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……三か月前。

諏訪湖の底に、巨大な岩盤で出来た石の箱が沈んでいるのが見つかった。

チャンネル9はスポンサーとなり、三時間の特番を企画した。そのレポーターに今売れっ子の白鳥碧が抜擢された。


その巨石でできた箱が、今日湖上に引き上げられる。

麟太郎は一週間前から、現地に泊まり込んで、その準備の模様をカメラに収めていた。碧はハードスケジュールの為に、遅れての合流であった。


土砂に埋もれた湖底こていの巨大な石の箱が、人工物であることは判っていた。石箱の上面に、微かにひし形が四個並んでいる。それは、武田家の紋章に似ていた。

地元では武田信玄の隠し財宝だとか、信玄を沈めた石櫃いしびつではないかと騒がれた。


その石箱は、ひとつの大きな岩盤をくり貫いて作られたもので、何処にもつなぎ目は無かった。そして、その中にもう一回り小さな石の箱が入っていることも、確認されている。

外側の大きな石箱は、横幅十二.三六メートル、縦幅二〇メートルで、高さが三メートルの直方体であった。その石箱の上には、一枚岩で作られた石蓋がしてあり、その中央には、直径二メートル程のが開けられていた。

そして、その穴からは、中にあるもう一回り小さな石箱の七.五〇メートル四方の正方形の石蓋が少し覗いていた。


まるで、湖に沈んだ大きな長方形のプールであった。

これほどの大きな物が、今まで見つからなかったのには、幾つかの理由があった。

諏訪湖の鮮明度が非常に悪い事や、崩れる土砂により湖底よりも約二メートル下に埋まっていたことなどが上げられる。


また、幾ら大きいと云っても、諏訪湖全体の広さから見れば、野球場でマッチ箱をひとつ探すようなものであった。


諏訪湖に沈んでいることを発見したのが、世界的にも歴史考古学者として幾つもの功績を残してきた有名な神童勘明しんどうかんめい博士の、長男の神童時貞ときさだ教授であった。


時貞は二十八歳にして、幾つかの突飛な新説を唱えてきた。学会の中では異端児的存在であった。

時貞の頭の良さは群を抜いていたが、その発想や考え方は、しばしば学会の枠からはみ出した。


その風貌は現代の青年そのものであり、どこにも学者的イメージは備えていなかった。

裕福な家庭に生まれ、何ひとつ不自由なく育てられたせいか、彼にとって出世や競争などというものは、無縁の存在である。かといって、その生き方が周囲に対してイヤミにもなってはいなかった。


時貞は、自由に、自然に生きているだけであった。

そんな時貞を、父の勘明は諦めていた。自分の後継者は、次男に継いでもらうつもりでいる。時貞本人も、それを望んでいた。

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