5月3週 「何考えてるんだか」

 話すのに時間をかけてしまったこともあり、結局ケーキは持ち帰りで買って(きっちり八雲に奢られて)解散となった。



 折角店内に入ったのに申し訳ない事をした、八雲には店にいる知り合いとやらに謝罪の意を伝えてもらうようお願いはしたが。また改めて行ってみようか。 1人で行くのもいいけど滝はこういうのも好きそうな……



「いやいやいやいやいや」



 住んでいるマンションのキッチンで1人声を出しながら自身の考えを否定する。 一体何を考えているんだ。



 夕食を終え、フォークを用意し箱を開けるとシンプルなショートケーキが顔を出した。



 丁寧にケーキフィルムを剥がし、ケーキを口に含む。



「……ここのケーキ、食べたことあるな……?」



 あの店自体は今日初めて連れて行かれた所だ。 と言う事は店内以外のどこかで口にしている筈。



 薄い記憶を漁ると、ここに来てからそういえば、と心当たりが見つかった。



「叔父さんが1回だけケーキ買ってきたな。 それと一緒だ」



 あれはいつだったか。 確か寒くなり始めた位だった筈、と思い返した瞬間、春波は頭を抱えることになった。



「10月……? もしかしてあれって誕生日ケーキだったって事……!?」



 その頃は今よりも気持ちの整理がついていなかったこともあり何故買ってきたのかなんて考える事も無く全く気づかず受け取っていた。



 叔父もその様子を見て口に出すのをやめたのだろうか。 思い返すと確かに少しその時は元気がなさそうだった様な……。



「気を遣わせてばっかりで本当に申し訳無いな」



 その時に比べるとまともな思考が出来るようになったと春波は自覚している。



 それは時間が経ったことも勿論あるが、人と再び関わるようになった部分が大きい。



「さて、洗い物一通りしたら明日の準備して、あれを読まなければ」



 あれとは、先日水瀬と一緒に行った本屋で買った完結していたマンガの事だ。



 今日、帰る前に八雲に話を振られたがまだ未読だった為必死に話すのを止め、読んだらまた教えるからと言い残した以上は読まねばならない。



 買った中で巻数が1番若い物を手に取り、動きが止まる。



 だが、春波の中にはまたもやめんどくさい思考が走り出していた。



「読んだら終わってしまう……。 いやでもそもそも続き買う気なかったのに買ってしまった以上は読まなきゃ………!! そもそも本当にこの巻からか……? 買った以上は読まなきゃだけども……………うおおぉぉぉぉぉ」



 1人で呻き声を上げながら葛藤していたが、意を決してシュリンクを破り、読み始める。



 その瞬間から、さっきまでの考えは頭の中から綺麗に消え、目の前の世界に没頭していった。



 ◇



「来たよー……あれ」



 翌日昼、水瀬が空き教室で目にしたのは机に突っ伏し微動だにしない春波の姿だった。



「寝てる……?」



 水瀬がそこまで遅くきたわけではないが、春波は身じろぎもせずに寝入っていた。



 用意されている正面の席に座り、音を出さないようその姿を観察する。 普段見せる態度とは打って変わって静かなその寝顔は穏やかなものだった。



 言葉は乱暴なところがある。 明言されたことはないがおそらく料理だけでなくそれ以外の家のことも全て自分でこなしているであろう。 そして、どこか険がある雰囲気を纏っているように感じられる。



 そうせざるを得なかった部分が大きいのだろうか。 しかし今見える姿にはやはり同じ学年の少年なのだと実感させられる。



「何考えてるんだか……」



 流される形で始まったこの不思議な関係が、まだそこまで多くの時間を過ごしたわけではないが、水瀬にとって欠かせない時間になりつつあった。



 昼を用意してもらって一緒に食べている事への感謝と、なんだかんだと一緒に勉強する流れになりお互いに教え合うようになっていること、しかし何よりこの空き教室にいる間は彼と自分の2人だけで、気になる視線もしつこい絡み方をしてくる人間もいない。



 ここにいる時は周りに敵、少なくとも水瀬がそう認識している人間はいない。 そう言ってくれた。



 水瀬自身の周りが大きく変化したわけではない。



 だが学校という狭い世界の中にそういった場所ができたことは春波の思っている以上に水瀬の支えになっていた。



「ありがとね」



 彼に負担をかけているのは解っている。 あちらから言い出したことだがそれに甘えてしまっているのは事実だ。



 金銭面では今は受け取ってくれないがいつか何かしらの形で返さなきゃいけないと思っているし、早く自分が抱えている問題が解消するように動かなくてはいけない。



 親の事は自分の力でできる事はなく待つことしかできないが、噂の方は口で否定しても勝手に一人歩きしてしまっているのが現状だ。



 どうにかしないといけない。 いけないのだが。



 水瀬は目の前の少年の肩に手を起くと、体を静かに揺さぶり声をかける。



「ほら来たよ、起きて」


「んん……ああごめん、すぐ準備する…………」


「珍しく眠そうじゃない。 テスト期間入って夜遅くまで勉強してた?」


「いや、昨日の夜に一緒に本屋行った時に買った漫画読みだしたら止まらなくなってつい……」


「……随分余裕じゃないの。 わざわざ家で勉強する必要ありませんっての?」


「いつも勉強はしてるしそれもテスト期間に限った話じゃないから1日位は許してくれよ。 昼の授業も眠い中必死に起きて聞いてたんだから褒めてほしいくらいだ」


「はいはい、良く頑張りましたね。 いいから早く食べましょ」


「早く食うのはいいけどちゃんと味わって食べてくれよ」


「味わってるわよ。 そういう意味じゃないって」


「まあ毎度美味そうに食ってくれてるのは見てたら解るけどさ、言い方だよ」


「…………そう」



 この時間が続くのならば、まだこのままでもいいのかな。


 少し赤くなった頬でそんな事を思うのだった。

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