5月3週 「ねえ、深海くん」
目的の買い物も終え後は帰るだけ、と思っていた所に水瀬がおもむろに口を開いた。
「ごめん、ちょっと本屋だけ寄ってもいい?」
「んー……まあ、いいけど」
本音を言えば叔父が来る日であることもありなるべく早く帰りたいところではあったが、ここで断るのもはばかられたので、不承不承ながらも本屋に入る。
水瀬について歩いていると新刊コーナーに以前買っていたマンガの新刊が出ているのが目に入った。
(え、帯に完結って書いてあるけど記憶の中の展開ではまだまだそういう感じじゃなかった筈だよな……!?)
こちらに来てから約1年とちょっと。 意識的に行く場所を絞っており、殆ど近くのスーパーとの往復と自宅周りのランニングくらいで、こういった場所に来るのは久しぶりの事だった。
「ちょ、ちょっと僕も見たいもの見てくる」
「ん、解った」
短い言葉を交わし、春波はマンガコーナーに足を運び、先程の作品の持っていない筈の分の既刊を確認する。
今まで買った分は元々の家に置いて来た新しいのだけ買うか、いやでも今更またこういうのを買ってしまったら、という葛藤があったが結局は無理矢理眠らせていただけの好奇心が顔を出し記憶を頼りに持っていないであろうところから新刊コーナーの最終巻までを手に取り水瀬の元に戻る。
「すまん、待たせた」
「全然良いよ……ってそれ。 …………今度アニメもやるやつじゃん。 買ってたんだ」
「ああ、まあ、うん」
参考書片手に何気ない会話をしてくる水瀬に、うまく言葉が出せない春波。
帯をよく見ると確かにそんな事が書いてあり、まさかそこまで人気がでていたなんて、知る人ぞ知る位のイメージだったのに、と自分が意図しての事だが世間との乖離をより一層感じる。
「き、気になってたのよね。 面白いの?」
サラッとそんな事を聞く水瀬だったが、春波はその言葉を聞いた途端固まってしまう。
僕は好き、いや万人受けするタイプの作劇じゃなかった筈、でもアニメ化するらしいし滝も名前は知っているくらいだから面白いと言い切っても良いのか? そもそも完結しているのに全部読んでない状態で評価を下すのは違うのでは?
固まったまま黙って思考をし続けて、少し経った後絞り出すように言葉を発した。
「まだ、最後まで読んでないから、一旦保留でお願いします」
「え、うん、解った」
軽く聞いたつもりが春波から得も言えぬプレッシャーを感じ、少しのけぞりながらその回答を受け入れ頷く水瀬。
よくわからないけど、面倒くさい部分に触れちゃったかな、と頭の中を過ぎっていった。
◇
それぞれの買い物を終え、駅への道を再び並んで歩く。
「ねえ、明日は何を作ってくるの?」
「……気になるか。 そりゃそうか」
いつかは説明しなきゃいけないな、と思っていたがこんなに早くそのタイミングが来るとは。
水瀬は気になったから聞いてるだけだろうから、間が良いのか悪いのか。
「明日は、ちらし寿司とお吸い物です。 生魚とかは入ってないタイプ」
「…………えぇ?」
およそ弁当にはなかなか入ってこないであろう物を言われて、水瀬は頭の上に疑問符が浮かんでいるかのような顔をしている。
関係のある事を簡潔に説明してわかってもらえるといいけど。
「えっと、基本的に夕食に作ったものとかをそのまま多めに作って弁当にするってパターンなんだけど、火曜日と金曜日は叔父さんが夕食を食べに来るんだ。 その都度リクエスト聞いてて、水曜日の弁当はそのリクエストされたものをそのままってパターンだから」
「ああ、じゃあ今日がその日だから明日のお弁当もって事ね……じゃあ先週のカレーもそういう事か」
「1日分弁当のメニューを考えなくていいのは助かるけどたまにああいうのがあるから、それはちょっと我慢してくれ」
それを聞いた水瀬は、何か考え込む仕草を見せる。
「ねえ、深海くん」
落ち着いた声で、どこか躊躇いを見せながら声に出す。
しかし、そのまま俯き呟くような息が漏れた。
「……なんでもない」
そのまま水瀬は喋らなくなり、春波も何を聞かれようとしたか検討がつかずどう声をかけたものかと悩んでいると、2人の耳にまたもや大きな腹の虫の音が聞こえてきた。
「……そうだよな。 このサイズの弁当箱を使うやつが昨日も今日もあの量で満足してるわけ無かったよな。 明日からは多めに作ってくるからさ、食いしん坊さんよ」
「な、ちょ、ちが、う、うぅ〜〜〜〜〜〜〜!!」
否定したくても空腹を感じている事実を否定できず、顔を赤くし呻き声をあげる水瀬に、自然とやわらかな笑みが溢れる。
それを見た水瀬は少しほうけた様子を見せるが、すぐ我に帰るとスタスタと駅への道を歩き出した。
「駅前でハンバーガーでも食うか? 晩飯には早いだろ」
「い、いらない! 帰ってからちゃんと食べるから!」
そう返した途端、再び大きな腹の音が響き、水瀬は恥ずかしさから足を止め赤面した顔を隠すようにうずくまってしまった。
まるで子どものようなその仕草に再び笑みを浮かべつつ、なだめるように声をかける。
「僕も腹減ったからなんか食うの付き合ってくれ、嫌ならそのまま帰ればいい」
「……行く。 お金は私が出すから」
「いらないって。 それぞれ自分の分出せばいいだろ」
「むぅ……結構頑固だな」
そう言って駅へとお互い少し早くなった歩みで進んでいく。
叔父さんには申し訳ないが、また少し遅れると連絡を入れておこう。
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