第2話 鉄の悍馬に跨る黒い戦士

2-①

黒尽くめのデカい男はバイクを降りると、ゆっくりと碧の方へ歩いてくる。

(こんな所まで追い駈けてきて、一体どういう神経してんのよ)

碧には、理解ができなかった。


報道車に乗っていた人たちも、何事かと後ろを振り向いている。

その中を威風堂々と、黒尽くめの男が歩いてくる。他の男達は、バイクに跨ったままで、エンジンを切った。


碧は、大きなバックを抱えてプレハブへ急いだ。小走りに水溜まりを避けて顔を上げると、入り口から麟太郎が出てきた。

その麟太郎の隣には、ガッシリとした身体つきの、口髭を蓄えた作業服の男が立っている。碧にはそれが、スーパーマンに見えた。


後ろを見ると黒尽くめの男が、たった一人で堂々と歩いてくる。表情はヘルメットの中で、判らない。


(ばっかじゃないの、こっちには味方が沢山いるのよ)

碧は、微笑んだ。麟太郎を見て手を振った。

麟太郎は、口髭の男と話しながら、不思議そうな顔で碧を見ている。


(来るならいらっしゃい!)

小走りに水たまりを避けながら、碧は拳に力を入れた。


「碧ちゃん、シャワーはあるよ」と、麟太郎が、走ってくる碧に向かって云った。

碧は麟太郎の前まで来ると、立ち止まって振り返った。男は、まだ自分に向かって一直線に歩いてくる。


「碧ちゃん、こちらが、ここの現場責任者の源さん」

と、麟太郎が、隣に立っている頑健で、大きな男を紹介した。

その男は、今度の発掘工事の全てを任されている、建設会社『賀寿蓮組がじゅれんぐみ』の責任者、羅生門源次らしょうもんげんじであった。


この男の身体は、黒尽くめの男よりも少し大きかった。胸板は厚く、腕の筋肉は碧の腰回りを軽く超えていた。太い一文字眉毛と、鼻の下に蓄えた髭が、尚更強そうである。しかし、少し窪んだ小さな目からは、優しさも感じられた。

羅生門源次は三十六才で、小学生の双子の愛娘がいる。家族は源次の両親と二世帯で、岩手県で暮らしていた。


碧は見上げて、軽く会釈をした。碧の小さな顔が、源次の胸の辺りにある。

「シャワーなら、宿舎の奥にあるから、勝手に使ってくれや。こんな朝っぱらから、使っている奴なんかいないから」

と、源次は、顔とは似付かないような優しい口調で云った。言葉に少し東北なまりがあった。


(一番偉いということは、一番強いという事だ!この人が一声掛ければ若い男たちが集まってくる)碧は、安心した。


「あの男が……」と、云って碧が振り返ると、黒尽くめの男は、すぐそこまで歩いてきていた。男は、歩きながらヘルメットの顎紐を外している。


(いよいよ臨戦体制に入る気なのか!?………だけどこっちには、髭の生えたスーパーマンと、大勢の若い男たちがいる!)

碧は、麟太郎の後ろに隠れようとして、源次を見た。


(え、なになに?)

と、その時、碧のスーパーマンである筈の大男の源次が、黒尽くめの男に対して、頭を下げていた。


(そんなぁ)


「若、間に合いましたね」と、源次が顔を上げた。


(若?)

碧が、麟太郎の背中で首を捻った。麟太郎は、自分の太い背に隠れている碧を、不思議な顔で見ている。


男は、ヘルメットを取りながら、

「ああ、遅くなってすまなかった。準備は出来ているか?」

「ええ、全て終わってます」と、源次が応えた。


黒尽くめの男はヘルメットを取ると、オールバックの長髪をごつい手でかき上げた。

その男は、浅黒い肌に、濃い眉毛と、凛々しい狼のような目を持っていた。

二、三日髭をそっていない様子で、無精髭が濃かった。

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