その3 入っていいかな、忘却の町

二人は変わり映えのしない薄ぼんやりとした風景の中を小一時間歩き続けていた。少女は変わらない風景に飽きてしまい、足元を見ていた。

「前を見な、着いたぞ」

門番にそう言われ、少女は顔を上げる。

「っ!…」

「ここが忘却の町だ」

少女の目の前には、白い霧の中に佇む町の明かりが広がっていた。その明かりは2人を出迎えるように、いや、誘い込むように暖かく怪しく照らす。

「綺麗…」

「そうだな、見てくれは綺麗だな…」

「見てくれは?…」

「あぁ、中に入ると地獄だよ」

「よく分からないけど…怖い」

「僕が近くにいるから大丈夫だ、安心してくれ」

門番は少女の頭に手を乗せると、その頭を優しく撫でる。

「うん…わかった」

「さ、ここに会いたい人が居る。できる限り早く、会いに行こう」

そう言うと、門番は歩き出した。少女も置いていかれまいと門番の後ろを歩き、スーツの裾を引っ張る。

 忘却の町の中は灯りのついた街灯がポツポツとあるが、住人の姿は見当たらない。周りも家のような建物が立っているが、ほとんど同じ外見。歩いていると、自分がどこを歩いているのか、はたまた、同じところを歩いているのか、よくわからなくなる。

「ねぇ、進んでいるの?」

「ああ、確実に進んでいるはずだよ」

「本当?」

「そうだとも。そう思わせるのがこの町の特徴さ」

門番は後ろを見ずに答える。

「ここはね、記憶を喰らわれた人たちの町。来た道を忘れる町。そして、迷った人の記憶を喰らい忘れさせる町。絶対に迷子になっちゃいけない」

少女は裾を掴む力を強める。絶対に離さない、そう言う意思を持って。

 ^_^十分ほど歩いただろうか。先ほどまで真新しかった風景も、ほとんど変わらないせいで飽きてきてしまった。

「ねぁ、誰に会うの?」

「とある物知りの家。話の通じる狂人だ」

少女は周りを見渡す。しかし、何度見れど家の見た目は変わらない。だが、さっきまで見かけなかった歩いてる人影を前方に一つ見つけた。その影は異形なのでは無く、しっかりとした人の形をしている。しかし、どこか動きがおかしい。どこかカクカクしていると言うか、まるでゾンビのような動きをしている。歩き進めてくと、人影がだんだんしっかりと見えるようになる。しかし、その姿も普通の人間。ただ、動きがおかしい人間。

「ねぇ、人がいるよ」

「気にするな。そろそろ、湧いてくる時間だと思ったよ」

「あれはなんなの?」

「この町の住人、『フォゲット』さ。もともと、あいつらも君のようにこの世界にたどり着いて記憶を喰らわれた人たちだよ。だけど、コミュニケーションは取れないよ」

「どうして?」

「奴らはもはや、この町の一部さ。この町に喰われた結果、この町に来た人たちを喰らう存在になったのさ。そうする事で、自身の記憶を取り戻せると信じてる、哀れな存在だ」

いつの間にか、フォゲットの数も七、八体ほどに増えていた。その様子に、門番と少女は歩く速度を上げる。

「「記憶ヲ…寄コセ…」」

「まずいな…このままだと喰われてしまうかもな…」

「急ぐの?」

「そうだな…ちょっと失礼するよ」

そう言うと、門番は少女の事を両手で抱え、思いっきり走り始める。

「え、あの、恥ずかしい」

「本当にすまない…だが、ここを抜けるのにこれが一番効率がいい気がするんだ」

「そうなんだ…ごめんなさい」

「何、別に謝らなくていいさ」

徐々に近づいてくるフォゲットを遠ざける。しかし、フォゲット達も逃すまいと、周りの家の中からワナワナと出でくる。気づけば、ゆうに二十体は超えていた。しかし、門番は物怖じせず、走る足を止めない。

「あ、門番!なんか伸びてるよ!」

「よく見つけた!あれが物知りの家の特長だ!」

門番が進めば進むほど、ずっと目の前にある家の煙突が植物のように伸びている。まるで、「こっちにおいで」と言うように。しかし、それに見惚れている時間などなく、フォゲット達はすぐそこまで来ていた。

「「寄コセ、記憶ゥ!…」」

「君たちには同情するが、上げられる記憶なんてないんだ。許しておくれ」

門番は来るフォゲットたちを蹴り倒し、グングンと進んでいく。

「「記憶ゥ!…」」

「あ、あとちょっと!頑張って!」

煙突の伸びる家が前にあるT字路が見えてきた。しかし、すぐ後ろにはフォゲット達がついてきており、少しでも速度を落とすと、掴まれそうである。

「「寄コセェ!」」

「そうだな、頑張るよ!」

力を振り絞り、今まで以上に早く走る。ついてきていたフォゲット達をドンドン置いていく。

「「寄コセェエエ!記憶ゥウウ!」」

「よし!着いた!」

門番は目的の家の前に着くと、ドアを蹴り開けすぐに中に入り、誰も入ってこれないように閉めた。その直後、ドアにぶつかる音が響いた。

「間一髪だな…」

「誰かね〜?人の家に勝手に入る不届き者は〜?」

家の中にはメガネをかけて白髪で白衣を着た、本を持っている50代前後の男の人が立っていた。

「すまない…少し探し物があって、あんたの知恵を貸して欲しいんだ」

「そうか〜、そうか〜…外は大変だったろう〜。椅子に座って休みなさい〜」

2人は促されるまま、近くの椅子に腰掛けた。

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