名もない歪んだ裏世界
紫陽花
その1 ようこそ、裏世界
逃げなくちゃ、逃げないと追いつかれる。
霧がすぐ後ろまで来てる。
走らなくちゃ。逃げなくちゃ。
危ない霧から逃げ…
少女は目を覚ますとあたりを見渡した。回りは霧が立ち込めているように薄ぼんやりと白く、壁があるのか、はたまた何もないのかわからない。しかし、ただ一点提灯のような灯りを見つけると、少女は立ち上がり助けを求めるように走り近づいていった。
数分走っていると、提灯を持った男の人が立っているの見えてきた。それを嬉しく思い、少女は走る速度を上げる。しかし、すぐに少女は徐々に速度を下げ、最終的には止まってしまった。それも仕方がない。何故なら、男の顔は真っ白な仮面を被ったようなのっぺらぼうで、それで黒いスーツを着ており、背も高く180cmはあるだろう。簡単にいうと、少し不気味。それは年頃の少女を恐怖させるには十分であった。
「おやおや…迷い込んでしまったのかな?」
しかし、男の見た目とは裏腹に喋り方は優しく、暖かい物であった。少女はその声に安心して、不安をその男にぶちまけた。
「私、気づいたらここにいて…でも、どうすればいいのかわからなくて…」
すると、言葉と共に気持ちが溢れ、涙が頬を伝う。
「そうか、そうか…まずは、一旦落ち着こうか深呼吸して、深呼吸」
少女は促されるまま、深呼吸する。とても深く、ゆっくりと。
「一旦、整理しよう。君の置かれている状況を、君の持っている物を」
少女は首を傾げる。「自分は何も持ってないよ?」と、言いたげな顔をして。
「まぁまぁ…まずは、何故ここにいるのだい?」
「わからない…気づいたらここに…」
「そうか…じゃあ、自分のことは思い出せるかい?」
「…わからない…私は誰?」
男は困ったというように、頭の後ろを掻く。
「参ったな…自分の記憶を失ったか…」
少女も困ったというように俯く。男は少女を慰めるように頭を撫でた。
「大丈夫だよ。いつか思い出すさ」
「そう…かな?」
「あぁ、そうだとも」
少女は、表情がないものの男が笑ったように感じた。親のように暖かく見守る時に似たかんじだ。
「そういえば、ここの事を言ってなかったね」
そういうと、男は少女の頭から手を離し、手に持っている提灯を掲げた。
「ここは名前がない裏世界、あらゆる人が何かの要因で流れ着くところ」
「裏世界…」
「そして、これがその世界の入り口『ゆらめく門』だよ」
少女は掲げられた提灯を見る。すると、さっきまでは見えてなかった門が少し照らされて見えた。しかし、それは門と言うには歪んでおり、そして、名前の通りにゆらめいていた。まるでその場にないようである。
「ふしぎ、門が揺れてる」
「こう見えても、ちゃんとした門だよ。しっかりとそこに存在するんだよ」
「ふしぎ…」
少女は目の前に広がる夢みたいな光景に見惚れていた。男は提灯を下げると、今度は自分のことがよく見えるように、体の近くに持っていく。
「それで、僕はここの門番」
「もん、ばん…」
「まぁ、実際は名ばかりでね…門番というより案内人と言った方が正しいかな」
「そうなの?」
「あぁ、僕の仕事は門に人を通さないことでなく、ここに迷い込んだ人にこの門を通らせることだからさ」
門番は少し歩くと、提灯で門の真ん中辺り、歩くべき道を照らす。
「さぁ、君も通りなさい」
「どうして?」
「ここにいても、意味がないからさ。この世界から出るにせよ、記憶を取り戻すにせよ、ここで足踏みしている時間はない」
少女は照らされた道を見ると、すぐに目を逸らし足元を見る。
「さぁ、通りなさい」
「行きたくない。一人は怖い」
少女はもう一度、照らされた道を見る。提灯の柔らかい光で照らされているといえど、道の先は白く薄暗く、一度入ったら二度と戻れない気がした。
「気持ちはわかるが…これは君の為でもある」
「じゃあ、モンバンもついてきて」
「えぇ⁉︎で、でも…」
門番は困ったように頭の後ろを掻く。そして、照らしている道と少女の顔を見比べる。
「…わかった。ついていこう」
「ありがと」
少女はその言葉を聞くと笑顔になり、照らされた道を歩き始めた。門番は提灯をその場に置くと、少女の後ろについていく。
「あまり、急がない方がいい。この道は見通しが悪いから、転びやすい。」
「そうなのね。気をつけるよ」
二つの人影は“失った物”をいつか取り戻す為、歪んだ霧の世界を進んでいく。
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