんに10秒間触ってられたら良いよ」
「は?」
「っ、で、出来る、出来るから、見てて」
恐る恐る立ち上がり、春波へと近づく真優良。 目線は定まらず、ゆっくりと自分の意志に反する怯えたような歩みで。
その明らかに普通じゃない様子に、春波は焦り咎める為の言葉を水瀬に飛ばそうとした時、水瀬が真剣な顔をこちらに向け、何もするなと言うかのごとく首を横に振る。
やがて春波の前まで来ると体を左手を胸元で強く握りしめながらも右手を恐る恐る伸ばし、ゆっくりと指先で春波の手に触れた。
その状態を1秒、2秒と維持していたもののそれに伴いどんどんと息が浅くなり、やがて跳ねるように手を離しその場から飛び退きうずくまってしまった。
「おい滝、なんとなくは解るけど説明しろ、やりすぎじゃないのか」
水瀬は真優良の元に寄り添い、肩を抱き落ち着かせるように撫でる。
「付き合ってくれてありがとね。まあお察しの通りこの子男子がダメなのよ。 距離ある状態で話すとかなら良いんだけどね。 いつまでもこのままじゃダメだし、私と繋がりある人だったらまだ大丈夫かなと思ったんだけど」
やがて落ち着いた様子の真優良が、情けなさそうに口を開いた。
「うううう、ごめんねぇ、みなっちが大変な時にちゃんと力になれなくて……」
「私の事より自分の心配しなさい。 まあ、こんな子が私に今向けられている物を一緒に浴び続けるのはちょっと酷でしょ」
「なるほどな……」
他者からの好奇の視線は少ないながらも先日春波も味わった物だが、決して快い物とは言い難かった。 目の前でうずくまっている真優良が注目を集めることを良く思わないであろう事は見てとれた。 それが男性からの物も多分に含まれることを考えると平常心を保つのは難しいだろう。
「だから落ち着くまでお昼は別になるから、空達にもそう言っておいて。 あ、でもこの場所とか深海くんの事は黙っておいてちょうだいね。 詮索されても答えづらいし」
「空ちゃんがまた荒れそうだからとりあえずは言わないよ……でも、」
真優良は春波と水瀬を交互に見ると、納得したような、だがどこか不服そうな顔を見せる。 やがて立ち上がると、スマホを取り出した。
「とっ、とりあえず、連絡先だけ教えてといてくれると……」
「えっああ、うん」
狼狽えながら返事をするなり水瀬が春波に近寄ると、そのまま水瀬を経由してスマホを真優良に渡した。
そもそもスマホがない状態から、水瀬、八雲、川南達と続き今度は真優良とどんどんと連絡先が増えていく状況になるとは少し前の春波は考えもしていないことだった。
一通り操作を終え逆の流れでスマホを春波に返すと、真優良は少し不貞腐れた様子で自分の荷物の元へ向かった。
「私は先に教室戻るから。 みなっちも授業遅れないようにねぇ」
「うん。 真優良」
「なに?」
「気にしてくれて、私のしたいようにさせてくれてありがとう」
「そもそも私を気遣ってのことだもん。 そんなの何にも言えないし、それに……」
「?」
真優良は少し離れた位置で座って様子を見ていた少年に視線を飛ばす。
「…なんだ?」
「……なんでもなーい。 ふんだ」
「ある言い方だろそれは」
「ないったらないの。 じゃあね!」
荷物を持ち扉を開けると駆け足で去っていく真優良を見送ると、水瀬も弁当箱をまとめ、春波へと渡した。
「私も戻るから、今日もご馳走様でした」
「おう、お粗末さまでした。 しかし、なんか、色々あったな……」
「ごめんね、今日は騒がしくして」
「ああ、まあ、いいよ……」
予想外の乱入者との出来事に頭を悩ませることになりそうだったが、また後日改めてと言われ一旦考えることをやめる春波。
この場はこれで終わったかに思えたが、この後春波はさらに頭を悩ませることになるのだった。
◇
「深海くん、また明日」
「おう三城、またあし……?」
テストも終わったので、意気揚々と部活へ向かおうとする八雲が春波に向かって声をかけた時、春波は自分のスマホが震えるのを感じ、取り出し確認した瞬間動揺が走った。
それは表情にも出ていたらしく、以前ほどではないが動揺した様子を見せなかった春波のその態度に八雲が不思議そうな顔を浮かべる。
「何かあった……?」
「いや、大丈夫、なんでもない、わけでもないけど、気にしなくていいから」
「いやでも」
「ないったら、ない。 OK?」
「う、うん」
八雲を無理やり説き伏せ、改めて送られてきた内容を思い返し頭を悩ませる。 わざわざ教えてきて一体何のつもりなんだ。 まさかこれを教えるためだけに連絡先交換した? しかし、認識した以上無視したら何か言われるか、などなど考えつづけ硬直している。
手に握られたスマホには、その原因となった文字列が静かに光っていた。
月影:明後日みなっちの誕生日だから
「……焦ってから回っちゃえばいいんだ。 ふんだ」
「真優良ー、帰るよー?」
「今行くー」
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