2-③

碧が麟太郎に連れられてきたシャワー室は、プレハブを通り抜けて、中庭に出たところの左側にある、作業員たちの宿舎の奥にあった。

二人が作業員宿舎に入ると、全員が出払っているようで、中は空だった。


「くっさぁー」

と、碧は入り口で立ち止まった。鼻をつまんで、麟太郎を見た。


宿舎の中は、作業員おとこたちが寝泊まりする二段ベッドが並び、各自の衣類やエッチな雑誌などが散乱していた。室内は、男達の体臭で充満している。

上を見ると、天井が高く、殺風景で、どこか体育館のような感じがした。


「我慢してください」

と、麟太郎が云って、宿舎の中へ歩いていった。碧は鼻をつまんで、後に続いた。


宿舎の中の二段ベッドの間を横切って、一番奥にあるシャワー室へ入った。

ドアを開けた中には脱衣所があり、衣類を入れる貸しロッカーのようなものが壁際に並んでいた。

そして、ロッカーの手前の下には、簀の子があり、六つのシャワールームへと続いている。


「じゃあ、外で待っていますから。十五分くらいで」

と、云って麟太郎は、碧の大きなバックを持って出ていった。着替えはロッカーの中に移してある。


「誰も入れないでよ!」

と、碧が鼻をつまんで、脱衣所のドアから顔を出した。麟太郎は、後ろを向いたままで頷いて、外へ出ていった。


碧は、靴を脱いで簀の子に上がった。服を脱ぐとロッカーに入れて、鍵を締めた。

ただ広いだけの、プレハブ造りの脱衣所は落ちつかなかった。


華奢な身体にタオル巻いて、一番奥のシャワールームの扉を開けた。

中に入って蛇口を回すと、冷たい水が勢いよく吹き出した。碧は飛び上がって、声をあげそうになった。暫くすると、水がお湯に変わった。


麟太郎は、宿舎の出入口で立っていた。ポケットから煙草を取り出した。

「風見さん、ここでしたか。局長が呼んでますよ、チャンネル9の部屋で」

振り向くと、チャンネル9の担当者であった。


「局長が……」

「急いで呼んでこいって。後、全体の打ち合わせまで、三十分しかないですからね」


「ああ、判った。じゃあ、君、ちょっとここにいてもらえる」

と、麟太郎は慌てて大きなバックを持ったまま、走っていった。

中庭を横切って、プレハブの建物の中に消えた。


その麟太郎とは入れ違いに、建物の中から龍信と、若い二人の作業員が出てきた。

そして、作業員宿舎の出入口に向かって歩いてくる。


「うっス!何やってんっスか。…おれらの宿舎の前で?」

と、ヘルメットを持った、にきび顔で背の低い吉田彗よしださとしが訊いた。


「いや、ちょっと、ここにいろと云われたもんで」

と、チャンネル9の担当者が応えた。その横を不思議そうな顔で、龍信が通り過ぎる。


宿舎に入ると龍信は、荷物のあるところまで歩いていった。

彗が、ベッドの下にヘルメットと、皮手袋を置いた。


「後、何分だ」

龍信が、バックから着替えの為の作業服を出しながら訊いた。


「後、三十五分位っス」

「じゃあ、シャワー位浴びられるな。埃まみれで、気持ちが悪いからよ」


「ええ、でも急いでくださいよ。全体ミーティングにはメインスポンサーの水篠会長も来ますから」

と、応えたのは、痩せていて背がひょろっとしている森川翔太もりかわしょうたであった。


龍信は、シャワー室へ歩きだした。着替えを持って、二人も後に続いた。

「若、白鳥碧さんとは、何処で会ったんっスか?」

と、にきび面の彗が訊いた。顔はニヤついて、鼻の下が伸びている。


「碧さん、いい匂いがして、綺麗でしたよね。すっンごく」

と、翔太も後ろでニヤニヤしながら続けた。


龍信が脱衣所のドアを開けると、振り返って、

「誰それ?」と、素っ気なかった。

良い答えを期待していた、二人は、両手を上げて大きくこけた。


「さっき、入り口にいたっしょ。白いミニのワンピース着て」

と、今度は翔太が云った。


「ああ、あれか。あの女がどうかしたのか?」

龍信はロッカーの前にきて、革ジャンを脱ぎながら気のない返事をした。


「やだなぁ。若はあんまりテレビ見ないから、知らないかもしれないっスけど、彼女はおれたち位の世代には、超ど真ん中で、超人気者っスよ」

と、彗がロッカーに、龍信の着替えを押し込んだ。


「お前、幾つだったっけ?」

「二十歳になったばっかっス」


「へぇー、人気あんのか。お前らの年代には」

と、龍信は、革ズボンのベルトを外している。


彗と翔太は、龍信の左右に分かれて、簀の子に腰を下ろすと、片方ずつのブーツの留め金を外した。


(ちょっと、どういうこと!?)

龍信たちの声に驚いたのは、シャワーを浴びている碧だった。

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