夜闇の時間となみだ雨

壁打ち

雨降る季節に

「僕は1人でいたいんだから」

―――――――色褪せた空き教室の景色の中に浮かぶ彼女の涙は、とても色鮮やかに見えた。







 担任からの頼まれごとを済まし少し遅れた昼食を取るため別棟の空き教室に来た少年、深海ふかみ春波はるなが扉を開けた時目に飛び込んで来たのは、泣いている少女の姿だった。



 アッシュブラウンの髪を靡かせ、ツリ目がちの目元を歪められしゃくりあげながら涙を流している 。



 春波は思わず動きを止め、その姿をじっと見た。。 頭の中では綺麗だ、だの美人は泣いてても美人なんだな、なんて事を考えていたが、ふと少女の目線がこちらを向き我に帰る。



「っ誰!?」



 泣いている顔を見られたくなかったのか、顔を手で隠しながら少女はそう声を出す。



 こちらは知られていないだろう見覚えのある少女に向かって声をかける。



「こっちのセリフなんだけど、お前こそ誰だよ。 どうやってここに入ったのさ」



 そんな事を投げかけたが、春波は少女に一方的に見覚えがあった。 1年、入学頃から可愛い子がいる、と名前だけは良く聞くことがある同じ学年のたき水瀬みなせだったはずだ。



「どうやってって……ドアが開いてたから」


「開いてた……?」



 教室前方の扉付近は机と椅子が寄せられているため違う筈、と春波は手に持っていた手提げかばんを空き教室後方に扉近くの机の上に起き、そのまま扉をスライドさせ閉めた後に開けようとする。



 すると、扉は何かに引っかかったように動かず、何回か繰り返しても開くことは無かった。



「直ったわけじゃない……昨日開けっ放しにしてた? いや出入りする度確認してる筈だし」



 ブツブツと言いながら扉を確認する様子を水瀬はほうけた様子で見ていたが、ふと気付くと春波に向かい声を上げた。



「ちょ、ちょっと何を無視してるの! というか、私が思いっきり泣いてる中入って来て気まずいとかないの!?」


「え、だって興味無いし。 泣くならお好きにどうぞ」


「お好きにって、アンタがいると泣くに泣けないでしょ! ……せっかく見つけた人気ひとけのない場所なの、出来れば1人にしてくれない?」



 その言葉に、春波は深くため息をついた。



「しょうがないな」



 そう言うと手提げを置いた机に座り中から弁当箱、水筒、スープジャーと次々に取り出し並べ始める。



 まるでそのままそこで昼食を取る準備をしているかのような様子を目の当たりにした水瀬は、困惑と驚きが混じった様子を隠しきれずにいた。



「え、いや、今しょうがないなって言ったよね……? わかってくれたんじゃないの……?」


「ただでさえ食べ始めるの遅くなってるし、今から戻る時間がもったいないし。 しょうがないから同じ空間で泣いてるのは我慢するから、 僕の事はいないものとして扱ってくれ」


「う……っそでしょ……?」


「それにこれを教室で広げたら目立つから」



 そう言いながら開けた弁当箱は白米のみ、少し空間が空いている状態といった物だった。



 それをみた水瀬は首を傾げながらも動きを見ていると、スープジャーを開けた瞬間辺りに特徴的な香りが漂いだした。これは、



「カレー……? えっ学校にカレー持ってきてるの!?」


「こんな匂い漂わせてたら嫌でも目立つ。 1人で好きにするためにこんなとこまで来てるんだから」



 そりゃ目立つでしょう、と口に出さずそのどこかズレたような春波の様子を眺めていた水瀬だったが、家庭用カレーの匂いを嗅いだおかげか、言葉の無い空間にお互いの耳に届くような大きな腹の音が響いた。



 そこまでお構いなしに食事を進めていた春波の手が止まり、スプーンを置くと覇気の無い目を、恐らく泣いていた事が原因ではない紅潮が見える水瀬に向けた。



「しょ、しょうがないでしょ! まだ何も食べてないんだから!」


「何も言ってないけど……今日はこれしかないから……嫌じゃなければ食う?」


「っいらない! 戻ったらご飯はあるし、そんな食べかけの分けようとしなくていいから!」


「まあ見ず知らずの男の食べさしは嫌だろうよ。 知ってた。 知ってたけど何も言わないのも薄情かなって」


「アンタね……!」



 そのままお構いなしに食事を再開したはるにわなわなと震えた様子を見せた水瀬であったが、ふと大きなため息をつき強張っていた体から力が抜ける。



「なんかどうでも良くなっちゃった。 私教室戻るから。 全然折れてくれなかったのは納得行ってないけど、邪魔したわね」



 そう言いながら扉に近づいていく水瀬を春波は目で追う。



 腫れぼったい目元に涙が流れた跡が残る頬、その顔を見て共感かあるいは同情か。



 目線を逸らし、少し後ろめたいような気持ちを抱いたとき、その口から言葉が溢れる。



「……僕は、昼はいつもここにいるから」



 そこで我に帰り目線を戻すと、聞こえていたのか水瀬の目がこちらを見据える。



 不意に出た言葉に焦りを感じつつも平常を装い、悟られないよう。




「僕は1人でいたいんだから、ここにはもう来るんじゃないぞ」




 言い聞かせる様にそんな言葉を投げた。



「頼まれたって来ないってば。 じゃーね」



 そう言って踵を返し去っていく。



 誰もいないはずのこの場所で意外なことがあったが、これからはお互いまた関わりのない風景の一部、なんて事を2人は思っていた。









「ねえドア開かないんだけどこれどうなってるの!?」


「あー……空き教室でここだけ鍵が壊れててかからないんだけど、ドア自体が歪んでるのか建付けが悪いのか普通に開けようとすると開かない。 コツがあるから」



 ……これからは風景の一部、になるはずだ。



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