2-④
何故か、見張り役の麟太郎が倒された。
そして、そこにあの黒尽くめの暴走族がいる。
(嘘でしょ)碧は、扉一枚隔てて、素っ裸であった。
―――でも、話の内容は碧に取って、少しも嫌なものではなかった。
「で、若。お願いがあるんっスけど」
左足のブーツを両手で持って引っ張っている、彗が云った。
「ん?」
「おれ達なんかとは、到底話をしてもらう事なんて出来ないんで、若から碧さんに頼んで貰えないっスか?」
「何を?」
龍信はロッカーに捕まって、ブーツの右足を引き抜いた。抜けた拍子にブーツを持っていた彗が、簀の子の外に転がった。
彗は起きあがると、尻を払いながら、
「おれたちと一緒に、写真撮って貰えませんかって」
と、ブーツを逆さまにして、中の砂利を落としながら云った。
(写真を一緒に撮ってほしいの。いいわよ、肩位抱いてあげてもw)
碧は、シャワー室の中でニヤニヤして訊いていた。龍信の返事は訊こえてこない。
「若!お願いしますよ」と、翔太が催促するように云った。
「ああ、考えとくわ」と、龍信の、乗り気のない返事であった。
龍信が顔を上げると、シャワーの音が耳に入った。
「誰か、シャワー使ってんのか?」
と、龍信が云ったが、碧には到底返事などはできなかった。
次に翔太が、抜けた左側のブーツを持ったまま、後ろへ転がった。
龍信は、両足を簀の子にのせると、
「こんな早朝から、シャワーなんて使う奴がいるのか?」と、二人の顔を見た。
「ええ、今時の若いもんは、朝シャンとかいって、毎朝髪の毛洗ったりしてるんっスよ」と、彗が、髪の毛を洗う素振りをした。
「男が、か?」
「ええ、最近の男ときたら、軟弱もんが多いっスからね」
と、翔太がブーツを逆さまにしながら、付け足した。
龍信は、アイドルレポーターと一緒の写真を撮りたいと云うのは、軟弱もんに入らないのかを考えていた。
「ほら、ほらっ、早く出て作業しないと、若にケツを蹴られるぞ!」
彗が、奥のシャワー室に向かって怒鳴った。
中で碧は、身を竦めた。顔が一瞬蒼ざめる。
「お前ら、もういいから作業に戻ってろ。それともおれのケツでも見たいのか?」
と、龍信が、トランクス一枚で云った。
二人は腰を屈めて、顔の前で手を振り、滅相もないというポーズをした。そして、龍信に向いたまま、尻から逃げるようにドアの外へ出ていった。
龍信は、トランクスを脱ぐとタオルを巻いた。と、その時、突然シャワー室の扉が開いた。龍信は、誰が出てくるのかと、顔だけ後ろに向けた。
中から出てきたのは碧だった。碧が身体にバスタオルを巻いて出てきた。髪の毛からは滴が垂れている。
目が合って、驚いたのは龍信の方であった。
「ちょ、ちょっと待てよ。なっ、何でここにいるんだ。ここは野郎だけの……」
と、龍信は焦った。タオルを巻いているとはいえ、碧の白い肩や胸のふくらみは出ている。碧は痩せてはいるけれど、胸は適度に大きかった。
「どうしたの。おケツを蹴飛ばすんでしょう、わたしの」
と、碧が、龍信の方に歩きながら云った。龍信は耳たぶが真っ赤になっていた。
「ちょっと、待て。こっちに来るな」
と、龍信は後ろに二、三歩下がった。辺りをキョロキョロ見たが、助けはいない。
龍信は、女性に変なマウントを取られると脆かった。凛々しい狼の目も、今はだらしがない。
「さあ、蹴飛ばしてよ!」
と、碧は後ろを向いて、尻のタオルをめくり上げる素振りをした。
龍信は手を前に出して、
「ちょ、ちょっと待て!」
と、逃げ場所を捜した。碧は、前に向き直ると、
「なに、勘違いしてるのよ」
と、龍信の立っている前のロッカーの扉を澄ました顔で開けた。
龍信は、碧を遠まきにして、シャワー室へと向かった。
碧が、その背中に向かって、
「若ちゃん」と、薄笑いを浮かべた。
「……ん?」
「この格好で、写真撮る」
と、碧が手を後ろ髪に当てて、セクシーなポーズをとった。
「バカやろう」
と、龍信は中に入って、シャワー室のドアを思い切り閉めた。凄い音がして、壁が大きく揺れた。
碧は微笑んだ。気分が良かった。鬼の首でも取ったかのように、鼻歌を口ずさみながら、碧は洋服に着替えた。
龍信はシャワーの冷たい水を出して、頭からかけていた。龍信は男には強かった。女にも強い筈であった。
しかし、自分の心の準備ができていないうちに、碧に奇襲をかけられた。龍信の完敗だった。
情けなくて言葉も出ない龍信は、蛇口を回して、顔に当たる水の勢いを最高にした。
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