その2 はじめまして、道具屋さん
ゆらめく門を潜ってから、三十分程が経っただろうか。依然、周りは変わり映えしない風景が続く。門番は少女の方を向くと、声を掛けた。
「結構歩いたな…疲れてないかい?」
「ううん、大丈夫」
「そうか、無理だけはしない方がいい。疲れたならおんぶしてあげるから、声をかけてくれ」
門番は正面を向き直すと、あたりを見渡す。どこも霧がかかったような不確定で溢れている。しかし、一箇所だけ茶色い物がちらりと見えた。門番はそれを良しとし、茶色い物が見えた方を指差す。
「もうちょっと歩いたら、この先で休憩にしよう」
「どこで休むの?」
「この先にある『道具屋』さ」
「道具屋?」
「あぁ、僕の馴染みの店だ」
五分程度歩くと、道具屋の全体像が見えるところまで近づいた。木の端材を集めて作った家のようなツギハギの見た目で、苔や蔦も所々生えていた。屋根に付いた看板には少し汚い字で「道具屋ヌイル、忘却の町辺境支店」と書かれている。
「特徴的な字…」
「まぁまぁ、文字のことはあいつも気にしているらしいから、あまり言わないでほしい」
少女はコクンと小さく頷く。それを見ると門番は道具屋の少し歪んだドアを開けて中に入る。少女はそれに続く。
「いらっしゃ〜イ!」
中に足を踏み入れた瞬間、底無しに明るい声があたりに響いた。
「食料かラ、生活必需品、魔道具まデ、様々な道具が揃っていル、道具屋ヌイルへようこソ。オイラは店主のヌイル。どうぞ、御贔屓ニ!」
「久しぶりだな」
「あラ、あんたカ…」
店の中は夢の中のようにごちゃごちゃしていた。所狭しといろいろな物が置いてあり、少女はその置かれている様々な物に興味を示した。
「それデ、どうしたんだイ?この、時間に来るとは珍しいネ。まだ、夜じゃないだろウ?」
少女は一通り店内を見終わると、声の主の方を見る向いた。少女は驚愕した。それも仕方はない、ヌイルは門番と同じぐらい大きい、顔中ツギハギだらけのぬいぐるみのような存在だからだ。
「ちょっとね、休憩しに」
少女は急に恐ろしくなり、門番のスーツの裾を引っ張る。いくら、声が明るいとはいえ、門番の時とは違う。何か、本能的な恐怖か、もしくは人形に対する恐怖からか、ひどく怯えていた。
「ん?どうした…もしかして、ヌイルのことが怖いのか?」
「うん、怖い」
「あらあラ、小さいお客さんもいたのネ」
大きいぬいぐるみ、ヌイルは少女にこれでもかと言うほどに、微笑んだ。
「こんにちワ、マダム。会えるのを楽しみにしていたヨ」
「こ…こん…」
「無理しなくていい。徐々に慣れていけばいいんだ」
少女は門番に頭を撫でられ、少し喜び、安心する。
「それにしてモ、こんな状態になるとハ…いろんな物が奪われてるネ。よくこんな状況で自分を見失わずにここにいられるネ。いや、ほとんド、失っているからこうなのかナ?」
ヌイルは少女に興味津々であるようで、椅子から離れ、カウンターに身を寄せる。手にはメモを持ち、書かれている文字と少女を見比べていた。
「ふむふむ…ある程度予想はしていたがネ…マダムも災難だナ…」
「からかってるならよせ。彼女だって気にしているぞ」
「あぁ、そうだネ。オイラが考えたところで無駄な詮索だよネ」
門番の静止を受けると、ヌイルはそれに従い、椅子に座り直す。
「それにしてモ、そんな奴を連れてどうするんだイ?門番の仕事は大丈夫なのカ?」
「僕はこの子と一緒に失った記憶を探しにいく。門番の仕事は…すっぽかすよ。そもそも、あの門の前には提灯だけで十分だっただろうし」
「長短だけでも十分…確かにそうカ…一理あル」
ヌイル納得しているようで、頷きながら言った。しかし、すぐに笑いながら首を傾げる。「しかシ、どうしてその子なんダ?別に今までも、迷い込んだ人間はたくさん来たはずダ。何か特別な理由でもあるのカ?」
「いや、ないよ」
その事を聞いたと同時にヌイルはお腹を抱えて笑い出す。二人はその様子を見て、唖然とする。笑うのが落ち着いてきたら、涙を拭い、口を開く。
「いヤァ…すごいネ!これが第六感ってやつなのかナ?マァ、まさしく運命だね!門番くン、君ってやつはもってるネェ…」
「門番は、あの人が何をどう言ってるかわかる?」
「さて?僕に何がどう言う事なんだか、さっぱり…」
ヌイルはニヤニヤ笑いだし、少女と門番は少し困惑する。ヌイルはニヤニヤしたまま、カウンターの下から一つ、帳面と筆を取り出す。
「さテ、休憩のついでに何か買ってくかイ?」
「そうだな…何かオススメはあるかい?」
「やはリ、『未来視の鏡』かナ。1つにつき2回しか使えないガ、未来の出来事を見ることができるのサ。マァ、どっかの誰かさんが一回使ったせいで、今、店頭にあるやつはあと一回しか使えないけド…その分、割引するサ」
「一体、いくらだい?」
「一ツ、1000万と言いたいガ、色々と思うところがあるから100万で売るヨ」
「流石に高い。僕の手持ちはそんなにないよ」
ヌイルはそりゃそうだというような顔をする。
「まぁマァ…そうダ、『提灯』はどうダ?ここら辺を歩くなラ、ある方が楽だロ?」
門番は顎に手を当て、少し首を傾げる。そして、一度、少女の方を見ると決心したのか、ヌイルの方に向き直す。
「そうだな、一つくれ。いくらだ?」
「いいヨ、いいヨ、マダムの可愛さに免じて今回はサービスするヨ」
「そうか、悪いな」
ヌイルはカウンターの下に潜ると、一つの提灯を取り出し、火をつける。そして、カウンターから身を乗り出して少女に向けて提灯を差し出す。
「はイ、どうゾ、マダム」
少女は少し戸惑ったものの、門番に背中を押され一歩前に出る。
「あ、ありがとう」
「いえいエ」
受け取った提灯からは、二人を暖かく包み込むような光が出ていた。
「それじゃ、僕たちはそろそろいくとするよ」
「そうカ、そうカ、またのお越しを待ってるヨ」
そう言われると、門番は少し歪んだドアに手を伸ばす。すると、ヌイルは何かを思い出したかのように、口を開く。
「アァ、そうダ…分かるかもしれないガ、この先は『忘却の町』ダ。町の中に入るなラ、気をつけた方がいイ。いつ喰われるかわからないからナ」
「そうだな…そこには何もない事を願っているよ」
「そうかイ。マァ、頑張るんだナ」
そして、2人はこの道具屋を後にした。
道具屋を出た直後、少女は門番に疑問を口にした。
「『忘却の町』って何?」
「この先にある……記憶を喰われた人たちの町だ」
門番は少女の方を見ると、いつもとは違って少し厳しい口調で喋った。
「いいか、この世界にいる人たちは全員、何かを失っている。そして、自分を見失ってる狂人がほとんどだ。だから、むやみやたらに話しかけない方が身のためだ」
少女はその事を聞くと唾を飲み込み、静かに頷いた。それを見ると門番はいつもの口調に戻り、「行こうか」と、言って歩き始める。少女は手に持った提灯で道を照らせるように、早足で門番の前を歩きはじめた。
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