膝上の卒業

そうざ

Graduation on my Knees

 大晦日や元日がいつもと違う一日なのだとしたら、今日も特別な日と言えるのだろうか。

 教室の浮足立つ空気。もう泣いている子が居る。そんな子をからかう子も居る。

 自分が全ての外側に居る事を犇々ひしひしと感じる。

 よくよく考えれば、この三年の間、私はずっと蚊帳の外に居た。更にその前の三年間がそうだったから、次の三年こそは違う三年にしたいと意気込んでいた。なのに、そんな自分が遥か昔の別人のように思える。

「ほらほら、席に着けぇ。最後まで手を焼かすなよぉ」

 早速、担任教師Kの正装を茶化し始めるお調子者達。器用に立ち振る舞える人をうんざりしながらも羨ましく感じる私。

 Kは、嬉々として持ち物検査を実施する教師だ。学園の風紀を司る番人は、やり甲斐や誇りを武器にしているようだ。

 週に何度かは正門に立って服装検査もしている。長さ1メートルの竹製物差しは番人のお気に入りアイテムらしく、沢山の生徒に、色んな物に、次々と判定を下す。

 特に異常な執着を見せるのは、スカート丈だ。

 明らかに丈の短い生徒にはアイテムを用いるまでもなく「今日はスカートの下にジャージを穿いて過ごせ」と命じ、微妙な生徒には素早くアイテムを宛がって「1.5センチ短い」「3センチ長い」「ウエストを折り返すな」「どうでも良いけど、お前は膝が汚い」等と規範と好みとを押し付ける。

 でも、私にはいつも一瞥をくれるだけだ。物差しを刀のように腰に当てたまま、素通りを許す。

 スカート丈47センチ――。

 それは、明らかにルールの異なる二つの世界、社会と学園とを行き来する為のパスポート。そして、空気のように透明な存在を演じる私にとっては、お手軽な既製品よろいだ。


 どんな巡り合わせなのか、私は三年の間、ずっとKが担任を務めるクラスに組み込まれた。クラス替えの度に再び蚊帳の外に置かれた私にとって、Kだけが固定された存在だった。

 私はKのお気に入りだったのかも知れない。何の波風も立てない、規定通りの、居ても居なくても良い、好都合の存在だったからだろう。

 

 今朝もKはいつも通りそこに立っていた。礼服を着ていても、番人は番人だった。金棒のようなあの物差しを見るのもこれで最後か、と思っても、私には何の感慨もなかった。

 関門ゲートを潜ろうとした時、Kは物差しを水平にして私を制した。

「前々から気になってはいたんだが……膝立ちしてみろ」

 屈辱の最上位『膝立ち』――想定外の指令に私は凍り付いた。

 多くの生徒達が見て見ぬ振りで通り過ぎる中、私はコンクリートの地面にゆっくりと両膝を突いた。

 地面ぎりぎりよりも少し上で、春一番の名残りが裾先を揺らす。

 Kは顎に手を当てたまま次の指令を出した。

「立って、ブレザーの前を開けて」

 屈辱に屈辱を重ねられ、三年分の自分が崩壊して行くような感覚に襲われた。膝が震えた。

 言われた通りブレザーのボタンを外し、ワイシャツをあらわにした。ウエストを折り返していない事を確認したKは、私の下半身に物差しを宛てがった。

「47センチ……」

 自問自答のような呟きは、Kが現実を解釈するまでの猶予期間のようだった。

「そうか……三年も経てばなぁ」

 ホームルームが始まる寸前まで、忠実な番人は淡々と職務をこなし続けていた。


 体育館へ向かう卒業生の列。

 入学式の頃、私は列の先頭に居た。それが今は、最後尾から数えた方が早い。150センチ台から160センチ台への跳躍。例え蚊帳の外に居ても、私は知らない内に成長していた。

 Kの礼服姿は似合っていないと思う。

 三年間穿き続けた47センチ丈とも今日でお別れだ。そう思うと、今日は特別な日と言って良い気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

膝上の卒業 そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画