5月2週  「変なやつだなぁ」

 たき 水瀬みなせは最近の自身の心の余裕がなくなっている自覚はあった。



 誰もいない筈の空き教室で会った少年と予想外の約束を交わしてから待ってくれていた友人と合流し帰った後、スマホを開いてデリバリーのアプリを開く。



「何食べようかなぁ」



 母親の手術、それに合わせて父親も家にいない状態。



 手術後も母がどうなるかわからない不安、さらに普段から人がいた家から誰もいなくなり自宅から音が消えた状態は水瀬自身が思っていたよりも心を圧迫していた。



「寂しいなぁ……」



 そんな言葉が口から漏れる。



 そこに重ねて学校での出来事だ。



 噂の中では告白されて相手をフッたのは、相手があの完璧超人こと生徒会長だったというのだけは事実だった。



 以前から行事ごとで関わりはあったがまさかそう思われていたなんて。



 丁重にお断りしたし、彼も納得してその場は終わった。



 問題はそこからだった。 しかも彼ではなく、彼の……悪い言い方をしてしまえば、取り巻き達だ。



 2人しかいないと思っていた告白の顛末をどこで知ったのかその中でも女性の生徒たちに詰められた。



 自身が選ばれなかった嫉妬とか、どうして受け入れなかったとかいう彼を上に置いているかのような発言とかをぶつけられて。



 その場から逃げ出して、別棟まで逃げ込んだ先で見つけたのがあの空き教室だった。



 普段なら受け流せていただろうその言葉が、不安に満ちた水瀬の心を軋ませた。そして周りの目が無くなったと感じた瞬間にとうとう涙が止まらなくなってしまった。



 そんな時、不意に人の気配を感じて見ると知らない少年がそこに立っていた。



 髪はそこまで長くない黒髪で切りそろえられており、ボサッとした感じは見受けられない。 細身のその少年は清潔感はあるが特筆すべき所も無いというのが水瀬の最初の印象だった。



 そんな平凡に見える少年に、まさかあんな扱いを受けるとはまさか思いしなかったが。



 哀れんでほしいわけではなかったが、頼んで了承のような言葉が返って来たにも関わらず居座られて、全く水瀬のことを配慮しない行動に振り回された。



 しかし、そのことで胸中を支配していた負の感情が誤魔化されたのもまた事実だった。



「変なやつだなぁ……」



 次の日に登校した時、明らかにこちらを見る目線が増えていることに気づく。



 心地いいものでは無く、こちらを値踏みするような不快な視線。



 じきに、おかしな話が次々と耳に入り始める。



 事実の中に、それ以外の方が圧倒的に多い整合性の取れないような噂の数々。



 そんな根も葉もない噂を間に受けこちらに近づいてくる人達にこちらに配慮の無い言葉を無遠慮に投げかけられた。



 味方してくれる人はもちろんいる。



 だが、自分がいるだけでそんな人達を巻き込んで迷惑かけるわけにもいかないと、学校内では可能な限り距離を置こうと思った。



 それで再び逃げ込んだ空き教室で彼に噂の話をされた時、ああこいつも奴らと同類だったのかと頭に血が上ってバカにしたと取られてもおかしくない言葉をぶつけかけた。



 それでも彼はこちらを落ち着かせて、さらにはこちらを慮るような言葉までかけてきたて、自分の考えを冷静に打ち明けてくれて、とても安心したというのが正直なところだ。



「食いしん坊じゃないし……」



 そんな彼の弁当が美味しそうでつい見てしまって、そしたら手を付けてないからと分けてくれて。



 冷たいのに美味しくて暖かく感じて。



 今日まで疲弊し固まった心を解かれたように感じて、涙が出てきたのかな……と、昼が終わって教室に戻ってから思った。



 それを放課後、予想外の呼び出しを受け再び行った空き教室で本当に待っていた彼に素直に打ち明けたら、あれよあれよとお弁当を作ってもらうことになってしまった。



「……いや、そうはならんでしょ」



 コンビニで買ったものに満足してないのは事実で、案外見られてた事に少し気恥ずかしさも感じていたけれど。



 余裕がない事を見抜かれ、有無を言わさぬ勢いに押され、美味しかった記憶を反芻して、つい受け入れてしまった。



 だけどお金の話を出した時、いやおそらくそこが焦点じゃないけれど、あからさまに不自然に話を押し通そうとしてきた事は一旦保留だ。



 いつかまとめて返すため記録でもつけておこう、と考えながら水瀬はデリバリーアプリの操作を再開した。



 店を選び適当にメニューを追加していくもののあまり気乗りしない様子で、ふと動きが止まると追加したメニューを次々にキャンセルしていった。



「まあ、今日はもうなんでもいいか」



 そう言って立ち上がると外へ出てコンビニへ向かい、適当な弁当とサラダを買うと自宅へと帰る。



 レンジで温めキッチンの机に並べると、言葉も無く食事を始めた。 黙々と食べすすめるその姿はとてもつまらなそうだ。



「……寂しいなぁ」



 再び漏れた、誰に向けたわけでもないそんな呟きが無為になり部屋の中で消えていった。



  ◇



 月曜日。



 学校まで行く道の途中のコンビニ前で、1人の少女が水瀬に近付いてきた。



「みなっちおはよ〜。 気分は大丈夫?」


「おはよう真優良。 わざわざこんなところまでありがと」


「みなっちのためなら溶岩でも渡ってみせるよ〜」


「怖いってば……」



 そう言いながらも笑みを浮かべる水瀬を見て、月影 真優良はふにゃりとした顔で笑う。



 中学からの付き合いである2人は家は別方向ではあったが、水瀬の最近の状況を鑑みて真優良が自主的に朝と帰り、授業間の時間も可能な限りは水瀬の側から離れず露払いのような事を行っていた。



 それが嬉しくもあり、申し訳なくもあり。



「今日もお昼は1人でどこかいっちゃうの〜?」


「うん、私の巻き添えで迷惑かけたくないから。 しばらくは空たちと一緒に食べてて」



 1人ではないんだけど、とは口に出せなかった。



 彼は自身のスタンスをまっすぐ示してくれたから水瀬はその点では信用しているが、今水瀬に近づいてくる男たちを見ている真優良にとっては他人であり、攻撃的な言葉をかけてしまうかもしれない。 それに彼女自身の事を考えれば巻き込むのは以ての外だった。



 せっかく出来た落ち着ける場所を無くしたくはない、と打算的な考えがあることも事実で大切な友人を騙していることに胸が痛む。



 しかし、先日までと違い学校へ向かう足取りは少し軽いものになっている。



 一体何を作ってきてくれるのか、なんて期待を胸に抱いて学校までの道を歩いて行くのだった。

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