5月4週 「完璧超人というには性格が悪いな」

 一週間と少しが過ぎ、テストが終わり、半日で学校が終わる日。



 昼に空き教室に集まり、昼食をとり、そのまま時間の許す限り2人で勉強するといった流れも自然となったが、流石に半日で終わっているのにわざわざ集まるのは、とこういった時は各々済ますことになった。



 それとは別に授業後泣きついてきた八雲を振り切る事が出来ず図書室で勉強に付き合う事もあったりしたが。



 水瀬の噂は相変わらず聞こえては来るが、少し時間が経ち新鮮味が無くなった事、または目の前のテストを無視できる人間は少なくなかったからか少し落ち着きを見せていた。



 しかし、推測の域ではあるが人が悪意を持って生んだ状況である以上は対策をしなければ次は別の形で被害を受けるかもしれない。



 そう考えていた春波は、半日のテストが終わったタイミングである場所に来ていた。



「……ここか」



 生徒会室、と書かれた教室の前で立ち止まる。



 あらかじめ話がある、と目的の人物には……接点が無かったので八雲を介してだが……連絡してあり、あちらがここを指定して来たので普段足を運ばない場所までこうして来ていた。



 深呼吸をして、ドアをノックする。



「どうぞ」


「……失礼します」



 ついかしこまった言い方になるが、自分の様な一般人はへりくだって丁度いいくらいだろう。



 入ると、教室内には長机が並んだ教室に男子生徒が3人。



 てっきり用がある人間1人だけだと思っていたから、少しのけぞってしまうが、それを見て向こうが口を開いた。



「ああ、この2人は生徒会も何も関係ない私の信頼する人間達だからどうか気にしないでくれ」


「……アンタにとって信頼できても俺にとってはそうじゃない」


「おい川南、そもそもなんで俺たち連れてこられてるんだよ」


「ちょっと力を借りたくてね。 天宮と進藤の嫁さんには悪いけどさ」


「その呼び方やめろっての……お前、いつかどこかで刺されそうだよな……」


「そうならない為にこうしてお願いしているんだよ」



 そう横にいる2人と話す目的の人物、同学年には完璧超人なんて呼ばれている生徒会長の川南 達也が春波の方へ向き直った。



「それで何の用だったかな? 深海 春波くん」



 メガネ越しの鋭い目が春波に向けられ、その様に少し圧されたもののわざわざ呼んだのはこちらなので、目的を果たせるように遠回しに言葉を発した。



「最近、会長に関する真偽が確かじゃない噂が聞こえてくるんだけど何かしたのか?」



 言いながら、やはりわざとらしいし曖昧すぎたかと黙ってこちらをただじっと見据える川南を前に二の句が告げなくなる。



 やがて、天宮と呼ばれた方の少年が口を開いた。



「川南、この人はお前を悪い意味でどうこうするつもりはないから一先ず気を抜け。 というか、多分素でいいぞ」


「……本当か?」


「俺がそう思った、で足りないか?」


「解った……っはぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ」



 言うなり大きく息を吐きメガネを外し髪を思いっきり掻きむしる。



 先ほどの真面目そうで整った様子から一変し、髪を乱し制服の胸元のボタンを外し背もたれに乱暴に体重を預け改めて少し緩んだ目つきで春波を見る。



「いやーマジでいきなり知らん生徒から呼びつけられたから何されるかと思ってめっちゃ緊張したぁ〜! とうとう預かりしらん所で溜まった恨みをぶつけられるところまで来たかと思ったわ」


「えっ、はっ、なっ!?」



 春波のイメージからはほぼ正反対の態度を急に見せられたため何から突っ込めばいいか解らず困惑のままでいる春波であったが、そんな春波を置いてけぼりのまま川南は横にいる少年たちと話を進めていく。



「いやしかしわざわざオレを心配して話をしに来たって風にも見えないなぁ。 ……となると、オレ以外の事を気にしてるかそういう話自体が聞こえてくることが不快ってところかな」


「まあ今聞こえてくる噂の中心は川南じゃないしな。 それなのにわざわざお前の所に来たって事はある程度何が事実か把握してるんじゃないか」



 春波は天宮が発した言葉に心臓を掴まれた気持ちになる。



 まだ殆ど喋っていないにも関わらずこちらを見透かしたかのように言い当てられて冷や汗が止まらなくなる。



「……はーん。 オレは天宮達にしか相談してなかったから、つまりはそう言うことか。 水瀬さんになんて言われてきた?」



 一気に自分の行動の核心を暴かれたように感じるものの、冷静を振る舞いながらも川南達に改めて目的を話し出す。



「……別に滝に頼まれて来たわけじゃない。 何が事実かは確かに直接聞いたけど、だからってどうにかしろとか言われたわけじゃないよ。 今の状況がそもそも不快だから話に来たんだ」


「まあ水瀬さんはそうやって人を使うようなタイプじゃないわなぁ。 後は現場をたまたま見ていた人ってのがいる筈だからどっちかな、と思ってたけど自分で言ってくれてありがとう」


「……完璧超人というには性格が悪いな」


「あーーーーーーそれやめてくれよ! 自分で言ってるわけじゃないし好きで周りに愛想振りまいてるわけでもないんだから」



 どうやら今の川南の状況は自身が望んだものでは無さそうだ。 ならばやめればいいのに、と単純に言えない何かがあるんだろうなというのは察することが出来た。



「当事者のオレと水瀬さん、そしてオレが元々相談してた天宮しか知らない話が色んな話と一緒に広まってる。 おそらく誰か、もしくは複数に現場を見られてて、そこから広められてるんだろうな」


「滝は、お前に好意を持ってる人間から悪く言われたって言ってたぞ。 心当たりあるんじゃないか」


「……噂だけじゃなくて直接なにか言ってたのか。 心当たりはまあ、あるなぁ」



 苦い顔で自分の周りにいる人間の顔を思い浮かべている川南。



「水瀬さんにはホント悪いことをしたなぁ。 いきなり告白されたと思ったら急に学校ですごしづらくなるんだから」



 その言葉を聞いた天宮が呆れたような顔で川南を見た。



「そもそも俺に相談にきた矢先になんですぐに告白してんだよ。 まだ脈無い状態だったって自分で解ってたんだろ」


「いや、たまたま活動で2人きりになった時にな、こう、口から出たんだよ。 しょうがないんだって」


「まあわからんではないがなぁ……」



 少し恥ずかしそうに目を伏せながらそんな事をいう川南に、春波はどこか納得できなさそうな態度を見せる。 だが、今はそんな事はどうでもいいと話を戻す。



「それで、心当たりがあるならどうにかできないのか」


「まあ落ち着けっての。 確証や証拠があるわけじゃないから直接言ってもはぐらかされて終わりだろ、そこでこいつらの出番だ」



 横にいる2人を指す。 まるで元からこの話をするために人を呼んでいたかのような用意周到さだ。



「オレが直接動くと目立つからな。 天宮は元々交友関係が広いから色んな人に話を聞いてもらってその当人が間違いないと確かめてもらう」


「……俺は?」



 話に入れずただ聞いていただけになっていた進藤と呼ばれた少年がここでようやく口を開いた。 しかし、結局なぜわざわざ自分まで呼ばれたかは全く解っていなさそうだ。



「進藤は天宮に着いて一緒に話を聞いてもらえばいいよ。 その人を見て気になるところがあれば都度天宮に言ってくれれば」


「周到なことで」


「これくらいしないとね。 深海くんにも都度状況は共有するからそっちでもわかったことがあったら情報くれよな」


「……ただ、特定した所でという話でもあるわな。 結局広がった噂を0にするなんてのは無理だろ」


「そうだろうけど、出来ることはやりたいよ。 元々こんな風になる事を想定してたとは考えづらいし一先ず話を聞いて、それからだな」


「……そうなんだよな、いくらなんでも不自然に話が広がりすぎてる」



 天宮に何か思うところがあるのか考え込む様子を見せる。



「まあ、深海くんも何か進展あったら連絡くれよな。お礼はオレのおいえの力で出来ることならなんでも……イタタタタタ」



 考え込んでいた筈の天宮が川南の耳を思いっきり引っ張った。 勢いよく言ったのをが目に入り春波は思わず身構えてしまう



「その人を試すのと自虐を同時にやるのやめろっつの。 お前がダメなのはそういうところだぞ」


「分かったから手離せっていたいいたいいたい」


「ったく。 深海は大丈夫だって言ってるだろ」



 天宮が手を放すと川南は引っ張られていた耳を押さえながら痛そうにながらに天宮の顔色を窺っている。



 そんな様子を遠巻きに見ている春波は天宮の言動に疑問を抱いていた。 彼とは面識が無いはずだがどうしてそう言い切れるのだろうか。



 ふと気づくと、進藤が直ぐ側まで近づいてきて、じっと春波の事を見ていた。



「えっ……と、なんでしょうか」


「俺、進藤しんどう 未来みらい。 あっちの目つき悪いのが天宮あまみや 聡志さとしね。 よろしくー深海くん」


「よ、よろしく、進藤くん」



 言うなり春波の手を取りぐっと握手を交わしてくる。



 その光景に川南と天宮は驚きの表情を浮かべた。



「マジか、進藤が初見の人間に懐いてる」


「……まあ、未来の保証付きってなればもういいって解るだろ川南」


「はぇー……」



 間抜けな声を上げる川南を気にする余裕も無く状況に流される春波。 なんの確信があってこちらをそんな良いように判じてくるんだ。



 とりあえずの目的を果たしたと春波は生徒会室を出る。



 これでなるべく早く、今の状況が改善に向かえばという思いその場を去った。




 外からは再開された運動部の掛け声が響く。 残った3人はしばらく言葉を発さなかったものの、体から力を抜いた川南が2人に向かって問いかけた。



「それで、どうだった?」


「どう、とは」


「彼は水瀬さんをどう思ってるのかなーって」


「言うわけないだろ」


「知ってるけどさぁ。 あああああああああ羨ましい、だって今の状況でどこかでそういう話をしたってことだろ!? でも元はと言えば全部オレのせいだからさぁ、もう凹みまくるわ……」


「素もみせられないまま自爆していった上でその相手を苦しめてるわけだからな、まさしく踏んだり蹴ったり」


「会長大変そうだなぁ……何かあったら言ってくれれば力になるよ」


「おお、進藤が社交性まで得ている……まあ力は借りるけど、尻拭いはしっかりやるよ」


「まあ、こっちも声かけれるところからやろう。 女子の方は夕美にも手伝ってもらって当たっていくか」



 これからの動きを確認しながら、川南は身だしなみを整えながら生徒会室を後にした。

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