5月2週 「しばらくここに避難させてもらうから」

「うわ、本当にいた」



 翌日、窓を開けて風が入って来ても少し暑さを感じる空き教室で春波はいつも通りに弁当を広げていた。



 するとガタガタと扉を動かす音が聞こえたと思ったらそんな言葉が聞こえてきて春波はるなが扉の方に振り返ると、水瀬みなせが意外といった顔で見ていた。



「いや、来るなって言ったよな僕……?」


「ちゃんと覚えてるわよ。 ただちょっと教室居づらくて避難できるところって考えたら、ね」



 春波がこんなところにいつもいるとはまだ信じきれていなかったようだが、事実いるのでしょうがない。



 コンビニ袋を手に掛けながら寄せられていた机と椅子を1セット窓際に動かしていく水瀬。



 それを見た春波は廊下の水道に向かう。



 水瀬は自分が日当たりの良い所まで机と椅子を移動させると、コンビニ袋を起き座ろうとすると春波に声をかけられ動きを止めた。



「ほら、布巾。 そこまで汚く無いと思うけど、不安ならアルコールもあるから」


「あら、わざわざありがとう。 布巾だけで十分かな。 しかし親切じゃない、1人でいたいとか言ってた割には追い出さないんだ」


「どうせ出てけって言っても動かないだろ」



 そう言って昨日の自分の行動を思い返す。



 1人にしてくれ、と水瀬に言われたにも関わらず自分の事は無視しろと居座った。



 今この状況では昨日の自分の行動がそっくりそのままブーメランになって帰ってくるだけだ。



 それにだ。



「それに、なんか支離滅裂な事言われてるもんなお前」


「……やっぱ知ってるか。 積極的にそういう話する様には見えなかったけど」


「しないけど、ヒソヒソ話でもあれだけの人数がしてたら嫌でも耳に入ってくる」



 今週に入ってから、春波が明確に意識したのは昨日からだが春波達の2-Aの中でも少しづつ広がっており、気づけばクラス外でも水瀬に関するうわさ話をしている人間が多く存在していた。



 内容も一貫性がなく、同学年の完璧超人とも言えるほどのイケメン生徒に告白されてフった、いやフられたほうだといった色恋の話から、その冷たい印象からいじめをしているいや誰かを守っているだの名誉を傷つけるような物まで枚挙にいとまがない状況である。



「それで、アンタは私にどうして欲しいの?」



 酷く冷めた、どこか諦観の込められた水瀬の瞳が春波を映した。



「……何いってんのお前」


「フられただろうから優しくする? それとも正義漢ぶっていじめはやめろとか言ってくる方? ああ、そっかぁ、もしかして私の体が目当て」



 瞬間、バチンッ、と大きな破裂音が空き教室に響いた。



 目の前でそれを感じ急な音に驚き目を閉じ固まる水瀬。 それから何も起こらずゆっくりと目を開けると自分の顔の前に春波の重なった手があった。 どうやら自分の眼前で手を叩いた音だったらしいとわかり、体から力が抜けていく。



「落ち着いたか?」


「……はい」



 春波は水瀬自身が用意した椅子を引き座らせる。



 落ち着きを取り戻した事を確認すると、自分が昼食を取る為に準備していた扉そばの席まで距離をとり、座ったのち声をかけた。



「僕は今聞こえてくるうわさ話なんてのは信じてない。 というか、興味がない。 だからうわさ話を元にお前に何かしらの要求をするつもりはない」



 伝聞での話は信じられない。 ちゃんと自分で確認しないと。



「だから、自分を傷つけるような事は言うな」



 春波の目には、おそらくその言葉に傷ついて泣きそうな顔で自分を追い詰めようとした、という事実しか映っていない。



「まあ僕はお前に恋愛的な好意はないし、色々めんどくさそうだしこれからも好きにはならないからその点は安心してくれ」



 水瀬は目尻に溜まった涙を指で拭い、春波に向き直る。



「……ふふ、それならしばらくここに避難させてもらうから。 安心していいらしいし?」


「しまったな、口実を与えてしまったか」



 なんてわざとらしく言ってはいるが、泣いている姿を見ている身としてはそのまま放って置くのも良心が苛まれる。



 トイレなどの居続けるのに拒否感が出そうな所ではない逃げ場があれば水瀬も幾ばくか心休まるだろう。



「さっきは酷い態度をとってごめんなさい」


「気にしてないから、一々お前も気にするな」


「ありがと。 ……慰めてもらった立場でこんな事言いたくないけど、そのお前ってのやめてもらっていい?」


「む……」


「私にはたき 水瀬みなせって名前があるから。 お前なんて呼ばないで」



 知ってはいた、関わり合いもなくどうせ深入りすることは無いなと思い呼び方から扱いから雑になっていた。



「じゃあ……滝さん?」


「なんか違和感……さん無しで良いよ」


「滝」


「よろしい。 あなたの名前は?」


「……深海。 深海ふかみ 春波はるな


「はい、深海くん。 申し訳ないけどこれからお邪魔しますね?」


「……いや丁寧なの気色わる、呼び方はいいけどそっちこそその感じやめてくれ」


「き、気色わるい!? 乙女に向かってなんて事いうのよ!!」


「そうそうそっちのが気安くていい。 変に畏まらなくて良いから自然でいてくれ」



 そんなやりとりをしていると、距離があるにもかかわらず2人の耳に大きな腹の虫の声が入る。



 既視感、と言うには新しすぎる記憶から春波は水瀬をジト目で見ると、やはりというか少しづつ顔を赤くし目線を逸らしていく姿がそこにはあった。



「思ってるよりも、なんというか、食いしん坊さんか……?」


「まだ食べてないからだから! 食いしん坊じゃないし!!」


「まあ飯食う前に変な話ししてたしな、時間もなくなっちゃうし早く食べちゃおう」



 話をしている間に思っていたよりも時間が経っているのに気づき、食べかけのおにぎりを口の中に入れると、スープジャーの味噌汁を流し込む。



 それを見た水瀬もコンビニ袋からサンドイッチとサラダを取り出しいそいそと、面白くなさそうな表情で食事を始めた。



 その様子をちらりと見、春波は目線戻し食事に戻る。



 お互い昨日はこれ以上関わることはないと思っていた。



 廊下側と窓際。



 お互い離れた位置であり、それ以上の干渉は無くそれぞれのペースで過ごす時間。



 これが今の2人の空き教室での過ごし方だった。





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