1-②

碧は振り返った。

その小柄でリーゼントの男は、どうみても二十歳前に思えた。

ガムを噛みながら碧を見てニヤニヤしている。


「あんた一人かい?先輩たちがさ、方向が同じなら、途中まで一緒に走っていかないかって」と、男は目で、後ろに仲間がいる事を示した。


碧は男の後ろを一瞥したが、腕を振り払うと背を向けた。無視して歩きだそうとした時に、今度は碧の肩に男の手が伸びてきた。男の手が、白いミニのワンピースの肩を掴んだ。


「待てよ!」

男は怒鳴って、肩を引っ張り寄せた。


〈ピシャーン!〉

その瞬間に、碧の空いている右手が、男の頬にヒットした。


男は後ろに、二、三歩立ち退いた。乾いた音が辺りに響き渡り、周りにいる人達の視線が一斉に注がれる。

碧が、後ろを向いて歩きだそうとしたとき、男の強い力で引き止められた。


「てめぇ!」

と、頭に血が上った男が怒鳴った。男は碧の肩を鷲掴みにすると、力任せに振り向かせた。


「何よ!」

碧も苛立っていた。


その声に、長距離トラックの運転手が、自動販売機の前で振り返った。

老夫婦の二人も、小さな軽自動車に乗りかけて、振り向いている。

トイレへ行きかけていた中年の女性も、足を止めて、顔を向けた。


男が拳を握って、碧を殴ろうとしたとき、後ろでその手を掴んだ男がいた。

その男は、黒の革の上下にブーツと、黒いフルフェイスのヘルメットを被っていた。

背の高さは百八十センチ以上あり、身体付きは筋肉質であった。

ガムを噛んでいる男は、碧の襟首を掴んだままで後ろを振り向いた。


「あんた、威勢がいいね」と、フルフェイスの男が、後ろで握った拳を放した。


「若、何で止めるんですか。おれはこいつに殴られ……」


〈バシーン!〉

今度はフルフェイスの男が、前の男の後頭部を思い切り平手で叩いた。男の噛んでいたガムが、路上に吹き飛んだ。


「痛たたたっ!」と、男は碧から手を放すと、腰を屈めて両手で頭をかばった。


「若い連中が、世話かけたな」

と、云って、フルフェイスの男は、うずくまっている男の襟首を持って、後ろへ引きずるように歩き出した。碧は顔を上げたが、周りの視線が気になって、急いで車へ走った。


(まったくわたしって、何をやっているんだろう)

碧は少し後悔をしていた。寝不足と疲れで、気が立っていた。


車に戻ると早々にエンジンをかけた。一刻も早く、この場を立ち去りたかった。

シートベルトを手繰たぐり寄せると、シフトレバーをローギヤに入れた。

アクセルを踏み込むと勢いよく走り出した。


本線に戻る途中の車線で、バイクが十数台かたまっておいてある。碧は気が付いて、顔を向けた。


(暴走族?)

さっきの背の高いフルフェイスの男が、一番大きなバイクにまたがって、碧に片手を上げた。黒いヘルメットの中の表情は判らなかった。

碧は、そのバイクの脇を無表情で通り過ぎると、本線へ走り出した。

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