5月3週 「俺と友達になってくれないか」
「いやもう、ホントすいませんでした。 生きててごめんなさい」
「気にしてないよ……そこまで言わなくても」
1人暴走し思考がまとまらない春波を、八雲は落ち着けるようにと駅の近くにあるアンティークなカフェへと連れて来ていた。
「穴があったら入りたい……いや、もう自分で穴掘ってそれに入るから上から土かぶせてくれ……」
「自殺幇助なんてしたくないんだけど……ほら、ここケーキがすごい美味しいから好きなの選んで。 今日は奢るよ」
「こんな自分がそこまでしてもらうわけには……」
「ああもう面倒くさい! いいから選んで!!」
地の底に落ちている春波を無理矢理立たせるように切り捨てる八雲。
流石に相手がこう言ってくれている以上は、と面倒くさい自覚のある落ち込み方をやめ、改めて真正面から八雲に向き合う。
「本当にごめん。 ……いや、結局自分が許せないんだ。 視野が狭くなって相手をちゃんと見ずに言葉を投げてしまったことが」
「……」
「それは、今僕が嫌っている事そのものをやってしまったって事だから」
「……そっか。 やっぱり声をかけたのは間違いじゃなかったよ」
そう溢す八雲は姿勢を正し、正面の春波の目をまっすぐと見据えると、意を決して口を開いた。
「深海君、俺と友達になってくれないか」
「……おおう、」
「いや、そのリアクションはどっち……? こうやってハッキリと言うの結構恥ずかしいんだけど」
「ああごめん、あ、いや、なんか謝ってばっかりだな、ええっと」
春波は最近の揺らぐ自分の事を考える。
こちらに来て約1年。 友人を作らない、誰かに深入りしないと考えていたのに、水瀬と関わり始めそれがあっさりと覆されてしまっている。
こんな筈ではという思いと、その事を受け入れている自分がいるという事。
矛盾を抱えながらも、目の前の八雲に問いかける。
「そもそも、なんで僕なんかを気にしてたんだ?」
「羨ましかったんだ。 君の事が」
「こんなぼっちにそう見られる要素があると思えないけど」
「……俺はさ、今でこそこんなデカくなったけど中学の途中から一気に背が伸びたんだよね」
八雲は自身の事をつらつらと喋りだした。
「今でもそんな変わった自覚は無いんだけど、俺自体はそんな明るいタイプじゃなくてさ。 高校に入ったら目立つからか周りに人が集まるようになって、熱心な先輩に誘われてバレーも始めて。 意図せず高校デビューみたいになって、今までとはガラッと学校生活が変わって最初は楽しかった」
「……うん」
「でも、そのうち皆が話す会話の中で誰かの悪口が出たり、あざ笑うかのようなイジりだとか、噂話からそう見えるってだけで人の事を悪気なく叩くように話す事とかが増えてきて。 普段同じグループで話している人の事もその人がいない時に悪く言ってるのを見たとき、俺も同じように言われてるんじゃないかって不安になって」
ああ、よくある話だな。 なんて事を考えてしまうが、当事者からしたらたまったもんじゃないだろう。
きっと高校に入るまでは周りの友人に恵まれてたんだろう。人が集まればそう言った話が出てくるのは自然な流れではあることだと春波は思っている。 それを好むかどうかはまた別の話だが。
「よくある話しだと思うんだけどさ、いざ直面するとキツかったんだ。 中学までは恵まれてたなって痛感したよ」
春波が思っていた事と同じ事を口に出す八雲に、まるで心を読まれた気持ちになり内心に焦りが生まれる。
しかし実際に読まれた訳では無い。 どちらかというと考え方が似てるという事だ。 つまり、
「集団から離れて1人になるのも怖いってか」
「情けないけどね。 だからそういったしがらみに縛られてなさそうな深海君が羨ましかった」
「……ただのぼっちを高く見過ぎだよ」
「ただのぼっちじゃなかったじゃないか。 滝ちゃんと知り合いだったなんて気付かなかった」
「それは、偶然というか、たまたまだから。 意図してそうなったわけじゃない」
そんな言葉などお構いないように嬉しそうな顔でメニューを眺め始める八雲を前に、半ば諦めの気持ちで同じようにメニューに目を落とす。
「しかし、今まで図書室の本読んでるか勉強してる所しか見た事なかったのに急に携帯取り出したと思ったら今までずっと変わらなかった表情が崩れて笑顔を見せるもんだから何が起こったのかと思ってたけど、いやはや滝ちゃんか」
「っ!? いやお前、どれだけ僕のこと見てたんだよ!?」
「いや実際はたまたま見ちゃっただけだけど。 俺以外は誰も気にしてないと思う」
「……言っとくけど、あんまり邪推しないでくれよ。 そういうのじゃないから」
「俺としてはなんでもいいよ。 滝ちゃんに関する噂は最近変なのばかりだし興味もないのに話題に出るもんだからうんざりしてた所だったし、今の状況を気にいらないっていうのは同じだから」
「僕が嘘ついてる可能性もあるだろ」
「あれだけ人のために怒って自爆して凹んでるさまを見せといてよく言うねぇ。 それに嘘つく人はわざわざそんな事言わないよ。 深海君は本当にいい人だねぇ」
なんの反論も出なかった。 いい人だなんて断言されて恥ずかしすぎる。 みっともない所を晒してしまった以上、これ以上八雲を口先だけで疑わせるのは無理のある話だった。
「気を悪くさせたくないから詮索はしないよ。 言いたくなったら言ってくれたらいい」
「いやそもそも、まだ友達になるとは言ってない」
「え、あれ、ダメなの……?」
捨てられた子犬のような目線を飛ばす八雲を前に、否定の言葉が出なくなる。 結局自分が決めたことなどその程度なのだ、と自らを心のうちで責めつつも答えを出した。
「まあ、駄目ではない、よ……」
絞り出すような声で、それでも確かに。
言葉尻は弱々しくても、受け入れる言葉だった。
「ありがとう、これからよろしく! …… なんて挨拶するのも変、かな?」
「知らん。 そんな事よりいつまでも注文しないと追い出されないか不安だ。 さっさとなんか頼むぞ」
「ここの店員さん俺の知り合いだからある程度は大丈夫だよ。 というかグズって選んでないのは深海君の方だから、早く好きなの選びなよ」
「……そういえばそうだった」
柔らかな光に包まれる店内で、2人は少し慌ただしくメニューを開く。
春波は少し憑き物が落ちたような、認められたような。 胸の奥から思い出された物がひと粒心に染み込んでいった
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