5月3週 「お前らみたいなのがいるから」
テスト期間に入り、部活動も休みになり春波が帰る時間に同じように帰る人間が増えるようになった。
授業が終わり帰る準備をしながら今日の昼の事を思い返す。
あの大きめの弁当箱にちらし寿司をぎっしり詰めて来たが簡単に、それはそれは美味そうに綺麗サッパリ食べられてしまった。
甘く見ていたわけではないが、自身の弁当箱を空にした後「もうなくなっちゃった」と零すのを聞いた瞬間、体裁を気にせずもっと用意したほうがいいのか? という気持ちにさせられてしまった。 あの細い身体のどこに入っていってるんだ。
とりあえずは今のままで様子を見て、本当に足りなさそうなら作る量を調整しなければ、なんて考えていた時。
「深海君、ちょっといいかな」
普段は誰にも気にかけられることなく教室から出る所、そんなふうに引き止められる。
見ると、170cm程の春波が見上げる程の背丈の少年がそこに立っていた。
デカイし目立つから見たことはある。 同じクラスだった筈。 名前は……。
言葉を発さず思考を巡らせていると、話しかけた少年が困惑した様子を見せる。
「あれ、もしかして名前も知られてない……? それくらいは解ると思ってたんだけど」
「……ごめん」
「三城だよ。
爽やかを体現したような面立ちに茶色の髪の八雲が名乗ると、春波は不思議そうな顔を浮かべたまま問いかけた。
「それで、三城? 何か用事があったのか? 誰か先生が呼んでる?」
「えーっと……そういうわけじゃないんだけど」
後ろめたいことがあるかのような仕草を見せる八雲に、疑問を抱くと同時に少し警戒心を露わにする。
まともに交友関係を持っていない春波に学校以外の用事で話しかけてくるとなると、おそらくは昨日の事ありきで話しかけられてきているのではないか。
「何もないなら帰っていい?」
「待って、えっとさ、一緒に帰らない?」
「……はぁ?」
そう言われて、警戒心が解けない春波だったが、その時周囲から視線を集めていることに気づいた。
大柄な少年でこの感じだと、春波は普段は意識していないがクラスでも中心にいるタイプなのだろう。
そんな人物がクラスで浮いている人物に話しかけている。 そのことに気づいたクラスメイトが好奇の目をこちらに向けていた。
途端に居心地の悪さを感じ、今すぐこの場から抜け出したくなる。 …今、滝は学校で常にこんな居心地の悪さを感じているのだろうか。
「とりあえず、教室から出ようか。 ここに居続けると気分が悪くなりそうだ」
不愉快さを周りに主張するように、悪態をつく。
その言葉に八雲は周りの空気に気づいたのか、声を抑え申し訳なさそうに答えた。
「ごめん、そんなつもりは無かったんだ。 校門の前で待ってるから」
そそくさと荷物を持ち、友人であろう人間と挨拶を交わしながら教室を出る八雲を見送ると、少し遅れて教室を出る。
好奇の視線を背中で受け、胸の奥に痛みを感じながら。
◇
日はまだ高いものの薄暗い曇天の景色の中校門を抜け、道路沿いの道を春波と八雲は並んで歩いている。
その身長と見た目から自分とは関係なく視線を集める八雲を横目で見つつ、なるべく気にしないよう春波は無感情を装っている。
「さっきは申し訳ない。 まさかあんな空気になるなんて」
「相当に人気者らしいね。 これからはその影響力を考えて行動してくれると助かるよ」
「……好きでそうなったわけじゃないよ」
「ふーん。 で、結局何で話しかけてきたの」
ぶっきらぼうに、まるで相手を咎めるような態度で本題を切り出す。
どう思われても関係ない。 誰とも仲良くなんてならない。
その考えが春波の態度を攻撃的な物にしていた。
しかし八雲は、それを受けても折れること無く春波の方を向いた。
「深海君って、部活とかやってないの? いつも早く帰ってるよね」
「やってない」
「俺バレー部なんだけど練習とかすげー大変なの。 一緒にやらない?」
「やらない。 そんな余裕無い」
「えーっと……深海君は勉強出来る方? 俺てんでダメなんだよね」
「1年の学年末テストはそこそこだった。 学年で20位台だったはず」
「え、めっちゃ出来るじゃん! 良かったら一緒に勉強して、教えてくれない!?」
「やだ」
ことごとく話題を流されから回る八雲と、何が言いたいのか解らず少しづつ苛立ちが募る春波。
大きい体が小さく見えるほどに萎縮してしまっている八雲であったが、それでもめげずに話を続ける。
「そういえば昨日さ、本屋いたよね?」
――ああ、やっぱりか。
誰とも交友を持たない自分に話しかけてくる理由。 やっぱり昨日一緒にいるのを見て、滝と繋がりがあると近づいてきたんだな。
そう思った瞬間、春波の中に煮えたぎる感情が湧いてくる。 それをそのまま目の前の少年にぶつけた。
「……お前らみたいなのがいるから滝が安心出来ないんだ」
「え?」
「あいつの事情なんかなんかお構いなしに近づこうとうとして、磨り減ってる事にも気付かないで、それでヘラヘラ笑いやがって」
「ちょ、ちょ、ちょっとどうしたの」
「噂に踊らされて相手の事を考えようともしない奴とこれ以上話すことは無いよ」
そう言い捨て去ろうとすると、グッと強い力で肩を捕まれ引き止められる。
「落ち着いて、急にどうしたの、滝ちゃんがなに?」
「どうしたもこうしたも、昨日僕と滝が一緒にいたのを見て話しかけてきたんだろ?」
「えっ昨日滝ちゃんと一緒にいたの?」
「……………………………………え」
あれ。 なにかがおかしい。 いやこれはまさか。
「……本当に全然気にされてなかったんだなぁ。 昨日俺が本屋でマンガ見てたら隣に来てうんうん悩んだ結果数冊取って持っていったのを見たんだよ」
確かにその時は別行動だった。 いやけど。 そんなまさか。
「それが俺の好きな漫画だったし、元々深海君の事は気になってたし部活も休みの期間に入るから声かけるのには丁度いいかなって……」
どんどん自意識過剰の恥ずかしさと申し訳無さが膨れ上がる。 やはり、つまり、これは、
「俺の思った通りの人みたいで安心したけど、他人に興味無さそうだったのにまさかそんな繋がりがあったなんて思ってなかったなぁ」
自爆した………………。
八雲の顔を見る事も出来ず、やらかした事による混乱と酷い言葉をかけた罪悪感が春波を襲い続けることになるのだった。
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