その4 どうしたのかな、物知りさん

 椅子に座った少女は辺りを見渡す。家の中はさっき見た外見よりも広く、天井まで10m近くはあるだろう。しかし、それよりも目につくのは壁一面の本。四方八方、全ての壁を本が埋め尽くす。また、壁の所々にドアが何ヶ所かあり、他にも部屋があるようだった。少女はそのうち一つのドアを指差すと、家の主に問いかける。

「あのドアは何?」

「あぁ〜、あれは書庫へのドアだな〜。」

「書庫?本、まだあるの?」

「あぁ〜、そうだね〜。数えたことはないけど〜、ざっと1億冊はあるんじゃないかな〜」

「い、1億…」

「もちろん、ほとんど読んだがね〜」

「ほとんど?全て、読み切ったんじゃないのか?」

本を読みながら、家の主は淡々と答える。

「全部の本を読み終えてもあんなドアが新しい本の山と共にすぐに現るから、この家の本を読み切ることなんてできないんだね〜。読み終えても増えて、読み終えても増えて…これのイタチごっこなんだね〜」

少女は現実味のない話に唖然とする。口をぽっかりと開けて、石のよう動かない。

「それにしても、話に聞いていた以上に広い家だな」

「そうだな〜。この世界で見た目などただの飾り〜。見た目と中身が一致するなんてありえない〜、それがこの世の常識〜。君も分かるだろ〜?」

「そうだな…どこもかしこも正しく嫌らしく歪んでいる」

そう言うと、門番も家の中を見渡す。まるで、獲物を探すかの如く、隅々まで目を凝らしていた。

「そうだ、自己紹介がまだだったな〜。私は『グラード』力になれることだったら何でもやろう〜」

そう言うと、グラードはお辞儀をする。

「それで〜、君たちの名は〜?」

「僕は…まぁ、門番と読んでくれ」

「私は…記憶を失ってて、わからないの。ごめんなさい」

「そうか〜、君も私と同じの人間か〜。別に謝らなくたもいい〜。私も自分の本名はわからないんだ〜。グラードっていうのも、私が自分で付けた仮の名前さ〜」

そう言うと、グラードはメガネをクイっと上げて笑う。少女もそれに合わせてはにかむ。

「まぁ、危なっかしい町だが、ゆっくりしていくといい〜。この世界は身体を休める時間が少ないからな〜。だからといって。気の利いたお茶や菓子は出せないがね〜」

グラードは一冊の本を本棚から取るとパラパラと、読み始める。素早く、それでいて丁寧に、読み残しがないように。

 グラードが本を読み始めて10分がたっただろうか。グラードは読んでいた本を読み終わり、優しくパタンと閉じる。そして、5秒間目を閉じて本の余韻に浸る。その後、読み終わった本を近くのテーブルの上に置く。

「あぁ悪い悪い…それじゃあ、気を取り直して詳しい要件を聞こうかね〜」

「僕たちは、この少女の記憶を探して、旅をするつもりなんだ。何か効率的な探し方はあるか?」

「率直に言おう〜。そんなものは無〜い〜!」

声が家の中に響く。何度も、何度も、言い聞かせるように。

「そんなものがあったら、本なんて読まずに実践しているよ〜」

「そうか、確かにそうだな…」

門番はほんの少しガックリする。

「まぁまぁ、そうがっくりするな〜。チリも積もればなんとやら、コツコツ地道に頑張っていくといい」

「そうか…そうだな…」

「だが…少女の記憶を最近見つけた気がするのだよ〜…」

「本当!?」

少女はその話を聞くや否や、前屈みになり、目を輝かせる。

「あぁ、実際に見たよ〜…君ではなかったかもしれないが、確かに見たね〜」

「それで、その記憶は何処に置いたんだ?」

「う〜む…中身を見た後、どうしたっけな〜…」

グラードは顎に手を当て、思い出そうとする。少女は目を輝かせたまま、グラードをジッと見つめる。

「…あぁ!そうだ〜!そうだ〜!」

「思い出したの⁉︎」

「どうしたんだ⁉︎」

「自分のじゃないから、捨ててしまったんだ〜!」

「「はぁ⁉︎」」

門番は少し期待してた分だけ落胆し、少女は輝かせていた目に涙を溜める。

「待ってくれ〜!泣かないでくれ〜!どこに捨てたまで思い出しているよ〜!」

「いや、もういい、もういいよ。嘘つくくらいなら喋らないでくれ」

「…捨てたんでしょ…」

「た、確かに捨ててしまったが〜‼︎だが、本当に思い出したのだよ〜」

グラードは慌てて、頭を抱える。

「『決別の踏切』周辺だ〜!あそこを目印にして、捨ててきたんだ〜!」

少女は上目遣いでグラードを見る。

「本当?」

「あぁ、本当だ〜!嘘だと思うなら、実際に行ってみてくれ〜!」

「そうか…疑って悪かった…」

「いや、別にいい〜。私も捨てて悪かった〜。まぁ、持ち主かもしれない人がくるだなんて予想外だったからね〜。しかも、このような場所だイレギュラーにも程があるね〜」

グラードは新しく、本を取り出すと開き始める。少女は読み始める前に語りかける。

「グラードはどうして、本を読むの?」

「…どうしてか〜…別に深い意味はない〜」

グラードは本の目次を指でなぞる。一項目づつゆっくり。

「私はね〜、何か大切な約束を忘れてしまったんだね〜。それを思い出すために、思い出すきっかけを探すために、ありとあらゆる知識をつけたんだね〜。幸いにも、時間は死にたくなるほどあるからね〜。これを使わない手ないよ〜。まぁ、まだ何にも見つかってないんだけどね〜。チリは積もっているが私の目指す高みに辿りつかないのさ〜」

「そうなんだ…」

「別に気にしなくていいよ〜」

話が終わった頃合いを見て、門番は立ち上がる。

「さて、僕たちはそろそろ行くよ」

「あぁ、わかったよ〜。これから頑張ってね〜」

「またね」

「あぁ、また会えたらね〜」

グラードは手を振り、家から出ていく二人を見送った。

 二人が家を出ると、そこは忘却の町の中ではなく、白く薄ぼんやりとした場所に戻っていた。

「あれ?町は?」

「気にしなくていい。あそこから出れたんだ」

門番は後ろを振り返る。しかし、そこにグラードの家に繋がる扉はなかった。あるのは忘却の町に並んでいた家。しかし、裏側のようで扉のようなものはない。

「まさか、あそこも出口になっていたとは…」

「出口?」

「いや、君は気にしなくていい。ただ、忘却の町は厄介な場所だ。ただ、それだけわかっていればいい」

「そう…」

「それじゃあ、いくぞ」

そう言うと、門番は歩き始める。少女はその後ろにつく。

 二人は物知りの話を信じ、『決別の踏切』の方へと歩みを進めた。

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名もない歪んだ裏世界 紫陽花 @azisai_0531

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