5月2週  「放っておいたら駄目だと思ったんだ」

「何やってるんだ僕は」



 放課後の空き教室。



 午後の授業の間に徐々に冷静になり、春波はるなは自分の起こした行動を思い返し机に突っ伏して昼の自分の行動に羞恥と後悔を繰り返していた。



「出来れば来てくれってなんだよぉ……」



 来るわけ無いだろ。 しかし言い捨てた手前帰るわけにもいかずこうやって座って待っている。



 今日の夜は叔父が来る都合上遅くなるわけにもいかない、だが待ってなければいけないと自分の勢いだけの行動をただただ自省する中、扉を動かす音が聞こえてきた。



「……本当にいた」


「……言った以上はな」


「来なかったらどうしてたのよ」


「まあ部活が終わる時間くらいには帰ってたかな。 あれでまさか本当に来るとは」



 水瀬みなせが現れたことにより、表向きは冷静な態度を見せるが、心中は安心感が広がっていく。 しかし、本当の問題はここからだった。



「で、わざわざ、急に呼び出したのはなんでなの」


「なんでだろうなぁ……」


「ふざけてないで真面目に答えて」


「真面目だよ」


「……はぁ!?」



 そう、勢いで呼び出したはいいもののどうしたいかなんて全く考えていなかった。



 なので、春波はあの時に感じていた事を素直に打ち明ける。



「多分、あのまま放っておいたら駄目だと思ったんだ」



 これは自己満足だ。 あの涙を見たときに自分の中に感じた苦しみをどうにかしたかった。



「……僕の弁当食って泣き出したみたいだろあれだと。 それで気にするなってのも無理だ」


「それはっ……アンタが悪いわけじゃない」


「じゃあ、なに」


「……」



 水瀬は黙り、春波を見据えている。



 まるで見定めるかのような視線に刺され、自分の苦しさを見抜かれたような気持ちを抱くが、やがて静かに話しだした。



「うち、しばらくお母さんが入院してるの。 お父さんも普段から仕事で遅いし、お見舞いにもいってるし、たまにいても料理出来ないからデリバリーとか外食ばかりで」



 淡々と、簡潔に。 まるで自分のことではないかのように。



「そんな中で、急に変な噂ばっかりで色んな人に嫌な絡み方されるし、視線を常に感じるしで、教室から逃げてここを見つけたの」



 嘘はついていないと思う。 だがそれだけでもないと感じた。



 なら、なんであの時泣いていたんだ。 何かがあったんじゃないか。



「多分、疲れてたのかな。 誰かの手料理って言えるのも食べたのが久しぶりだったから。 美味しかったしね? それで涙が出てきちゃったんだと思う」



 こちらを少しからかうようにそんな事を言う水瀬。



「だから深海くんは悪くないの。 全部私が原因だからあまり気にしないで」


「……」


「しかし、一昨日はあれだけ薄情だったのにずいぶん気にかけるじゃない? 無いとか言っておきながら私のこと好きになっちゃった?」


「……ねーよ。 あの時は知らない奴だったけど、一応顔見知りくらいにはなっただろ。 それを僕のせいで泣かせたとなったら後味悪いし気まずかっただけだ」


「なーんだ。 もしそうならこれからもお弁当作ってくれるかなと思ったのに」



 ふざけた様子で言う水瀬。 しかしそれを聞いた春波は至って真面目な表情で考え込むと、落ち着いた様子で答えを出した。



「……良いよ。 それくらい作ってきてやる」


「…………へっ?」



 予想外の返答に間の抜けた声が漏れる。



「どうせ毎日作るし、二人分でも手間は変わらないから。 来週もどうせここにくるんだろ」


「ちょ、ちょっと待ってよ。 冗談、冗談だから!」


「それに!」


「はいっ!?」


「コンビニ飯を辛気臭い顔で食ってる奴と同じ場所にいたらこっちの飯まで不味くなる。 どうせ同じ空間で食うなら、今日みたいに元気そうに美味しいって言ってくれた方が全然いい」



 有無を言わせぬ勢いで理屈を叩きつける。 それを受けた水瀬は少しのけぞりながらも、昼に食べた時を思い出していたのかあまり嫌な表情は見受けられない。



「来週からは滝の分も用意しとく。 だから買ってくるとかしなくていい。 何が嫌いとか、アレルギーが有るとかは今のうちに言ってくれ」



 水瀬はなにか言いたそうに口をパクパクとさせていたが、少しの間考える仕草を見せると、申し訳無さそうに答えを出した。



「そこまで言ってくれるなら、お願いしようかな。 ただ、お金だけは払わせて」


「いらん。 僕が勝手にやろうとしてることことだから気にするな」


「そう言うわけにもいかないでしょ。 お弁当作るのも自分のお金でまかなってるわけじゃないんだから」



 春波の心の隅にある物が軋むのを感じる。



「とにかくいらん。 受け取らないからそのつもりでいてくれ」



 目をそらすような拒絶をそのまま言葉に乗せた。



 その勢いに違和感を感じつつも押し問答になると感じたのか一旦は折れ、落ち着いた態度を見せる。



「まあ一旦保留にしとく。 はい」



 そう言いながらスマホを出す水瀬。 それを見た春波は少し気まずそうにしている。



「連絡先。 あったほうが何かと都合いいでしょ。 スマホ出して」


「……無い」


「は?」


「あの、今壊れてて、持ってない」


「……なら直って戻ってきたら教えて。 来れない時もあるかもしれないから連絡は取れたほうがいいでしょ」


「そ、そうだな。 また教えるから」


「じゃあ、人を待たせてるし私は今日は帰るから。 また月曜日にね」


「ああ、またな」



 空き教室から去る水瀬を見送ると、大きく息をつく。



 これからを思うと少し面倒が多い。 だが、春波の心はどこか満たされたような感覚を覚えていた。



  ◇



 急いで帰宅し、揚げ物の準備を始めるとチャイムもなく誰かが入ってきた。


「おーう春波、元気にしてっかー」


「いらっしゃい陣汰じんたおじさん。 今日は今から作るから、座って待ってて」


「お、珍しいこともあるもんだ。 不良教師に説教でもされてたか?」


「残念ながら成績もいいし問題行動も起こしてない模範的な生徒だよ」



 空き教室を勝手に使ってる以外は、なんてことはわざわざ言わない。


 陣汰はリビングのテーブルに座ると、少しホコリ被ったリモコンを取りテレビをつけ、静かに席で待っている。


 時折春波の様子を伺うように目を向け、しばらく見たあと視線を戻すということを何度か繰り返していると、調理を終えた春波がリビングにやってきた。



「出来たから一緒に皿出すなり手伝って」


「はいよっ。 毎度ながらちゃんとリクエスト通りで嬉しいねぇ」



 テーブルの上に料理を並べそれぞれ席に着く。



「いただきます」


「いただきます」



 昨日から準備していたトンカツを口に入れる。 うん、それなり。



「美味いっ! けど相変わらず雑じゃないか? キャベツも千切りがでかいし、筋切りくらいしようぜ」


「食べれるんならなんでもいいでしょ」



 文句を言うなら食べなくてよろしい、なんて使い古された言葉が頭をよぎったが今の生活を保証してくれている人を無下には出来ない。 それに、今日は重ねてわがままを言わなければならないから機嫌を損ねてもしょうがない。



「昔はもっと丁寧だったって言ってるんだよ。 解ってんだろ」


「……そう」



 ざわめく心から目を背け、食事を黙々と続ける。



「一人暮らしはどうだ。 こっちで友達は出来たか?」


「来るたび聞くじゃん……特に変わりはないよ」


「……そっか」



 食事を済ませ、一段落した際に話を切り出す。



「無いけど。 あのさ、申し訳ないけどお願いがあるんだ」


「おうなんだ? 何でもいいなー?」


「あの、スマホが欲しいんだけど」


「――――――――――」



 目を見開き固まる陣汰。 これは駄目かな、なんて事を春波が考えていると、表情を崩さないまま陣汰が口を開いた。



「春波、本当は友達出来たんじゃないか? 違うっていうんなら彼女か?」


「そんなんじゃないから。 ただ、ちょっと必要になって」


「……」



 そう、そんなのではない。



 不思議な繋がりが出来てしまったが決してそういう事ではないはずだ。



 感慨深そうにしている様子に、どうリアクションを取っていいものかわからない。 これは結局いいのか駄目なのかどっちなんだ?



「良し、明日暇だな!? ショップ行くぞ!」


「あ、良かったんだ。 明日ね、よろしくお願いします」


「畏まるなって、あー嬉しい! ビールくれ!」


「無いってば……」



 急にテンション上がってうざ絡みをしだす陣汰に、うっとおしそうに対応をしている中で、少しの気恥ずかしさがある。



 自分が頼る事の出来る大人として今ここにいる経緯を、自分の心中を直接すべてを話していなくとも解っているであろう人間なので、こうした要求から自分の変化を読み取られるであろうからだ。



 叔父という間柄ではあるが、あまり迷惑をかけたくないのでわがままを重ねるのは心苦しかったが受け入れてくれたようで安心感を覚えた。



 ……ただ、これから食費が少し増えることに関しては気づかないでほしいな、なんて考えながら。

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